木漏れ日のAbyss - Abyss in Dreams -
@SaltandPan
Anonymous
「誰が死んだんだっけ? あなた?」
葬儀の空気が、凍りついたように軋んだ。
アベルは反射的に声のほうを見る。
白布のかかった小さな影。
その手前に、フードの男が立っていた。
影が深く、目元は見えない。
浅黒い手だけが浮いて見える。
「誰も泣かないんだね。感心したよ。もし『無表情選手権』があったら、あなたたちは間違いなく金メダルだ。」
男は一人で喋り続ける。
「いや、褒めてるんだよ? 本当に。僕なんて、朝食のパンを焦がしただけで泣きそうになるからね。その鉄のような自制心、どこで売ってるのか教えてほしいくらいだ。」
言葉だけが止まらない。
軽さだけが広場に響き、どれも場違いに聞こえる。
誰も男を見ない。視線だけが沈んでいる。
広場の端に、二つ並んだ空の棺が濡れていた。
胸が冷え、アベルは目を逸らし、男の背中を睨む。
「来るの遅れたけど、まあ間に合ったよね。“エンディング”は大事だし。」
軽い声とは裏腹に、空気がざらつく。
検品されるような嫌な感覚が背に触れる。
「……誰なんですか。」
声が勝手に漏れた。
男はアベルへゆっくり顔を向ける。影の奥が笑ったように感じる。
「誰か? ……いい質問だ。それについては、僕とセラピストの間でもまだ結論が出ていないんだよ。」
胸が跳ねる。
言葉が噛み合わない。
「まあ、気にしないで。今日の役目はただの配送業者さ。ピザの代わりに……『行き先』を届けに来ただけ。」
「どこへ。」
「決まってるじゃない。」
白布の方へ顎をしゃくる。
その無邪気さが、逆に怖い。
男は掌に小さな黒い欠片を転がす。
トン、トン……。
石から、心音とも機械音ともつかない微かなリズムが漏れた気がした。
「マスターキーだよ。電池不要、説明書なし。使い方は向こうに着いてからのお楽しみ。」
「やめてください。」
震えた声に、男は肩をすくめるだけ。
「止められないんだよね。これは契約事項だから。クーリングオフ期間も過ぎてるし。」
その一瞬だけ、影の奥で何かが沈んだ気がした。
アベルはまぶたを強く一度だけ閉じる。
「じゃ、行こっか。」
男が一歩近づく。
胸の奥で空気が裏返る。
「案内するよ。君たちだけじゃたどり着けないし。」
冗談めいた声なのに、足だけが前へ引かれる感じがする。
「ほら、歩いて。あなた方が見ているよりも足元は明るいはずだ。」
父親がわずかに身じろぎし、母親が顔を上げる。
アベルは喉が乾き、息を呑む。
家族の足が、ゆっくりと前へ動き始める。
男が先頭に立ち、振り返らず歩き出す。
出口の霧が、招くように揺れた。
アベルは長く息を吐き、白布をもう一度だけ見る。
そのとき男が、振り返り言った。
「ほら、物語の“プロローグ”って、こんな顔になりがちでしょ?」
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