第3話 入学式と新入生代表
ホームルームが終わると、担任の指示で全校生徒が講堂へと移動を始めた。
「体育館」ではなく「講堂兼アリーナ」。
透花大学付属高校のそれは、まるでコンサートホールのような広さと設備を誇っている。天井は高く、空調は完備され、壇上にはグランドピアノが鎮座していた。
「うわぁ……すごい。ここ本当に学校?」
隣を歩く萌香がキョロキョロと辺りを見回す。 廊下での整列移動中も、彼女は僕の制服の袖をつまめる距離をキープしていた。
男女別列での入場だが、C組の並び順の妙で、男子列の最後尾に近い僕と、女子列の最前列に近い萌香や愛梨は、通路を挟んで斜め向かいのような位置関係になる。
「新入生、入場!」
吹奏楽部の生演奏によるファンファーレが鳴り響く中、僕たちはアリーナへと足を踏み入れた。 在校生たちの拍手が降り注ぐ。
その中には、少し大人びた先輩たちの冷ややかな、あるいは品定めするような視線も混じっていた。
「……緊張するな」
僕が小さく独りごちると、通路を挟んだ斜め前にいた愛梨が、わずかに振り返った。 彼女は口パクで、『だいじょうぶ』と伝えてくる。
その凛とした横顔は、緊張など欠片も感じさせない。さすがだ。
式は厳かに進んだ。 校長先生の長い訓示、理事長のありがたいお話。
「自律と創造」「在校生としての自覚」……。
難しい単語が飛び交うたびに、隣の列の萌香の頭がカクン、カクンと船を漕ぎ始めているのが視界の端に見える。
……おい、寝るな。
初日から伝説を作る気か。 僕が念を送っていると、萌香はハッと目を覚まし、僕の方を見て
「寝てないよ!」
という顔でふにゃりと笑った。
「続きまして、新入生代表、宣誓」
司会の先生の声が響く。 代表? そういえば、この学校は入試トップの人間が挨拶をする伝統があると聞いたことがある。 どんなガリ勉眼鏡が出てくるのかと思っていると、司会がその名前を読み上げた。
「新入生代表、1年C組 秋本 愛梨」
「……え?」
僕の喉から、間の抜けた声が漏れた。
ざわっ、と会場が揺れる。 僕の斜め前にいた愛梨が、スッと立ち上がった。 その瞬間、スポットライトが彼女を捉える。長く艶やかな黒髪が光を反射し、完璧に着こなした制服姿がスクリーンに映し出された。
「はい」
よく通る、美しい返事。 愛梨は迷いのない足取りで壇上へと上がっていく。 壇上の中央に立ち、一礼する所作の美しさに、在校生席からも
「おお……」
と感嘆の声が漏れていた。
「……マジかよ。愛梨のやつ、トップ合格だったのか」
後ろの席の陽介が、驚きつつも誇らしげに囁く。 僕は呆然と壇上の彼女を見上げた。 マイクに向かう愛梨は、普段僕たちに見せる柔らかい表情とは別人だった。冷徹なまでに美しく、知性的で、完璧な「高嶺の花」。
「春の暖かな日差しに包まれ、私たちは今日、透花大学付属高等学校の門をくぐりました……」
原稿を見ることなく、彼女は堂々と祝辞を述べ始めた。 その内容は知的で、希望に満ちていて、それでいて決して驕らない謙虚さがあった。 全校生徒千人以上が、彼女の声に聞き入っている。
これが、秋本愛梨。
僕の……友達? ふと、現実感が遠のく。
あんな雲の上の存在みたいな子が、なんで僕みたいな普通の奴とつるんでくれているんだろう。
住む世界が違うんじゃないか
―― そんな月並みな劣等感が、胸をちくりと刺した。
「……本校の生徒としての誇りを胸に、精進します」
万雷の拍手の中、愛梨が壇上を降りてくる。 その表情はキリッと引き締まったままだったが、自席に戻り、着席するその一瞬。 彼女はふと、視線を僕の方に向けた。
そして、先ほどの「高嶺の花」の仮面を脱ぎ捨て、
『どうだった?』 とでも言うように、少し恥ずかしそうに、不安げに眉を下げて微笑んだのだ。
ドキン、と心臓が跳ねた。 そのギャップは反則だろ。
「……すごかったな」
僕が思わず小声で漏らすと、その言葉が聞こえたのか、愛梨は花が咲いたように嬉しそうに目を細めた。
その直後。 「むぅ……」 という不満げな唸り声と共に、視界の端から強烈な圧を感じた。 萌香だ。 彼女は頬をリスのように膨らませ、愛梨と僕を交互に見ながら、ジェスチャーで何かを訴えている。
自分の胸を指差し、親指を立てる。
『私だって! すごいんだから!』と。
……いや、お前はさっき寝かけてただろ。
厳粛な入学式。 壇上の才女と、隣の居眠り姫。
その両方から向けられる感情の重さを、僕は「友情」という名の鈍感さで必死に受け流していた。
〈あとがき〉
読者の皆様こんにちは。作者のSAKURA(サクラ)です
壇上の才女と、隣の居眠り姫の物語...
是非楽しんで読んでいただけると非常にうれしいです!
2日程度の定期的に投稿していきますので是非末永くよろしくお願いいたします
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