第38話 トラップ
コの字階段を登りながら、なおも食い下がる二人に対し、
「ご確認いただきましたように、地下の大空洞には漏洩するようなものは何もありません。今回の調査要請の目的は達成したはずです。お二人も公務員ならおわかりでしょうが、あの浮上してきた物体が何かということは我々の管轄ではありませんので防衛省にお尋ねください!」
と、縦割り公務員の模範解答のような返事を繰り返し、何とか追い返すことができた。
二人が車で帰っていくのを見送って、中江は地下の大空洞に取って返した!
***
〇大津ボルデメから帰る車中
「ちょっとマジでしたね、潜水艦!」
山下が興奮冷めやらぬ様子で言う。
「あぁ、さすがのオレでもびっくりしたよ」
「せめて携帯の持ち込みくらいOKしてくれたら、写真撮って100万だったのに・・・」
そう言って、悔しそうにハンドルを握る山下に、
「ふん、抜かりはないよ」
と鼻を鳴らして、ネクタイの裏側を見せる小野。
「え? えぇ? 小野さん、それって!」
「ネクタイピンに見せかけた、小型カメラ。ちなみに私物だ」
「マジですか! いつの間に」
「携帯とかは持ち込めないだろうと思っていたからな、見つかったら見つかったで、ダメ元で仕込んでおいたんだ。あとはどれくらいちゃんと写ってるか、だな」
そう言いながら、携帯のアプリで、ネクタイピンカメラの画像を確認する小野。
「どうですか?」
と聞いてくる山下に、
「うーん、イマイチだなぁ・・・ちゃんと正面向いてたつもりだったんだけど。お、これはまだいいか!」
そう言って、画面を見せる小野。
「おぉ、これバッチリじゃないすか! ちょっと切れてるけど、明るさもピントもばっちりですよ! やった、これで100万ですね!」
山下はゲームで大当たりした子どものように体を揺らしてはしゃぐ。
「おいおい、興奮しすぎだ! ちゃんと前見て運転しろよ。それにまだ東亜に渡すと決めたわけじゃない」
***
対空洞に引き返した中江は、資材置き場に荷物を運んでいる大泉を見つけて駆け寄っていった。
「おぉ、中江じゃないか! どうした?」
「大泉さんこそ、どうしたんですか! 今日は潜航の予定はないって室長が言ってましたよ」
「あぁ。だけど波の状態が良かったのと、ここを監視するセンサー類の設置だけでもやっておこうってことで、中野艦長の判断でな。それよりお前はどうして?」
中江は、公安外事第2課長から内閣情報調査室長に調査協力依頼が来たこと、そしてついさっきまで、公安の二人がここにいたことを話した。
「そうか、公安が・・・」
「原潜建造と東亜への情報漏洩、ね。どう思う、大泉?」
眉をひそめながらそう聞く若井に、
「どうもこうも、ブラフだろ、それ。おそらくは誰かが、「かみかぜ」のことを調べたくて公安を使ったんだろう。それを知ったうえで室長が公安の調査に許可を出したってことは、何か考えがあるんだろうな、きっと」
そう言って、大泉が携帯で、どこかに電話を掛ける。
「あれ、ここって電波あるんですか?」
そう聞く中江に、
「さすがに不便だからな。イの一番にWiFiを引いてもらったよ」
「あ、もしもし室長、大泉です」
「ご苦労さん、地底湖に着いたか」
「はい、今日も無事に到着しました。ところで・・・」
「公安か?」
「はい、そのことで」
というと、山中室長は一息置いてから、
「あの小野と山下という公安、元は東亜を調べてたらしい。それが急に、東亜に「かみかぜ」の情報が漏洩しているからと東山課長に言いだしたらしいんだが、ちょっとクサイな。身分は確かに公安所属なんだろうが、次のコンタクトが来る前にちょっと調べてみた方がいいかもしれん」
大泉さんが、
「東亜担当だった公安が、「かみかぜ」の情報漏洩をうたって、ここに調査に来た・・・」
それは怪しすぎる、とでも言いたげな表情で言う。
「うちと、若井の情報本部にちょっと探らせてみる。君たちも何かわかるまでは、あまり派手な動きは慎むようにしてくれ。それと情報管理はこれまで以上にしっかり頼む」
わかりました、と大泉さんが言って電話を切った。
〇原子力潜水艦「かみかぜ」 大泉内閣府参与個室
伸びた二人を中野艦長たちが連れ出した後、
「えぇっと、これは・・・」
とどちらに言うでもなくオレが切り出すと、
「ちゃんと説明しなくちゃいけないね」
と大泉さんが言って、椅子へ座るよう手で合図してくれた。
「・・・八瀬君、この先ちくわちゃんの協力を仰ぎたいことがあるので君たちにも話すが、このことは君たちだけに留めておいてもらいたい」
え?って顔で大泉さんを見上げると、
「喋ったら逮捕だ」
と若井さんが真顔で言った。
大泉さんも、うんと頷くので、オレはちょっとビビりながら、
「わ、わかりました、他言しません、約束します」と言うと、ハナちゃんも頷いていた。
大泉さんは若井さんが頷くのを見て、話し始めた。
「さっきの二人は公安でね。去年の11月の終わりに、この大空洞に調査に来たんだよ」
「調査?」
「あぁ。なんでも日本が原子力潜水艦を作ったらしいという情報の真偽と、ボルデメの機密情報が東亜共和国に漏洩しているから、と捜査に協力して欲しいと依頼があってね」
「え? ボルデメの情報が漏洩? ってかなんで「かみかぜ」のことを公安の人が知ってるんですか?」
「うん、そこなんだよ。そもそも「かみかぜ」の存在自体限られた人間しか知らないのに、なぜそれを公安が知っていたか。そして本当は何をしにここまで来たか」
「我々は内調の室長にも相談の上、防衛省情報本部に二人のことを調べてもらった」
「防衛省情報本部ってそんなこともするんですか・・・」
オレが若井さんを見ながら聞くと、
「そんなこと「を」するのさ。「かみかぜ」は国家の機密だからね。まさに情報本部の本業だよ」
若井さんはトーゼンと言う表情で答えてくれた。
「そしたらあの二人、都内の東亜共和国大使館に行ってたんだよ。それが去年の10月だ」
「東亜共和国?・・・怪しい・・・」
「だろ? さらに同じ日、公安の小野、私が三角締めで落とした方だ、その小野は以前、防衛省の情報本部に出向していたことがあって、その時の後輩に原子力潜水艦のことで電話を入れている。つまり、東亜の大使館で原潜のことを何か聞いたってことだ。その後輩は原潜の事は知らないと答えたそうだ。だが、その時にこの大空洞のことも話したそうだよ。潜水艦でも停泊できそうだと」
「え、潜水艦!・・・どうしてそれを?」
「いや、その後輩は冗談で言ったらしい。ま、ボルデメ直下の地質調査は防衛省がやって、その時にこの大空洞も発見されたわけだから、それ自体を彼が知っていてもおかしいことはない。であまりに大きいもんだから、琵琶湖からトンネル掘れば、潜水艦でも停まれるんじゃないか、と言ったというんだ」
そして若井さんが言う。
「それから情報本部では24時間体制で二人の監視を続けたところ、クリスマスに公安の小野の携帯から「かみかぜ」の写真が送信されたんだ。相手は東亜共和国の公使だ」
「え!」
「11月にここに調査に来た時、何らかの方法で撮影し、それを送ったんだろう」
「まさに工作活動。スパイだ」
そこで大泉さんはニヤリと笑って、
「そこで、我々は一計を案じたのさ」
若井さんが続ける。
「年明け早々、大泉たち内調が「正義の愛国者」の名を語って、公安に、ボルデメの機密情報がリークしているという偽情報とともに、漏洩した情報の内容を送ったんだよ」
してやったりだったよ、と言う表情で大泉さんが言う。
「そうしたらすぐに、警視庁公安部から内調に、東亜共和国にボルデメの軍事機密漏洩の疑い濃厚、と連絡があった」
大泉さんが続ける。
「どんな資料がどれくらい、いつ誰に漏れたのか、と聞いても公安は何も教えてくれなくてね、とにかく調査に協力しろと。ついては担当官を二人派遣するから、乗組員への事情聴取、並びに艦内調査の協力をお願いしたいと昨日連絡があったのさ」
「で、俺たちは公安に協力するという名目で、今日ここで公安の担当者と待ち合わせることにしたわけ」
若井さんが力を込めて言うと、大泉さんが、
「私たちが彼らを捕まえるためにね!」
と珍しく語尾に力をこめて言った。
なるほど、と頷きながら、
「それで今朝ちくわが、潜水艦が来るって言ったのか!」
オレはベッドで丸まっているちくを見ながら言った。
「え、ちくわちゃん、また当てたのかい?」
「はい、昨日大泉さんから「天の原」とだけ書かれたメールが届いて、これは天の原に来いってことなのか、それとも天の原から大空洞に入って来いってことなのか、そしてそれはいつのことなのか悩んでいたんですけど、今朝またちくがお腹に乗ってきて、船が来るから行くよ、と」
大泉さんは苦笑しながら、
「ははは、わかりづらいメールだったことは謝るよ。でもメールで詳細を書くには危険が伴うからね。天の原と扉の暗証番号だけ書いておけば八瀬君かちくわちゃんには伝わると思ったんだ。暗証番号の一つはハナさんの名前を借りたしね」
「はい、扉が開かなかったときは一瞬びっくりしました」
そう言うオレに、
「怪しい公安が「かみかぜ」のことを嗅ぎまわっていることが分かったので、吉田山と天の原の例の出入り口は暗証番号認証式の扉に変えたんだよ」
と若井さんが教えてくれた。
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