第7話 昼休みの攻防戦と手作り弁当

キンコンカンコン。


退屈な午前中の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。 途端に教室は活気づくが、僕の周囲の空気だけは、どこか張り詰めていた。


「さあ、翼」


昨日の格闘ゲームの勝者、秋本 愛梨が、優雅な動作で自分の椅子を引いた。 そして、その椅子を僕の右隣、萌香がいつも座る特等席へと移動させる。


「昨日の約束通り。今日は、私がここでいただくわ」

愛梨はそう宣言すると、綺麗に畳まれたランチクロスの上に、漆塗りの二段重箱を置いた。 その仕草は、まるで儀式のようだった。


「ちょ、ちょっと待ってよ愛梨! ずるい!」


当然、姫野 萌香が反発する。 萌香は自分の机から立ち上がると、愛梨の椅子に足をかけようとする勢いで抗議した。


「たかがゲームの勝敗で、席の権利とか意味わかんない! いつもの特等席は私のものだよ!」

「勝負は勝負よ、萌香。悔しいなら、また賭けて勝てばいい。ルールは破れないわ」 愛梨は冷ややかな笑みを浮かべ、完全に主導権を握っている。


結局、萌香は愛梨の冷徹な正論に押し切られ、不満げにフンと鼻を鳴らした。

「いいもん! 席が取れなくても、翼の正面に座ればいいんだもん!」


萌香は、自分の机を僕の机の正面にピタリとくっつけ、愛梨と僕の間を遮るように陣取った。 僕の右隣に愛梨。僕の真正面に萌香。

……なんだ、この構図。裁判か、尋問か?


僕がカバンから、いつものコンビニの焼きそばパンを取り出そうとした、その時だった。


「はい、翼。これ」


愛梨が、二段重箱の上段を開けた。 湯気と共に、ふわりと上品な出汁の香りが漂う。 中には、色彩豊かなおかずが、隙間なく美しく詰められていた。

出汁巻き玉子に、彩りの良い野菜の煮物、そして小さく握られた梅干しのおにぎり。


「ふふ、勝者の特権として、今日のお弁当は翼の隣で食べたいと思って、今朝、早起きして作ってきたの。どうぞ」


その完璧な美しさと上品さに、僕だけでなく、周囲で昼食の準備をしていたクラスメイトからも 「おお……」 と感嘆の声が漏れる。


「ず、ずるい! 私だって作ってきたんだから!」

萌香が負けじと、自分の机の上に置いていた、少し派手な柄のランチボックスを広げた。

こちらは一転、ポップでカラフルだ。タコさんウィンナーやハート型にくり抜かれたニンジンなど、手が込んでいるのは分かる。

ただ、卵焼きが少し焦げていたり、ご飯がギュウギュウに詰められすぎていたりして、愛梨の完璧さとは対照的だった。


「翼! こっちは『愛』が詰まってるんだからね! 最初にこっちから食べなきゃ、承知しないよ!」


「愛」が詰まっているか否かは知らんが、弁当の圧力はすごい。

僕は、目の前にある焼きそばパンと、美少女二人の手作り弁当を交互に見比べた。


「いや、俺、焼きそばパンで済まそうかと……」


「ダメよ!」

「ダメに決まってるでしょ!」


二人の声がハモり、僕の焼きそばパンは、有無を言わさずカバンの中に押し戻された。

……焼きそばパン、めっちゃ美味いけどな...。


「焼きそばパンなんかで済ませないで。栄養バランスを考えて。まずは私の方から、この煮物をどうぞ」

愛梨が、優雅に小さなおかずを僕の皿に載せる。


「ちょっと! なに愛梨だけ! 翼、こっちのハート型卵焼き! 頑張って作ったんだから、冷めないうちに!」

萌香は、フォークで大きなハート型卵焼きを突き刺すと、ぐいぐいと僕の口元に突きつけてくる。


「もぐ……っ、ん!?」


愛梨の煮物は、繊細で上品な出汁の味が染み込んでいて、思わず唸ってしまう美味しさだった。 萌香の卵焼きは、少し甘めだが、素朴で情熱的な美味しさが感じられる。


「どう? 美味しい?」

愛梨の期待に満ちた上目遣い。


「どう? 私の卵焼き、美味しい!?」

萌香の前のめりな圧。


「あ、ああ。どっちも……うまいよ」

僕が正直な感想を述べると、二人はパッと顔を輝かせた。


「ふふ、よかった」

「えへへ、でしょー!」


その後の昼休みは、完全にこの二人による餌付けタイムとなった。

「翼、こっちのデザートもどうぞ」

「翼! 私のおにぎり、一口あげる!」


僕の体は、この二日間で最も贅沢で、そして確実にカロリーオーバーな昼食を経験することになった。 陽介は僕たちの横で、持参した普通の弁当をモグモグ食べながら、完全に観客と化している。

「お前、本当に贅沢な拷問だな……」


周囲のクラスメイトたちの「なんであいつなんだ」という嫉妬と羨望の眼差しは、最早痛みを通り越して麻痺していた。


平穏な高校生活二日目の昼休み。 僕は、美少女たちの愛という名の食料攻撃により、完全に満腹を通り越した状態になっていた。

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