第35話 謎のメール、そして地底湖へ!
年末に自宅に来てくれて以来、大泉さんから連絡はない。
舞鶴海戦に三角錐事件にと、立て続けに大変なことがあったから色々と忙しくしてるのか、それか長めの航海にでも出てるんだろうな、と思っていた1月の半ば、大泉さんから連絡が来た!
「ハナちゃん、大泉さんから連絡来たよ!」と叫んで、開けたら、
「天の原
87430
31445」
とだけ書かれた3行のメールだった。
暮れにメールをくれた時は、季節の挨拶から始まってたのに。
「何コレ?」
ハナちゃんが聞く。
「何かの暗号かなぁ・・・天の原ってのは、天の原に来いって意味かな、それとも天の原から大空洞に入って来いって意味かな。後ろの数字は・・・日時・・・?」
内閣情報調査室の人だし、数字はきっと何かの暗号に違いないとネットで乱数表やらなにやら調べてみたけど、まともに解読につながるようなヒントは何も出てこなかった。
「ってか、もし暗号だったら天の原も数字に置き換えるよな。ここだけ平文ってことは・・・ダメだ、ますますわからん」
そんな感じで悩みながら寝た日の夜明け近く、健太郎起きて、と声がした。
ちくだ!
腹を踏み踏みされる前に飛び起きる!
「ちく!」
「聞こえるんだね、健太郎」
「また喋れるようになったのか!?」
「行くよ」
「え?」
「あの洞窟。地下の大空洞だよ。今日は彼らの船が来るよ!」
マジか! オレはちくがまた喋り始めたことにもびっくりしたけど、「かみかぜ」が来るってことにもびっくりした。だって「かみかぜ」が来るってことは、大泉さんも来るってことだ! なら行くしかない。あのメールは天の原から来いってことだ!
「うるさいなぁ・・・まだ4時じゃん・・・何やってるのぉ・・・」
デジャヴだ。
三角錐の時と全く同じ状況。ハナちゃんのセリフまで一緒だ。
今度潜水艦に乗る時は連れて行けと言われたけど・・・この間みたいな事件に巻き込まれたら大変だし、今日もそうっと行こう、と思ったら、腕を掴まれた。
「行くんでしょ。潜水艦」
「え、あ、いや・・・」
しどろもどろのオレに、ハナちゃんは言った。
「アタシ、大泉さんに来てもいいって言われたと思うの」
と、いきなりとんでもないことをのたもうた。
「いやぁ、それはないと思うけど、極秘任務だらけの人だし」
「だって、昨日のメール。あたし考えたのよね、あの暗号。87430って、ハナヨサンってことでしょ?」
「確かに8743はハナヨサンだけど、最後の0は?」
「あれは暗号。「来ていいよ」って意味の、大泉さん流の暗号」
・・・すごい解釈だ。何も言えない。
どっちにしても、ここでダメと言ったら後が面倒くさい。大泉さんか若井さんに何か言われたらひたすら謝ろう。
そして、宇宙飛行士のヘルメット型ケージにちくを入れて、オレたちは出発した。
でも今日も吉田山じゃない。大文字から登らなくちゃだから時間が掛かる。
真冬の明け方前、さすがに自転車は手が凍える。
いつものように銀閣寺脇に自転車を停め、ヘッデンを点け、足早に登り始める。
火床に着くと、三角錐事件の日にもいたおじいさんが、今日もまた一人でラジオ体操をしていた。ハナちゃんの「おはようございますっ!」という元気な挨拶が夜明け前の火床に響く。
「ちょっと休憩したいところかもだけど、天の原の入り口を誰かに見られたら大変だから、急ぐよ」
そう言って、オレたちは先を急いだ。
三角点を過ぎ、四辻の手前で左に曲がる。そしてヘッデンの灯りと、GPSだけを頼りに天の原に到着した。
小川の脇のうっそうとしたつる草には霜が降りていて、かき分ける手が凍えた。
あった! あの扉だ! 急いでドアノブを回すとガチャンと音が響いて、扉は開かなかった。
「え・・・鍵が掛かってる!」
もう一度やってみたが、むなしくガチャンという音が響くだけだった。
「マジか、誰かカギをつけたのか!」
少し焦りながらヘッデンで辺りを照らしてみると、ドアノブの上に電卓みたいな箱がついていた。
「電子ロック・・・暗証番号がいるのか・・・」
大泉さんや「かみかぜ」に関係しそうな4桁の数字を考えてみたけど、何も浮かばなかった。
「ここで私の出番なんじゃないの」
と言うや、ハナちゃんはオレを押しのけ、テンキーで87430と押した。
ガチャン!
「開いた音でしょ、これ!」
ほら見て、と言う顔でオレを振り返りハナちゃんは言った。
ドアノブを回すと、果たしてドアは開いた。
前と同じように、辺りに誰もいないことを確認してそっとドアを閉めた。そこでもう一度ドアノブを回したらドアは開かなかった。内側にもテンキーがついているから、ここから出るときも暗証番号を入力しないとなのだろう。
なるほど、暗証番号を知らない者は入ることも、出ることもできない仕掛けか。
少し下っている真っすぐな地下道を歩いていくと、もう一枚の扉が見えてきた。これを開ければ、本線、というか大空洞につながる本当の地下道に出る。
「こっちもテンキー付きね。ってことはもう一つの暗証番号だよね。31445、と」
入力すると、ガチャンと鍵が開いた。
ここまでくればもうすぐだ! もうすぐ行きますよ、大泉さん!
後は一本道なので、ちくをケージから出してあげた。ちくは大きく伸びを一つして、速足で進み出した。
ハナちゃんには大空洞のことは話してあったけど、へぇこれかぁ、とか、思ったより長いわね、とか独り言のようにぶつぶつ言っていた。
やがて、ヘッデンで照らされた先にコンクリートの壁が見えてきた。
「見えた! よし降りるから、ちく肩に乗って! ハナちゃん滑らないように気を付けてね!」
オレはちくを抱き上げて肩に乗せ、コの字型取っ手をにぎりしめながら慎重に下って行った。下を見ると明るくなっている。空洞に電気がついている証拠だ。
「もう「かみかぜ」が到着してる? ロープ持ってきたら、懸垂下降でさっさと降りられたなぁ」
などと軽口をたたきながら下り続けると、だんだんと大空洞が見えてきた。地底湖が見えるくらいまで降りると、「かみかぜ」が視界に入る。何人かの乗組員が作業をしているのも見える。
地底に降り立ったら若井さんを見つけたので、懐かしくなって、オレは笑顔で走り出した。
若井さん、と叫ぼうとした瞬間、
「おいそこ、止まれッ!」
とオレが大声で叫ばれた。
皆が一斉に振り返り、オレもびっくりして声のした方を見る。
黒づくめのスーツを着た男が2人、オレに駆け寄ってきて、誰だお前は、どこから入ってきた、と言いながら、肩を押さえつけられた。
「え? なにこの人たち、東亜?」
とか思っていたら、若井さんが走って来て、オレとハナちゃんとちくのことをスーツに説明してくれた。
しかし、スーツは、
「ダメです。部外者はこのまま拘束します」
そう言ってスーツが手錠を出したら、若井さんがその手を抑え、
「部外者ってなんだよ?」
とスーツを睨みながら言う。
だがスーツもひるまずに、
「国家機密の潜水艦に、関係のない者が近づこうとしたら、逮捕でしょ、フツー」
「ちょっと待てよ。船のことは中野艦長が責任者だが、それ以外のことは大泉総理特命補佐が責任者だ。彼らを拘束するかしないかについては大泉の判断が必要なはずだ」
と言って、大泉さんに連絡をしてくれた。
大泉さんはすぐにブリッジから出て来て、ボートで上陸した。
オレは、今にも手錠をされそうだというのに、なぜかニコニコしながら大泉さんを見ていた。それを見た大泉さんも、ニコッとしながら手を挙げ、スーツ二人に向かってこう言った。
「八瀬君たちを拘束するならそれはそれでいい、君たちの仕事だ。だが、彼らをここに呼んだのは私だ、私の客でもある。拘束する前に私の部屋で少し話をする時間をもらいたい」
スーツ二人は小声で何かを話した後、
「私たちも立ち会わせてもらいますよ」
と大泉さんに言った。
大泉さんは、それで構わない、と言い、何かを若井さんに耳打ちした後、オレたちをボートに乗せ「かみかぜ」に向かった。
「かみかぜ」に入ると、ちくは、勝手知ったる他人の家とでも言うかのようにオレたちの前を歩いて大泉さんの部屋に向かった。
〇原子力潜水艦「かみかぜ」 大泉内閣府参与個室
部屋に着くと、スーツは一人だけ中に入ってきた。もう一人は見張りで外に立つようだ。
大泉さんは、
「よく来てくれたね、八瀬君、ハナさん。変わりはないかい?」
と言いながら、椅子に座るよう促してくれた。ちくは久しぶりの大泉さんの部屋なので、そこら中をスンスンしている。その様子を見て、
「ちくわちゃんも元気そうだ」
と大泉さんは微笑んだ。
オレはこちらを凝視しているスーツをチラ見しながら、
「この人がいるので話しづらいし、聞きづらいのですが、思い切って言いますね。この人たちは誰ですか、そして何が起きてるんですか」
と聞いたら、大泉さんではなくスーツが、
「その件について話すなら、直ちに拘束します」
と言った。
大泉さんはスーツに背を向ける形でオレの前に座りながら、
「・・・だそうだ。久しぶりに会えたんだ、これで打ちきりじゃ寂しすぎるから世間話でもしよう」
と言った。
「ちくわちゃんも落ち着いたらまたベッドに乗っていいんだよ」
とぽんぽんとベッドをたたく大泉さん。
それを聞いて、スンスンに満足したちくが嬉しそうにベッドに飛び乗る。
「何度か連絡をもらっていたのに、返事が出来なくて済まなかったね。あれから後処理が結構忙しくてね」
そう言いながら大泉さんは、目線だけを何度もちくとオレを往復させている。
まるでスーツにバレないように、オレに何かサインを送っているようだった。
何してるんですか、とか聞いたらスーツがすぐ怪しむに決まってる。だから、何なのか確信はなかったけど、ちくに目をやるってことは、ちくの能力を使って欲しいってことだと思ったので、
「そうだと思ってました、なので大丈夫です。オレはちくとフツーに元気にしてましたよ」
と言いながらちくの首下をさすさすするフリをしながら、ちくの顔を少し持ち上げた。
ちくが目を開ける。
「(よし、これで大泉さんとスーツがちくの視界に入ったはずだ)」
と思ったら、ちくは気持ちよさそうに目を瞑って、喉を鳴らしている。
「(目、瞑ってるんかい! 目を開けろ、ちく! 目が光るような事態になってないか確認してくれ)」
という心の声は押さえて、
「おーい、ちく久しぶりだねぇ」
と呼びかけてみた。
するとゆっくりと目を開けるちく。その顔の前に、身を乗り出して、
「元気だったかい、ちくわちゃん」
と聞く大泉さん。
「今日はね、君に見てもらいたい人がいるんだよ」
といいながら、スーツから見えないように、お腹の前の左手で、下がれ下がれ、とオレに合図する。
「この人、敵か味方かわかるかい?」
そう言って、大泉さんの後ろに立つスーツが、ちくの目に入るように体を横にずらす。
公安が、
「何を・・・」
しているんだ、とでも言おうとした瞬間、ちくが、じっとスーツを凝視したまま、にゃあんと、一鳴きした。
視線だけでオレを見る大泉さん。
オレも大泉さんの目を見たまま、
「味方じゃない」
と翻訳してあげた。
「何をコソコソしているッ」
とスーツが大泉さんの右肩を抑えた瞬間、素早く身を翻し、その手を抑え、自分の方に引きながら、両足を4の形になるようにスーツの首に掛け、手前にぐいっと引き倒した!
言葉にするとこんな感じになるけど、実際は、その一部始終を見たわけじゃない。いや、そこにいたから見たんだけど、えっ!と言う間もないくらいに一瞬の動きだった。
いわゆる三角締めを喰らったスーツは、うんともすんとも言う間もなく落ちていた。
・・・ってか大泉さんて何者!? ハナちゃんもぽかんとしている。
「ふぅ、外のヤツに気づかれずに済んだかな」
大泉さんは、ちょっと静かにしてて、とでもいうように唇に人差し指を当て、素早く立ち上がった。それからガムテープで目と口を塞ぎとタイラップで両手両足を拘束して、身動きが取れないようにベッドの足に縛り付けた。
「ガムテープだと剝がすときに痛いだろうから養生テープにしてあげたかったんだけどね。生憎とこの部屋にはなかったので、許せ」
そう言ってから、手際よく公安の身体検査を始め、手帳やら手錠、携帯、そして警棒に拳銃を押収した。
「拳銃!? この人は何者ですか」
とオレが聞くと、
両の眉毛を上げて、
「公安だ」と教えてくれた。
そして、
「さて、後は外の一人だ。ちくわちゃん、外に一人コイツの仲間がいるのが見えるかい?」
大泉さんがドアを指さしながらちくに聞く。ちくはドアをしばらく見つめていたが、やがてその眼がまた光だし、うにゃぁんと鳴いた。大泉さんが、目が光ったよ!とでも言うようにオレの顔を見る。
「この人も味方じゃない、って言ってます」
「ありがとう、ちくわちゃん。ってことは、遠慮はいらないってことだな」
そう言うと大泉さんは、艦内無線機のマイクを持ち、
「若井、頼む」
と一言だけ言った。
それからモニターの電源を入れ、リモコンでボタンを何度か押すと、大泉さんの部屋の前に公安が一人立っている様子が映し出され、見ててご覧とでもいうようにオレとハナちゃんを手招きしてくれた。
モニターに若井さんが歩いてくるのが映る。
「二人はまだ中かい?」
若井さんの声が聞こえる。
公安は若井さんの方を向き、
「中には入れません」
という。
「入れませんって、誰の船だと思ってんだよ」
と言うが早いか、バチバチバチッと音がして、公安が崩れ落ちた。
「え、スタンガン!?」
大泉さんが声を上げた。
若井さんがドアを開けて入ってくる。倒れた公安を二人で部屋に引き入れながら、
「何でスタンガンなんだよ、若井!」
「オレはお前と違って武闘派じゃなくて知能派なんだよ」
と言いながら、オレを見て、
「よ、青年! 無事だったかい?」
とニッコリ手を上げた。
それから二人は、三角締めで仕留めた公安と同じように拘束してから、無線で応援を呼んだ。しばらくすると、こんな人、前にもいたかな、というくらい屈強な乗組員が六人、艦長とやってきて、二人を連れだした。
「ご苦労様でした、若井さん、大泉」
「尋問は? オレたちも手伝うよ」
と若井さんが言う。
「お願いすることになると思います。ひとまずは拘束室に留置します」
そう言って中野艦長は、
「久しぶりだって言うのに、賑やかな出迎えになっちゃってすまなかったね」
とオレに言い、ちくわの頭をなでてくれた。ちくは気持ちよさそうににゃぁっと伸びをした。
「そちらはハナさんですね。大泉から聞いています。ちょっとバタバタしていますので、ご挨拶はまたのちほど」
そう言って、伸びてる二人を屈強な六人に運ばせて、部屋を後にした。
「えぇっと、これは・・・」
とどちらに言うでもなくオレが切り出すと、
「ちゃんと説明しなくちゃいけないね」
と大泉さんが言って、椅子へ座るよう手で合図してくれた。
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