第29話 がんばれ、ちくわ!

大泉さんと若井さん、そして木下さんとオレを残して、他のメンバーはみんな「かみかぜ」に避難した。


ハッチがしまったのを確認すると、大泉さんが、

「八瀬君、本当にいいのかい?」

と聞くので、

「はい、やっぱりちくを置いてはいけません」

と答えた。


頷く大泉さんを見て、

「じゃ、行ってきます。大泉さんと若井さんは、データに危険な兆候が現れたらすぐに叫んで教えてください」

と言って、オレはちくと一緒に三角錐に向かった。

後ろで若井さんがボルデメの二人にデータと睨めっこするよう伝えていた。


ちくは、怖がることもおびえることもなく三角錐に近づいて行った。


やがて刻印の文字が光りだし、三角錐が振動を始める。

鼻を伸ばせば届くくらいの距離まで近づいた時、ちくの目が光り、振動が激しくなる! 


「同じだ、同じ文字が光ってる! 中、入れ、急々如律令!」

興奮気味に叫ぶ木下さんの声が聞こえる。


その時、イヤフォンにボルデメから急を告げる連絡が入った。

「めぐるです、異常検知! 地底湖全域で圧力変動! 水位計も反応! 水位が上がってます!」

「めぐるちがう! 水位じゃない地底がせりあがってるんだ!」

別のセンサーを見ているのだろうか。かけるが訂正する。

「大泉さん! 地層が……動いてます! 沈むんじゃなくて……浮き上がってきてます!」


「地層が浮き上がってきてる?」

眉間にしわを寄せ、湖面を見る若井さんに、

「・・・おそらく地脈が元に戻ろうとしているんだと思います」

と木下さんが説明した。


その時、ちくの目の前の、三角錐の一部分が開いた!

あっと思った次の瞬間には、ためらうことなくちくが中に入って行った。


「ちく!」

思わずオレは叫んだが、開いたところは既に閉じられ、それと同時に刻印の文字がミラーライトのように光り、振動もますます激しくなった。

オレのいる場所まで、波がバシャバシャ飛んでくる。


遠くで、岩が砕けるような音がした。

パラパラ小石が降ってきて、こつんこつんとヘルメットに当たる。

「こ、こ、これは空洞が崩れるのが先か、それとも結節点が戻るのが先か、時間との勝負だ!」

若井さんが叫ぶ。


「地底のせり上がり停止しました! でも水位は依然上昇中!」

イヤフォンにかけるの緊迫した声が届く。


やがて、第2空洞の方に三角錐が移動を始めた。

大泉さんが、戻れ、とオレに叫ぶ!


若井さんと木下さんが用意してくれたゴムボートに、大泉さんと飛び乗り、三角錐を追いかける。第2空洞の中に入ると、三角錐だけでなく、宮殿の壁の文字も光っていた。

やがて三角錐が、宮殿の中心付近に到達したとき、光も振動も最大になった!

小石がヘルメットにも湖面にも打ち付ける。


「やばい、崩れるぞ!」

若井さんが叫んだ。


「かみかぜ」ではその映像を見ていた中野艦長が苦渋の表情で命令を下す。

「藤本、急速潜航!」


〇大津ボルデメ管制室内

ボルデメ室内では、データの変化を監視し続ける二人。

カタカタと小さな振動が地震のように続く。


「うぅ、さすがにヤバい! めぐる逃げるよ!」

とかけるが席を立とうとした瞬間、モニタの映像が乱れ、強烈な振動がボルデメを揺らした。

めぐるは机にしがみつきながらもモニタで監視を続けている。そして、

「待って! 空洞の加速度センサーは収まってきてる! 揺れはもうすぐ収まる!」

と叫んだ。


〇大空洞の第2空洞

収まる気配のない揺れと、降り注ぐ小石に打たれながら、大泉さんが叫んだ。

「八瀬君、すまん、これまでだ! 若井、全速後進っ!」

そう言って大泉さんが若井さんを振り返る。

若井さんが推進レバーを左側に倒す。前進していたボートが止まり、バックを始める。

「若井急げー!」


オレは三角錐をみつめたまま、

「ちくぅーーー!」

と叫んだ。


そのとき不意に、頭の中で声がした。

「八瀬殿・・・」


千種さんと出会い、命がけで走った700年前の山中。

あのときも、こんな地鳴りがあった。

違う時代の「何か」に触れた時の感覚が、オレの背中をぞわりとさせた。


その時だった。


ドォォォオオンッ!

まるで空洞の「何か」が、目覚めようとしているかのような、もの凄い轟音と衝撃波が空洞内を襲った!

空洞内に一気に圧縮空気が押し込まれてくる。

オレは思わず目を瞑り、耳を抑えてうずくまった。


ボートが揺れているのがわかる。

天井から落ちてくる小石が、背中の安全ベストに落ちてくるのもわかる。

大丈夫だ、生きてる!


しばらくそのまま動けなかったが、恐る恐る手を降ろし、目を開けると、他の3人も同じようにうずくまっていた。


その時、ちくの声が、静かになった空洞内に響いた。

「にゃあ」

それは、今までに聞いたことのないくらい、穏やかで優しい声だった。

威嚇でも、不安でもない。まるで「大丈夫」と言っているみたいな。


「・・・ちく?」

そう言って体を起こすと、三角錐がふっと光を弱めた。

小刻みに震えていた振動も弱まり、湖面の波紋が、ゆっくりと消えていく。

空洞の揺れも収まっている。


そして音もなく、三角錐のドアが開く。


「若井さん!」

振り返って叫ぶと若井さんがボートを前進させてくれた。

ボートが近づき、ドアの中が見えてくる。


「ちく、生きててくれよ・・・」

さらに近づく。


「しっぽが見えた!」


三角錐に手が届く距離になって、ちくと叫びながらぐいと引き寄せる!

「ちくっ!」

と叫ぶと、にゃあと一鳴きしてボートに飛び乗ってきた。


そして、三角錐の方に向きなおり、目を光らせたまま、もう一度、

「にゃあん」

と鳴いた。

・・・まるで呪文を掛けるように。


その呪文を聞いて、三角錐の扉が閉まる。

陰陽律の文字がきらりん、とリフレッシュしたように光って、三角錐は完全に沈黙した。

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