第42話 スパイ、ちくわ

●東亜共和国在日本大使館 劉公使室

ハナちゃんが届けた荷物を、職員が劉公使の自室に届ける。


「どなたからですか?」

デスクの書類に目をやりながら公使が聞くと、

「山下商事の小野様からです」

職員が答える。


公使は手を止め、ありがとう、と礼を言って荷物を受取った。そして職員が部屋を出てくのを待ってから、封を開けた。

「山下商事の小野、ね。まぁ、公安とは書けませんからね」


中にはUSBが一つと二つ折りのメモが入っていた。

メモには、

「お誕生日プレゼントをお届けします」

とだけ書かれていた。

「お誕生日?」

誕生日はまだまだ先の劉公使は、眉をひそめながら、メモを置き、自分のパソコンにUSBを挿した。


USBが認証され、フォルダにアクセスするためのパスワード入力画面が表示された。

一瞬、えっと言う表情で手が止まった公使だったが、すぐにニヤリとして、

「なるほど。誕生日ね」

と呟き、自分の誕生日を入力した。


そこには「画像」と「仕様」という2つのフォルダがあった。

画像フォルダには潜水艦の写真が5枚、「仕様」というフォルダには兵装部開発仕様書、動力部開発仕様書など、潜水艦各部の詳細な性能が書かれていると思われる仕様書が入っていた。


「これはこれは! 小野さんと山下さんは、最近連絡が無いと思っていましたが、しっかり仕事をされていた、というわけですね」

劉公使は満足そうに微笑んだ。


***


●東亜共和国在日本大使館 庭

ワタシは庭にある木に登り、丸まって昼寝をしているふりをしながら、大使館の建物の中を観察していた。

ふーん、あっちがキッチン、2階のあそこが劉公使の部屋か。参事官と大使の部屋はどこかしら。


やがて大使が帰ってきた。テラスのガラス越しに見えるリビングを素通りし、迎えに降りてきた劉公使と何やら話しながら2階に上がっていく。

電気のついたあの部屋が大使の執務室ね。

もう少し近づかないと、さすがに何を話してるかまで分からないわね。


ワタシはリビング前のテラスの隅に座って、辛抱強く待ってみることにした。

1月下旬。天然の毛皮を着ているとはいえ、夕方になって段々と冷え込んでくる。京都に比べれば大したことはないけど、それでも長時間は無理そう~。


そんな時、昼間テラスのテーブルでお茶を飲んでいた陳参事官がリビングに入ってくるのが見えた。ワタシは急いでサッシに駆け寄り、爪でガラスをカリカリと引っ搔いてみた。

陳参事官は、音に気付いて私を見つけると、驚いたような顔でサッシを開けてくれた。


「お前、まだいたのか! 姿が見えなくなったからてっきり自分の家に帰ったのかと思ってたのに。この寒い中、ずっと外にいたのか」

ワタシは、にゃあんと返事をする。


参事官は、辺りを見回してから、

「今のうちに入りな」

と小声で手招きしてくれた。


●東亜共和国在日本大使館 陳参事官室

参事官は自分の部屋に私を連れて行き、大使に見つかると大変だから、静かにしておくんだよ、と言って部屋を出て行った。


しばらくすると、参事官は劉公使と一緒に部屋に戻ってきた。ワタシが、にゃあんと一声挙げると、公使はびっくりした様子で立ち止まり、

「部屋に入れたんですか」

と参事官を見た。


「この寒空の下、外のテラスの隅っこで寒そうにしていたので、つい・・・」

「食事を与えるだけならともかく、部屋にまで入れるとは・・・。くれぐれも大使に見つからないように! そして部屋から出さないようにしてくださいよ」

「はい、十分承知しています」


ワタシはもう一度にゃあんと鳴いて、椅子やテーブルを伝って、背の高い書棚の上で丸くなった。その様子を見ていた公使は、

「やっぱり上の方が温かいんですかね。ところで、陳参事官」

と言ってソファに腰を下ろした。


「例の計画、本国から実施の指令がありました」

「例の、というと水中ドローンですか!」


「そうです。自然災害に見せかける必要がありますから、準備は入念にお願いします。爆破はプロジェクト・コンヤイの試験もかねて、生体センサーがドローンの位置情報を把握し、もっとも甚大な被害を及ぼしそうな場所へ到達したことを把握した時点で、センサーから爆破信号が送られる予定です」」


「承知しました。ドローンはもう完成しています。明日にでも工作員を使って、各地に侵入させることにします」

「ところで・・・プロジェクト・コンヤイですが・・・」

と言って陳参事官が口ごもる。


「何か気になることでも?」

「その、生体センサーは完成しているのでしょうか? 誤作動してドローンが目標地点に到達する前に爆発したり、あるいは逆に爆発しなかったりと言うようなことは?」


「それは大丈夫でしょう。本国の対日情報部は舞鶴での失態で相当立場を失っています。総書記からも叱責されたそうです。その汚名を返上すべく、EEZに侵入することなく、ドローンをコントロールできる性能を持っているようですよ」


「EEZの外から?」

「えぇ。前回のようにレアアース欲しさでEEZに侵入し、挙句の果てに世界に映像付きで恥をさらした。なので今回はEEZの外、つまり日本が手を出せない公海上から全てをコントロールし、日本全土に自然災害としか思えない被害を出させて復讐を果たすのです!」

と劉公使は力を込めた。


「それともう一つ」

と言って、劉公使はプリントアウトした何枚かの設計図のようなものを陳参事官に渡す。


「小野さんと山下さんから日本の原子力潜水艦の情報が届きました」

「おぉ、ついに!」

「まだすべてに目を通せてはいませんが、構造設計図や写真など、なかなか詳細なものが手に入りましたよ。これは今夜にでも本国に送るつもりです」


「大手柄ですね、公使!」

「あちこち手を尽くした甲斐があるというものです」

「あの二人から連絡があったら、約束通り謝礼をお渡しするので大使館に出向くよう伝えてください」

「承知しました」

そう言って、公使は部屋を出て行った。


ワタシは書棚の上で丸まり寝たフリをしたまま、彼らの会話を聞いていた。そして、それは額のマイク付きカメラで彼らのところにも届いているはず。


〇東亜共和国在日本大使館近くのホテルの一室

宅配業者の制服のままホテルにやってきたハナちゃんを加え、オレたち三人はテーブルの上のタブレットの映像と、劉公使と陳参事官の会話を、じっと聞いていた。


生体センサーの話が出たときは、三人ともぎゅうっと拳を握り締めていた。


「多分、今日はここまでだろう。公使も参事官も執務室の鍵を閉めて、自分の部屋に戻るだろうから、ちくわちゃんの情報収集も今夜はもうないんじゃないかな。二人とも部屋に戻って休んでいいよ」

大泉さんは気を使って、オレとハナちゃんを早めにリリースしてくれた。とは言っても、ちくが心配で簡単には寝付けそうもないけど・・・。


●東亜共和国在日本大使館 庭

翌朝、陳参事官は善人の顔で、誰にも見つからないようにワタシをテラスに出し、朝ごはんを持ってきてくれた。

「それを食べたらおうちに帰るんだよ」

と言って、頭をなでて、大使館に戻っていった。

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