第23話 地底湖の異変
舞鶴海戦から1か月。
舞鶴地方隊は呉と横須賀から潜水艦が1隻ずつ配置換えされることとなり、如意ヶ岳直下の地底湖をドックとして利用できないか、本格的な調査が行われようとしていた。
その矢先、何度目かの調査の際に、地底湖の水位が低下していることが判明した。
舞鶴海道で繋がっているから潮の満ち引きの影響を受けているとか、梅雨の季節が過ぎて雨が少なくなって地下水が減ったためでは、など様々な意見があったが、原因は不明のままであった。
そして先週。「かみかぜ」が浮上した際、水面に半球状の口を開けた洞窟らしきものを発見した。元々あった洞窟だったようだが、水位が低下したので、その入り口が半分見えるようになったのだ。
中に何があるかすぐにでも調査しよう、との声も上がったが、乗組員による海底洞窟調査用の機材を用意していなかったため、中野艦長の判断で次回以降に延期された。
そして今日、潜水機材に各種調査機器、救命装備などの準備をし、洞窟調査を行ったのである。
〇大空洞の地底湖
地底湖に停泊している「かみかぜ」の周りに数人のダイバーが浮上してくる。
艦上のクルーたちが全員をデッキに引き上げ終わると、
「ご苦労だった、とりあえず着替えて・・・」
と声を掛けた大泉を遮るようにして、マスクを外しながら三上が興奮気味に叫んだ!
「大泉さん! えらいものを発見してしまったかもしれないです!」
ウェットスーツやレギュレータから滴り落ちる水も構わず、大泉の肩を握りしめ、
「なにか、・・・宮殿! そう宮殿みたいなものがありました!」
興奮冷めやらぬ様子で話す三上を落ち着かせ、ビデオを見ながら話を聞かせてくれと言い、とりあえず全員ブリッジに戻っていった。
〇原子力潜水艦「かみかぜ」ブリッジ
「これです、これ!」
そう言って三上がモニタを指さす。
そこに映っていたのは、確かに宮殿のような装飾が施された壁の前に鎮座する、白い三角錐型の何かだった。その頭上には大きなリングがあり、4本の柱で支えられていた。
「なんだ、これは!」
まばたきも忘れたように若井が呟いた。
「後ろの壁、装飾かと思ったら、刻印、というか文字みたいじゃないか?」
中野艦長が言うと、
「そうですね。しかも三角錐の表面にも同じような文字がありますよ!」
と藤本が指さしながら返事をした。
「これ、サンスクリット語だな」
と大泉が言う。
「サンスクリット語?」
「あぁ。お墓の卒塔婆とかに、流れるような文字で書いてあるヤツだよ」
「それ、見たことあるかも」
と藤本が頷く。
「そしてですね、驚くべきはこれだけじゃないんです! もうちょっと待ってください・・・もう少しです・・・あ、ここ! ここです!」
興奮収まらぬ三上がそう叫んだ時、カメラは宮殿から湖底を映し出していた。その湖底は、もちろん岩盤なのだが、巨大な熊手でひっかいたような筋が、幾重にも重なっていた。
「なんの跡ですかね?」
誰かが呟く。
「断層、か?」
大泉がモニタに顔を近づけながら言うと、
「私もそう思います。以前研修航海で、海底の断層跡の写真を見たことがあるのですが、これとそっくりでした」
と三上が返事をした。
「宮殿のような壁に白い三角錐、サンスクリット語の刻印に断層・・・断層はともかく、それ以外はどう見ても人工物だ」
と腕組みをしながら、大泉が言う。
「こりゃ、ドックの工事をする前に、もっとちゃんと調べた方がよさそうだな」
頷きながら、若井が言った。
〇舞鶴地方隊基地司令室
舞鶴に戻った大泉たちは、基地司令に調査結果を報告した。
安藤基地司令は、
「うーん・・・」
と言いながら大きく椅子にもたれかかり、意味深なことを言った。
「以前、私が入隊したての頃、吉田山の地下道のことを上司から聞いたことがあると話したと思うが、その上司はな、先の大戦中にイ号潜水艦があの地底湖に到達した日の航海日誌も見たことがあって、「地底湖に別の洞窟あり」という記述があったと言っていたよ」
「別の洞窟、ですか」
「あぁ。すっかり忘れていたが、今日君たちが見つけたのは、その洞窟だろう。その上司は、中には幾何学的な刻印が施された奇妙な物体が安置されていた、とも言っていたから、君たちの調査結果とも一致するんじゃないか」
「確かに、今日の調査でも文字のような刻印が施された三角錐の形をした物体が、宮殿のような場所に安置されていました」
安藤司令は腕組みをしたまま、
「中野艦長、次の調査潜航はいつだ?」
と聞いた。
「はい、来週、9月14日の予定です」
カレンダーを見ながら、9月14日か、と呟いた安藤は、
「大泉君、若井君、君らのツテで地底湖の特別調査班を編成してくれないか」
と言った。
大泉は、怪訝そうな顔で、
「特別調査班・・・ですか。「かみかぜ」のクルーだけでは足りませんか?」
と聞くと、
「うん、断層もあったと言ってたろ? できれば地質を専門とする学者や、三角錐が何からできているのか分析できそうな学者、それにその分析をサポートするAIを操作できる者もいるといい」
と安藤が答えた。
「一週間でそんなメンバー集まりますかね」
という若井に、大泉は若井の方を向いて、
「いや、司令の仰ることももっともだ。もし本当にあそこにドックを作るなら、安全性の評価は徹底的に、しかも早い方がいい。ちょっと本省にもあたってみます」
「うん、頼むよ大泉君、若井君」
「わかりました」
と返事をして、指令室を出て行こうとしたとき、大泉が指令に言った。
「司令。あの壁と三角錐のサンスクリット語の刻印についてですが・・・」
「うん、あれも確かに気にはなるな」
「私がいた防衛省の国際政策課に、サンスクリット語を読めるヤツがいたんですが、そいつもメンバーに加えてもよろしいでしょうか」
「あぁ。そう何度も気軽に行けるところでもないからな。洞窟解明に役に立ちそうな人員がいれば加えてもらって構わない」
「ありがとうございます」
そうして、大泉と若井は基地司令室を後にした。
廊下を歩きながら大泉が言う。
「ホントはもう一人加わって欲しいメンバーがいるんだよ」
「ん、誰だ?」
大泉は若井の方を向いて、
「ちくわ」
と一言言った。
「あぁ、確かに!」
それは賛成だ、という感じで若井も頷いた。
「どうしてるかな、あの二人。ん、一人と一匹か」
こうして内閣情報調査室長直属のチームとして、地質、河川工学、材料科学、AIの各専門家と、防衛省からサンスクリット語の専門家の5人からなる「地底湖対策特殊調査班」、通称「特調」が編成された。
〇防衛省国際政策課の会議室
「だから専門家はやめてくれって!」
「いいだろそれで。他の4名はみんなその道の博士なんだ。木下、お前だって専門家と名乗れるほど博識だぞ」
「俺のはあくまで趣味の延長だよ。」
そう言いながら、木下は、大泉から渡された探査時の写真に見入っている。
「で、どうだ? それって読めそうか?」
「あぁ、宮殿の壁面と三角錐の表面の刻印、これは間違いなくサンスクリット語だ。俺にも読めるよ。ただ・・・」
「ただ?」
大泉が木下を見つめる。
「意味をなしてないんだよ」
「ん? どういう意味だ?」
「縦から読んでも横から読んでも、文章になっていないんだよ。一つ一つの文字を適当に三角錐の表面にばらまいた、とでも言えばいいのか、とにかく意味のある並び方になっていない。誰がやったのかは知らんが、これだけのものを何の意味もなく彫るだろうか・・・」
「なるほどな。文字ってのは誰かに何かを伝えるためのものだからな。意味をなしてないってのは確かに引っかかる」
「もしかしたら、何か暗号表のようなものがあって、そのルールに従って読む、とかかもしれんな」
木下は写真を持ち上げ、ライトに透かしたり、裏から見たりしながら言った。
「よし、次回の調査では、それを解読するのがお前のミッションだ、木下!」
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