二、果てしない草原

 僕は兵士の男によって塔の中に案内された。外見を見るに狭そうだったけれど、中は椅子や机が設置されていてあまり窮屈そうではなかった。上を見上げると見張り台に続く長い石の階段が渦を巻いていた。

「で、お前さんどっから来たんだ?」

 僕に椅子へ座らせると兵士は聞いた。

「いやそれが……起きたら突然森にいて」

 説明すると男はまた腕を組んだ。

「記憶喪失かい?それは辛いね」

 そう決めつけると男は僕の肩をポンと叩いた。

「いえ、あの、記憶喪失じゃなくて僕たぶん別の世界から……」

 自分は記憶喪失などではないと主張すると、鼻で笑われた。

「そんなわけないさ。異世界人は勇者様だけよ。国が大の魔法使いを何人も集めて勇者を召喚するんだ。そんな魔物の森なんかでは召喚されないさ」

 勇者がいると聞かされ、同じ世界の人がこの地にいると聞いて一瞬安心した。

「でも……」

「ここからそう遠く離れてないところにオビオスという街がある。」

「だからあの……」

「そこでセナって人に会えばいいさ。ギルドにいるはずだ」

 そう伝えられて俺は水の入った水筒のようなものと食料の入った袋、そして新しい衣服を渡され、個室に案内された。

 全く話を聞いてくれなかったということに腹が立ったし、一気に情報量が多すぎだ。整理すると、ここはたぶん異世界。僕と同じ世界、またはほかの世界から召喚されるのが勇者で、それは国が行うことだ。そしてここはアルフェス王国という国の国境で、僕はこれからオビナスという街のギルドに行き、セナという人物に会わなければならない。よし、さっぱりわからなかったが、目標ができた。

 僕は与えられた服に腕を通した。普段来ている服よりもだいぶ着心地が悪い。体中がチクチクするし、動きづらい。文句を言える立場ではないのは分かっていても、あまりにもひどくて素っ裸で外に出たいくらいだ。頭がまだ混乱する中、僕は部屋を出て塔の外まで案内された。今度は壁の反対側、森の反対側。

「この道をまっすぐだ」

 さっきの男兵が指さす方向には土の一本道、そして両側には何もない草原が広がっていた。

 「このあたり一帯は安全だ。だが夜になると門を閉めるから気をつけろ」

 そういって彼は扉を閉め、僕を外に出してしまった。

 靴は汚れているが、特に機能性面では問題ないので履いている。何しろ、服がこの程度ではこの世界の靴で歩くのなんて御免だ。草の風にそよぐ音以外は静かで、塔が見えなくなった今、前も後ろも同じ景色だ。この森以上に方向感覚の狂いそうな草原で僕の足は土の道にしがみついていた。踏み外せば戻ってか来られない、そんな感じがした。

 僕は袋を手にきっちりと握り、遠くの水平線を見ながら歩いた。何も見えない。体を冷やすそよ風がないどころか、日照りが凄まじかった。毎日電車を使って長距離移動していた人間が突然森の中に放り投げられ、草木を押し分けたすきに果てしない草原を歩かされている。異世界に突然飛ばされることを予想して毎日トレーニングしている人はいないだろうし、いたとしてもこの距離は相当キツイだろうと思う。太陽が容赦なく僕の頭上から地面を照らし続け、今にも草木が燃えるのではないかと思った。僕の黒い髪は太陽光をすっかりと吸収してしまい、鉄板のように熱くなっていた。ときどき片手を頭の上にかざし、脳が焼き焦げるのを防いだ。頬を汗が流れる。まっすぐに歩けず、土道路をふらふらと足を引きずった。地平線に消える一本道で陽炎が踊っている。

 道脇の草に倒れこみ、袋から革の水筒を取り出し、仰向けのまま口につけた。ぬるい。しばらくそこに倒れたまま、目を閉じる。さっきまで焼けるほど強かった日差しが、心地よい。僕は再びポケットに手を入れていた。無い物を探すのように僕の指はポケットの奥まで探ったが、何も入っていなかった。手をポケットから取り出すと、僕は眠りについてしまった。

 目が覚め、腕で顔を覆い日光を遮る。体が重く、なかなか起き上がらない。背後から聞こえてくる足音に振り返る。突然の人の気配に驚き、眠気から即座に解放された。僕はうつ伏せになると膝と肘で自分の体を押し上げ、立った。袋は高い雑草に隠れたまま。

 目の先には、青年が立っていた。短髪で、栗色の目をしている青年は金属の鎧とともに青いマントを身に纏い、腰には鍔から先を鞘に隠したロングソードが着けられている。

「誰だい?」

 僕らの声が重なった。しばらくの沈黙の後、彼がもう一度聞いた。

「どなたかお尋ねしても?」

 彼の口からゆっくりと出てきた質問に、僕は一言返す。

「……分からない」

 分からないというわけではなかった。自分の名前はちゃんと覚えているし、僕は僕だ。ただ、自然と出てきてしまった。

「分からないわけないでしょう」

 数秒後、彼に突かれた。興味深そうにこちらを見ている。

 僕は彼の質問を無視して質問をし返す。

「異世界から来た人っているのか?」

 質問で返されたことを不満そうに思いながらも彼は眉を上げた。

「まさか君、森から出てきたのかい?」

 僕の現状を理解してくれたかのようにさらに質問をかぶせてきた。

「そうなんだけれど、起きたら森にいたんだ。信じてもらえないかもしれないが、たぶん僕は……」

 言いかけた僕の文を彼が終わらせる。

「異世界人だね。僕のお父さんもさ」

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