貴族様の愛の囁き

赤木 水月

第1幕〜プロローグ〜

冴えないバイト生活

特に親しい友人もいない

お洒落よりも趣味に注ぎ込む金銭

休日は部屋に隠っている方が落ち着くインドア派


貴崎 瞳(キザキ アキラ)にとって唯一楽しみなのが……二次元キャラと恋に落ちる乙女ゲームである。

アニメ顔負けの美しいグラフィックに凝った胸キュンシナリオ展開。

そしてゲームには欠かせない魅力溢れる人気声優陣の数々。

そのような世界にどっぷりと浸かってしまった彼女は、仕事以外での外出は皆無と言えた


「やっぱり愛しのサギリ様は何度見ても最高だわ!」


ポータルゲーム機を片手に画面上に存在する愛しい存在に、瞳はうっとりとした視線を向ける。

『サギリ』は上位の人気を誇る

『貴族様の愛の囁き』という乙女ゲームの攻略キャラクターの1人。

名門貴族テイラー家の当主で包容力がある誠実な好青年である。


艶やかな漆黒の髪に、キリリとした端正な顔立ちと腰に響く低音の甘い声色。

世の乙女ゲーム好き女子達のハートを撃ち抜いている人気キャラクター。


他に攻略キャラクターはサギリの双子の弟達と執事である。

双子の兄である『ウィリアム』はブロンドのゆるふわショートヘアな天然癒し系

そして双子の弟の『ルイ』はダークブラウンのショートウルフカットで男気溢れる一途な硬派

それぞれ性格や容姿は似てないものの、美形である事は一概に言えた


隠し攻略キャラである執事の『ケイン』は、漆黒の髪のプレッピーヘアに涼やかな瞳

他の3人と比べ、容姿は派手では無いもののテイラー家の彼らとは違った色気が漂う美形である


どのキャラクターも魅力的だが、瞳は深いまでの愛をサギリへと注いでいた。


「ああ、いっそ…二次元に行きたい…」


乙女ゲーム好き女子は一度は持ってしまう切実な願望である。


「はぁ……」


愛するが故に、この画面越しがもどかしい。などと考えを巡らせる


「ん?」


画面に頬擦りをしていた瞳だったが、どこからか視線を感じる気がした……。けれどグルリと部屋を見渡しても誰もいない。

気のせいだとゲーム画面へと視線を戻すと……


「っ!」


画面上にいる執事のケインに見つめられてる気がした

勿論、コレはゲームだ

だからキャラクターが正面を向いているのは当たり前の事である

ゲームに、のめり込み過ぎて妄想壁に磨きがかかってしまったのかと思った

けれど何かが違う。


更に不思議な事に、彼は言葉を発しない

オート機能で進めているから、会話やストーリは自動で進む筈なのに…何故?

目が離せないでいるとケインが微笑んだ


「っっ!?」


普段クールの彼が見せる微笑みは、相当な破壊力で瞳は崩れ落ちそうになる。

こんなシーンは無かった筈だ

一体、どうなっているのか!?


『今ノ現状ニ満足シテマスカ?』



不意に問われた言葉に目を丸くする。

気が付けば画面上に

『はい』『いいえ』という2つの選択肢。

やはり何かがおかしい。


毎回プレイしてるのにも関わらず一度も、このような選択肢を見た事がない。

もしかしたら隠し選択肢など存在するのだろうか。


「うーん……」


だが即座に否定する

何度もヤリ込んだゲームだ

その可能性は考えにくい選択肢を選ばず、画面を見ていたが……好奇心が勝った


「いいえ、かな…」


二次元にのめり込み、現実逃避したいとさえ思っている自分が……今の現状に満足など出来てる訳がない


『コチラノ世界ニ来タイデスカ?』


選択肢を選ぶと、また違う選択肢が現れた。

二次元の世界に来たいだなんて行けるものなら、とっくに行っている

馬鹿馬鹿しいと思いながらも今度は「はい」の方を選択した


『カシコマリマシタ。ソレデハ貴女様を我々の世界ニゴ招待イタシマショウ』


ケインは胸に手を当てると恭しく頭を下げた。


その直後……


「え…っ!?」


腕を掴まれたのだ。ゲーム画面から伸びて来た手によって……。あまりにも非現実的な出来事に、状況が飲み込めない

それよりも、コレはある意味ホラー現象ではないだろうか?


「いや…っ!」


恐怖を感じ、腕を振り払おうとする。

今まで心霊現象に一度も遭遇した事などないというのに、これはあまりにもヘビィだ。


「落ち着いて下さい。私は貴女をコチラの世界へとお連れするだけです」

「え…?ケイン?」


落ち着いた甘い声色に瞳から恐怖が薄れる。

コチラの世界にお連れするという事は、夢にまで願った二次元の世界へと彼の言葉通り行けるのだろうか。

これは夢?それとも現実?

いや、いっそ夢だって構わない。憧れのアノヒトがいる二次元に行けるのならば。


「どうか貴女に、甘美なる幸福を…」


ケインの言葉と共に腕を引かれ、瞳はゲーム画面へと引き込まれて行った……

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