第29話


前には宮田の取り巻き。後ろには宮田本人。挟まれ逃げられない。

周囲には人もないので助けも求められない。いや、誰もいないからこのタイミングで出てきたのか。


(…ど、どうしよう…これは、まずい)


宮田たちの表情から察するに、さっきの報復が目的だろう。

口元が笑っているが目が笑ってない。宮田は雨も降ってないのに手に傘を握りしめていた。こつこつと石畳を傘の先で叩きあきらかに威嚇している。


「不用心だなー。なんでこんなとこ来ちゃうわけ?最近物騒なんだから気をつけないとでしょー?…ま、こっちとしては都合がいいからいんだけど」


「…なに?もうこの人には関わらないでって約束したよね?破るの?」


パーカー少女がいう。


「いやいや、守るよ。俺が用あんのはお前だよ」

「…私」

「土下座動画撮ってなかったからさ。撮ろうと思って」

「ストバで負けたのはそっちでしょ?私がそれを飲む理由は無いはずだけど」

「だからリベンジだよ」

「リベンジ?」

「リアルストバだ」

「…」


(…は?)


リアルストバって、リアルで殴り合うってこと?この子と?マジで…ガチで?

いやいやいや、そんなの…しないよな?


「でもま、お前が素直に謝罪すんならボコるのはやめてやるよ。僕は優しいからな」


傘を振り回し威嚇する宮田。


「宮田は格闘技習ってるからケンカつえーぞ」

「早く謝っちまえよガキ」


取り巻きが笑いながら脅してくる。それに対し、彼女は。


「なんで?嫌だけど。私は間違ってない。謝らない」


そう言い切った。


「むしろそっちが謝ったほうがいいんじゃない?これはどうみても恐喝…警察呼ぼうか?」


ポケットに彼女が手を入れた瞬間、宮田が素早く近づいてきた。そして傘を振りかぶり、


――がっ、と振り下ろしたたきつけた。一切の迷いもなく、思い切り。


「…ッ、てえ…!」


宮田の傘による一撃を…俺が受けた。


「えっ…だ、大丈夫!?」

「な!?てめえ、相澤!邪魔すんなつーの!!」


間一髪だった。ギリギリで2人の間に割って入り、宮田の傘を俺の背で受け、少女を守ることに成功。かなり痛いけど、彼女にはあたっていない。良かった。


つーか、まじで…本気であてにきやがった…こいつヤバいだろ。

はやくどうにか逃げないと…!


「…ごめん、ちょっとどいてて」

「え?」


少女は俺をよけ、宮田へ近づく。その際にみえた彼女は、ストバの王鬼かと錯覚するような怒気を放っていた。


「あ?…お前も相澤みたいに痛い目に――」


宮田が手を少女に伸ばした瞬間だった。一瞬、刹那の動き。気がつけば吸い込まれているDザンギのような掴み。奴の手を掴んだ彼女はそのまま組み伏せアスファルトへ叩きつけた。


「――ぐあっ!?」


腕を後ろへ回された宮田。体重を背にかけられ、関節が決まる。軽そうにみえる彼女の重さでも、ああまで完璧に抑え込まれてしまえば宮田が抜け出すのは不可能だった。


「痛え!!やめろ、やめろー!!」


足をばたつかせる宮田。ぎりぎりと関節を締め上げる少女。なにがおこったのかわからず唖然としていた俺だったが、奴の叫びに我に返る。


(…す、すげえ…)


ケンカでもゲームでもあいつに勝てる奴なんていままで居なかった。なのに、こんなあっさり…しかもあんな女の子が。


「…君、ストバと同じ負け方してるね」

「ああっ!?」

「女だから、自分より体が小さいからって、私のこと舐めてたでしょ。ストバの時もこんな子供に負けるはずないって、そう思ってたよね?プレイからわかったよ。…でも、その結果がこれ」

「ぐっ、くそ…てめ」

「油断は大敵なんだよ?」


とても冷たい目をしていた。彼女の瞳は、信じられないくらい暗く…さっきパンケーキで目を輝かせていた可愛らしい少女と同じとは思えない様な、憎しみの色が宿っていた。


(…もしかして、彼女も…)


「おいお前!宮田から離れろ――」

「調子に乗りやがって、ぶっ殺すぞてめ――」


――ヒュオッ


駆け寄ろうとする取り巻き2人。その瞬間、少女は片手で宮田の傘を差し向けた。


「動くな」


「…ッ!!」「…な!?」


凄まじい殺気だった。さっきの宮田の殺気が幼稚に思えるほどの、本当の殺意。かたかたと取り巻きの指が揺れているのに気がつく。


「これからさき、私達にもう関わるな。いい?」


こくこくと頷く取り巻き。あれだけしつこく、粘着してきた奴らが素直に頷いたのは、彼女を怒らせるとヤバいと感じたからだ。

この2人のボス、宮田よりも遥かに…危険な奴だと。


「君は?」

「…わか、った!関わらない、関わらないから…折らないで」


少女は手をはなし、背から降りた。


「折らないよ」


ふふっ、と笑う彼女。危うくも美しい…そんな印象だった。

その場に傘を置いて、宮田から離れた。

宮田は傘を手に取ったが、もう勝てない事を悟っているようで、武器をもっても襲いかかろうとはしなかった。


「…相澤…」

「…!」


ぎろりと俺を睨む。


「情けねえやつだな、お前…こんなガキに守ってもらって。あの程度の痛みでひいひい言いやがって…」

「…」


むっ、と口を尖らせる隣の少女。取り巻きがびくりとして逃げ腰になる中、宮田は言葉を続けた。


「いつもそうだったよな、お前。自分だけ苦しいみてえなつらしやがって…こちとらお前なんかより苦しい思いしてんだよ!勉強もゲームもなにもかも必死でやってきたんだ!のうのうと落ちこぼれてるお前にわかるかこの苦しみが!!」


…中学受験…。

噂によれば宮田は親にめちゃくちゃな時間を勉強へあてられ、辛い目に遭っていたらしい。

確かに、そんな思いをしていたら…俺なんか…。


「何言ってるの?」


少女が口を開く。宮田がびくりとして口を閉じた。


「それは君の苦しみでしょ。これまで長い時間ずっと味わってきた君にしかわからない苦しみ。それは言葉なんかじゃ伝わりっこないよ。…同じ物事でも、置かれた環境や精神状態によって感じる痛みも辛さも変わるからね。…だから、その苦しみは他人ひとには理解できないし、できるはずが無い」


優しい言葉だった。敵意の一切がなく、柔らかい言葉。そして、彼女は「でも」と言った。


「それは相澤さんも同じだよ。彼女の苦しみは彼女だけのものだ。宮田くんが決して知り得ない、知ることの出来ない、痛みも苦しみもあるんだよ」


少女は睨む。


「その人の苦しみはその人じゃないと理解なんてできない…だから押し付けるなよ。君の苦しみを、人に」


鋭い眼差し。視線を向けられてもないのに俺は凍りつきそうになる。熱のない、暗い瞳は深く…そして熱い。


(…)


宮田は「ちっ」と舌打ちをした。


「あ、そうそう」


少女が胸ポケットからスマホを取り出した。


「これ、今の一部始終撮ってあるから」

「な…」「え」「は?」


「安心して、君たちが約束を守ってくれればこれをどうのこうのする気はないから。…あ、相澤さんあとでこれ共有するから」


「胸ポケットにいれて、あんなに激しく動いて…撮れてるはず…」

「みてみる?」


スマホの画面を彼らに向け動画を再生する。宮田が傘で俺を殴りつける決定的な場面がしっかり映っていた。


(…あ、そっかここだけ撮れてれば)


「…くそ…」


それが決定打になり、宮田は観念したみたいだった。背を向け立ち去る三人。


「…あ、ありがとう…ございます」

「ううん」

「格闘技習ってるんですか?すげえ強かった…」

「あ、うん。まあ色々と…でもケンカしたとか知られるとヤバいから、これは二人だけのひみつで」

「は、はい」


しーっ、と指を立てる。マジでさっきの人と同じ人間とは思えない愛嬌。


「…あ」

「?」

「ごめんなさい、もう時間が…親から連絡きてて帰らなきゃ」

「あ、そうなんですか」

「相澤さん、連絡先聞いてもいいですか?」

「え!?」

「…あ、嫌でした?」

「嫌ではないですけど、でも…なんで」

「? だって、ストバ練習するって…だから今度また時間合わせて遊ぼうかなと。それにさっきの動画共有したいし」


ストバ…うやむやになるかと思って正直、少し寂しい気持ちになっていた。だからこれはかなり嬉しかった。


「…わかりました」

「やた」


連絡先を交換。メッセージアプリでQRコードを読み込み、プロフがでた。


「…俺、相澤あいざわ依織いおりです。よろしくお願いします」

依織いおりさん…おいくつですか?」

「えっと、14です」

「あ、やっぱり。私、12です。年下。なのでタメ口で大丈夫ですよ」

「あ、そうなんですね…わかりました、じゃタメで」

「はいっ」

「じゃ、そっちもタメでいいで…いいよ」

「え、いいんですか?」

「うん」

「やった。依織さんとは仲良くしたかったから、嬉しい。じゃあさっそく…!」


彼女はちいさな手を差し出した。


「私は長戸ながとあかり。よろしくね、依織さん。えへへ」


本当に、星のようにキラキラしている人だと思った。



(…え?つーか、これで12とかマジ?)



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