第2話 原子力潜水艦「かみかぜ」
〇海上自衛隊舞鶴地方隊内 若井防衛大臣補佐官執務室
「出航した!? どういうことだ!」
若井は、自分のデスクに座りながら、「かみかぜ」出向を報告に来た部下に声を荒げた。
「やはりご存じありませんでしたか。若井さんは、本日基地到着の予定でしたので、もしかしたら出航の連絡を受けていないのではないかと思いまして・・・」
「受けるも何も、俺には次回の試験潜航は明日だと連絡があったぞ」
そう言って、若井はデスクのパソコンで出航予定表を確認する。
「な・・・今日出航予定の艦は1隻もないじゃないか! どうして「かみかぜ」は出航したんだ! 基地司令は許可を出したのか?」
「おそらく、司令もご存じないかと・・・」
「司令が知らない?」
「はい。予定されている「かみかぜ」の7回の試験運行について、司令は天気や波のコンディションを見て、中野艦長の判断で出航してよし、と通知されていましたので・・・」
「だからと言って、誰にも何も言わず、予定表にも入れず出航するなど前代未聞だぞ。しかも新造の原潜だ、万一のことがあったらどうするつもりだったんだ、司令は!」
若井健司 防衛大臣補佐官。いわゆる防衛省の背広組である。本来ならば本省の事務官であり、自衛隊基地や駐屯地の現場で勤務することはない。しかし、日本初の原子力潜水艦「かみかぜ」の乗艦を大臣に直訴し、大臣補佐官として「我が国初の原子力潜水艦の機能・性能が要求値を満たしていることの確認」を目的に、乗艦を許可された。
その若井は、「かみかぜ」試験潜航支援部隊から当初通達された明日の試験潜航から乗艦するため、本日舞鶴基地に到着したところであった。にもかかわらず、予定日より早く、しかも自分の到着を待たずに出航したと聞いて、艦長の中野の独断にイライラを隠さなかった。
「これまで4回の出航記録を調べてくれないか。いずれも誰にも知らせず出航したのか、どういう航路で、何時間の潜航試験で、どんな機能試験をしたのか確認したい」
「は! 了解しました。すぐ集めます、10分お時間下さい」
そういうと部下たちは部屋を後にした。
「くっそう、中野のヤツ。到着が今日だってことは伝えてあったろうが。なんで俺を待たずに出航を・・・ 大泉の差し金か!?」
〇原子力潜水艦「かみかぜ」ブリッジ
「音無、ソナーどうか?」
中野艦長が尋ねると、
「正面、12時方向からの反射なし。この洞窟、まだまだ奥に続いていますね」
音無ソナーマンが返答する。
「底なしかよ」 少し不安げに三上副長が呟く。
中野たち、「かみかぜ」乗組員が舞鶴湾沖の海底近くに大きく口を開けた洞窟らしきものを発見したのは、3回目の試験潜航の時だった。舞鶴地方隊に潜水艦部隊はないので、長いこと発見されないままだったのか、それとも、わかってはいたが調査はしなかったのか、いずれにしても「かみかぜ」の乗員たちは、この洞窟のことを誰も知らなかった。
機能・性能の確認が試験潜航の目的であるが故、海図にない未踏ルートを進むことに若干の躊躇があった中野であるが、この先、東亜共和国との争いが本格的になった時、この洞窟は秘密裏の潜水艦基地として使えるかもしれないと判断し、進むことを決意した。
アクティブソナーを打ち、周囲との距離を測りながら、慎重に微速で進む。新造なったばかりの船だ、ぶつけて傷でもつけたら艦長としてのお役御免は免れないだろう、と考えないでもなかったが、この洞窟は本当に海中ドックの役割を果たせるかもしれない、そのためにも調査が必要だという自衛官としての強い矜持に従い、進み続けた。
ライトを点け、ビデオも録画し、可能な限り多くの情報を収集する。それでも初めての調査では舞鶴湾の入り口から10kmほどしか進めなかった。
それから数日後の4回目の試験潜航では、前回得た情報をフルに活かし、湾の入り口から60kmほどまで進むことができた。それでもまだ出口はおろか、どこに繋がっているのかさえわからなかった。
そして今回、5回目の潜航試験、洞窟の探査は3回目だが、中野たちはまだ海底洞窟のゴールにたどり着けずにいた。
「前進微速、このまま」
「前進微速、このまま」
「藤本、洞窟に入って以降、舵は真っすぐのままだな?」
三上副長が聞く。
「はい! 両舷ともコンマ1度も振れていません!」
「と言うことは・・・このままだと、琵琶湖まで通じている可能性も?」
三上は中野を振り返りながら聞いてみる。
「そうだな。この洞窟が本当に行き止まりになっていないとしたら、このまま進めば琵琶湖に出ることになる」
「琵琶湖と言っても、南側の先っぽですね。大津市あたりです」
藤本が言うと、
「大津か。そんなところに浮上したら、えらいことになるなぁ」
と三上は独り言ちた。
原子力潜水艦「かみかぜ」。日本が建造した初めての原子力潜水艦である。
舞鶴湾沖の日本海の排他的経済水域、EEZ内に巨大なレアアース鉱脈が発見され、日本政府は官民合同で調査を進めていた。ところが東亜共和国もその鉱脈調査のため日本のEEZ内に無許可で入り込む事態が頻発。日本政府はその都度東亜共和国側に厳重な抗議を申し入れたが、東亜共和国の調査が止むことはなかった。それどころか、彼らの調査船の護衛に海軍の軍艦が帯同する事態に及び、総理は、米軍の依頼で極秘裏に建造を進めていた海上自衛隊の原子力潜水艦に特命を付し、イージス艦「あたご」と共に日本のレアアース調査船団の護衛を命じた。
その潜水艦は「かみかぜ」と命名されたが、極秘裏に建造されたため、進水式も命名式もなく、メーカーから引き渡された後、そのまま試験運行に供された。配属は潜水艦部隊のない海上自衛隊舞鶴地方隊。日本海での護衛が任務であるとはいえ、潜水艦専用のドックがない基地への配属は異例であった。加えて、極秘であるが故、舞鶴地方隊の中でもその配属を知るものはごく少数に限定された。
艦長に任命されたのは、中野由人三等海佐。 そうりゅう型潜水艦8番艦である「せきりゅう」の艦長から抜擢された。 中野はアメリカ、オーストラリア、フランス、インドなど、各国海軍との合同演習実績が豊富で、その状況判断の速さ、正確さと戦術指揮は海自一とも評される潜水艦乗りである。
副長の三上祐介は「せきりゅう」の操舵手、プレーンズマンであったが、その腕と隊内随一の東亜共和国 民族解放軍の事情通であったことを買われ、三等海佐への昇進を機に、中野から「かみかぜ」の副長として迎え入れられた。その三上が中野から託された最初の任務は、潜水艦操艦の要であるプレーンズマンとソナーマンの選抜だった。
潜水艦は、文字通り海に潜って行動するため、海上を航行する艦と違い、敵や障害物を目で見つけることができない。ではどうするか? 海中に音波を発信し、反射で帰ってきた音を頼りに敵の潜水艦や障害物の位置を識別し、攻撃や回避など、必要な行動を取るのだ。従って反射音を聞き分ける担当である水測員、ソナーマンと、それを頼りに操舵する操舵手、プレーンズマンは潜水艦乗組員の中でも最も要となるポジションなのだ。
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