第26話
「美夜さーん!」
「はい、どうしましたか美月さん」
「お洗濯と夕食の下準備終わりました!あとは…えーと、
「星の部屋は昨日私が掃除したので大丈夫ですよ。今日のお手伝いはここまでとして、美月さんは残りの時間歌の練習をしてください」
「いいんですか?」
「はい。レッスン室のPCも使って大丈夫ですので、覚えたい歌や調べたい事があれば使用してください」
「ありがとうございます!では、夕食の準備する時間まで使わせていただきます」
「いえ、夕食の下準備をしていただいたので、調理は私が」
「え、でも…」
「良いのです。いつも頑張ってくれていますからね」
「! …わかりました、ありがとうございます!」
小学6年生、神岡美月。
私は今、長戸さんのお家でバイト…というかお手伝いをしている。
美夜さんに色々教えてもらって、メイドさんの服を着て一生懸命に家事をこなす。
学校がある平日はそのまま来て、夜お母さんが迎えに来てくれるまで。
お手伝いは2時間くらいで、間に休憩をしながらこなす。それが終わったら自由時間。長戸さんのお家の設備をつかって歌の練習や絵の練習、あとはダンスとかも。要するに配信者としてデビューできるように色々練習して頑張っている。
これがお手伝いの報酬。私はスマホもないし家のPCはお母さんがいないとつかえ無い。
歌の練習場所も押し入れの中とかだし、色々不便だった。
だからある日、星が提案してくれたのだ。お手伝いして、その報酬に家の施設を練習に使いなよと。
小学2年生の頃からだった。ずっと星と一緒にお手伝いして、練習して過ごしていた…星が東京へ行くあの日までは。
星がこの家から居なくなって、もう一年近く経った。
『――私、眩しいVTuberの星明かりになるから。美月ちゃんも追いかけてきてね』
あの言葉を胸に、私はVTuberになるべく日々練習をしている。
…いつか、高校生になってバイトして。お金を貯めて、PC買って…VTuberのモデルも。
果てしない。遠い遠い道のり。
私は窓の外の星明かりをみあげた。
本当にここから見えている、あの星のように遠い距離に感じる。
目を閉じ、星の笑顔を思いだす。あの日、朝日ヶ丘でみた彼女の横顔、輝く瞳。
追いかけたい、あの背中。
道は長く険しく、遠い…でも、あきらめない。
必ず、私も星のいる場所へ行ってみせる。そばに浮かぶあの三日月のように。
私は大きく息を吸い込んだ――
※※※
星のお父さんの意向だった。将来の選択肢ができるだけ多くなるように、行かせたい中学があったらしく彼女は東京の学校へ通うことになった。
くしくもそれは私が元々いた場所であり、住んでいた場所の近くであった。
近郊の豪邸。幾度となくみたあのお家がまさか彼女の本家で、しかもそこの一人娘の星と親友になるだなんて、あの頃の私は想像にも思わなかった。
「…美月さん」
「!」
レッスン室にいつのまにか美夜さんがいた。
「何度かノックをしたのですが、お返事が無かったので…すみません」
「いえ!こちらこそすみません!」
「そろそろお夕食なので呼びに参りました。お風呂も沸いているので、汗を流してからいらしてください」
「す…はい、ありがとうございます!」
いけない。いまだについ癖で「すみません」がでそうになる。
星が謝るならお礼を言ったほうがいいよ、とアドバイスくれた日からなおそうと気をつけているけど、どうしても染み付いた癖は抜けない。
…なんせ、前世は10数年そうして謝り続けた人生だったから。
すみません、はい、やります、やらせてください。
ごめんなさい、ちゃんとします、許してください。
誰かの顔色ばかり伺って、雰囲気を読んで、パニックになりながらも怒られないよう返事をする…。
さいごのほうは感情が殆ど麻痺して、涙も出なくなっていたけれど。
生まれ変わり記憶が戻って、あの頃されたことが悪夢に蘇り、毎日のように枕を涙で濡らしていた。それにより私がされたことの苦しみを改めて理解した。
もう二度とあんな目にはあいたくない。だから怯えながら生きるようになっていた。
今思えば、あの頃の私は回りからみたらさぞ不気味な子供だっただろう。じろじろと人の顔色をみて言葉を発さない。話しかけられればびくりと体を震わせ、縮こまる。
…余計にいじめられるはずだ。
もうダメだと思っていた。染み付いた負け犬根、臆病な性格、ネガティブ思考。
きっと淀み暗い目をしていたに違いない。その証拠に全てが暗く見えていた。景色の良い北海道のこの地に来た時も、それはよく分からずにしたばかり向いて歩いていた。
(でも、それも…)
あの日、私の瞳に光が映った。
星。あかり。温かくて、柔らかくて、綺麗な光。
彼女に照らされていくように私の毎日が変わっていった。
今までモノクロのように感じていた景色も色鮮やかに見え始めた。
星が世界を変えてくれた。
――すっ、と髪飾りに触れる。
初めてくれた誕生日のヘアピン。
記憶に焼き付いている。
(…たくさん貰った)
前へ進む力は私の中でひたすらに膨れ上がって熱を生む。
目を閉じても消えない星の輝きが、私を導いてくれる。
いつか、必ず私も
不安やネガティブな気持ちは消えない。それは当たり前。
先が見えない未来に進んでいこうとしているんだ、迷うこともある。
…でも、大丈夫。私は大丈夫。
ヘアピンから指をはなし、目を開けた。
お風呂をいただいて食卓へ。すると私はその光景に目を疑った。
テーブルにのったケーキやお寿司、唐揚げや焼き鳥が詰められたオードブル。
「あ、美月!」
「…お母さん」
美夜さんと帰ってきていたお母さんがご馳走を用意している姿をみて、私はこれが何かを理解した。
今日は7/1。もうすぐ私の誕生日だ…。
「ごめんね、お母さん早く帰れるの今日しかなくてさ…まだ誕生日じゃないけど」
にこりと笑う美夜さん。そっか、お祝いするならお母さんがいたほうがいいと思って…美夜さん。
「少し早いですけど、おめでとうございます。美夜さん」
「…ありがと、う…ございま」
もうすぐ中学生になるというのに、顔がぐちゃぐちゃになるくらい泣いてしまった。…恥ずかしい。
自分の誕生日も忘れるくらい、頑張らなきゃって気を張って過ごしていた毎日。そこに不意打ちをされたようなこのサプライズはかなり効く。
美味しい食事を終え、帰る間際。美夜さんが見てほしいものがあると部屋へ招いてくれた。
誕生日プレゼントはさっき髪をとかす
(…なんだろう?)
美夜さんがPCを起動させ、ある画面を表示させた。そこには――
「…え」
ひとりのVTuberがいた。
綺麗なショートボブの黒髪。頭には猫耳がぴょこり生えていて、フリルのついたメイドさんのようなドレス。まるで不思議の国のアリスをモチーフにしたような。
「…これ、って…」
「
…そう言えば、と思った。
ずっとずっと私にどんなVTuberになりたい?って聞いてたっけ。デザインとか凄く細かく聞いてきて、私は答えた。
黒猫が好きだからそれっぽいのがいい。美夜さんを尊敬しているからメイドさんたいな感じ。
(…この為、だったんだ…)
「少し動かしてみますか?」
「え、動くんですか!?」
「はい。星がモデリングもしていきましたので」
…こんな…私…。
心臓が高鳴る。うれしさと興奮で全身が満ちていく。
…まだまだかなり先の事だと思っていた、まさかこんなに早く…。
夢のような現実に私は呆然としていた。
そして、少し…じわりと暗い気持ちが滲み出す。
「…美夜さん」
「はい」
「私、どうしたらいいんでしょうか」
「どうしたら、というのは?」
「これって、VTuberのモデルを作るのって…かなり大変なんですよね」
「…はい」
「お金にしたらすっごく大きな金額で…私、ただでさえ星にたくさんのものを貰っているのに。どうやって返したら」
返しきれないのはまえから分かっていた。私の人生を救ってくれた人。なにを差し出しても釣り合いは取れないだろう。
そうだ、私はこれからどうやって…返していけばいいのだろう。
「それは簡単な事です」
「…え?」
美夜さんは優しく柔らかく微笑む。
「
…すうっ、と暗い気持ちがとけたような気がした。
「星は美月さんとVTuberがやりたいんです。それが一番の望みで、楽しみで、夢なんです。あの子は前々からずっとそう言っていた…美月さんと一緒に配信がしたいと。なので…」
美夜さんが私の頬を撫でた。あったかい。
嘘の無い、温度。
「…はい。私、がんばります」
まっすぐに道が見えた。夜の闇を切り裂いた、星明かりが行く先を照らす。
※※※
「――おい、まてよ…お前、相澤だろ」
俺は突然ゲーセンで肩を掴まれた。
「…なに?」
ストバ9の筐体。たまたま通りがかり鉢合わせたかつての学友。
いつも見下してくる男子。
睨みつけ、手を振り払う。
「は?…お前、生意気だな。底辺のクセに」
彼は睨みつけ、こんどは手首を強く掴んできた。
――痛っ…!
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