Episode 06:二重の撮影者

【導入:脱出後の疲弊とカメラマンの変容】


(BGM:静寂だが、断続的に低い「ゴウ…」というノイズの残響が聞こえる。場所は村の集会所。)


ナレーション(タクヤ):

我々VERITASクルーは、祠の祭壇を破壊することで、一時的に「贄の儀式」の執行を食い止めた。しかし、代償として、ケンジが祠の窪みに触れてしまった。


(映像:集会所。疲弊したタクヤとサクラ。ケンジは隅に座り込み、無言でメインカメラのレンズを拭いている。)


サクラ:

ケンジさん、体調はどうですか?熱が下がらない。


ケンジ:

(無関心な声で)大丈夫です。記録は完璧だ。


タクヤ:

ケンジ、カメラを置いて休め。あれは儀式を執行するための、一種の呪いだったんだ。


ケンジ:

(カメラを抱きしめるように)いや…記録しなきゃいけない。ディレクター、あなたはわかってない。この村の「記録」は、俺たちに委ねられている。


ナレーション(タクヤ):

ケンジの様子は明らかに異常だった。彼は、カメラマンとして記録を全うするという使命感に、異常なほど囚われていた。それは、失踪したカメラマン、タカシが日記に残していた、狂気にも似た義務感と酷似していた。


【パート1:祠の映像に残された異変】


(映像:サクラがタブレットで祠からの脱出時の映像をチェックしている。ケンジが祭壇に触れた瞬間の映像がスロー再生される。)


サクラ:

祭壇の窪みに触れた瞬間、ケンジさんの周囲のノイズ波形が、一瞬だけ、10年前の取材クルーのノイズ波形と完全に同期しています。まるで、ケンジさんが10年前の誰かの「役割」と結びつけられたかのようです。


タクヤ:

「役割」…タカシの役割か。彼は最後までカメラを手放さず、記録を続けた。


サクラ:

それだけではありません。祠の入り口から脱出する直前、ケンジさんが振り返った瞬間、フレーム内に別の存在が一瞬だけ映り込んでいます。


(映像:ケンジが振り返るシーン。赤外線カメラ越しのため、全てが青白い。ケンジの身体に、半透明で輪郭がぼやけた、もう一人の男のシルエットが一瞬だけ重なる。)


ケンジ(映像の音声):

(叫び声ではなく、静かで乾いた声)「…撮れ。全て、撮りきれ。」


タクヤ:

これは…!10年前のクルーの残像か?


サクラ:

これは残像ではありません。この青白いシルエットの服の素材、着ているベストのポケットの位置。全てが、『虚ろファイル』に残されていた、失踪直前のカメラマン、タカシの服装と完全に一致します。


ナレーション(タクヤ):

ケンジは、単なる幻覚を見ているのではない。彼は、10年前に失踪したタカシの役割、そしてその存在を、自身の肉体に「憑依」させている。彼は今、**「二重の撮影者」**となっているのだ。


【パート2:カメラのファインダーと過去の再現】


(映像:翌朝。ケンジは勝手に集会所の外に出て、カメラを構えている。その視線の先には、何も映っていない。)


タクヤ:

ケンジ、何をしているんだ!


ケンジ:

(カメラを構えたまま、答えない。しかし、彼の口から出る声は、明らかにタカシの声と酷似している。)

…ディレクター。この角度だ。この角度で撮らないと、この場所の「繋がり」が記録できない。


サクラ:

その角度は、10年前の『虚ろファイル』で、タカシが最後にカメラを設置していた角度と同じです。彼が撮ろうとしていたのは、何だったんですか?


ケンジ:

(独り言のように)俺たちが…贄になる瞬間だ。その映像を、**外界の奴ら(ソトツムギ)**に見せなきゃいけない。


ナレーション(タクヤ):

ケンジの意識は、タカシと入れ替わり始めていた。彼は、今自分たちがいる場所を、10年前の惨劇の舞台として再現しようとしている。


(タクヤがケンジのカメラのファインダーを覗き込む。ファインダー越しに映る景色は、現在の虚ろ村の廃墟だ。しかし、一瞬、映像が歪み、**廃屋の前に立つ、白いシャツの男(タカシ)**が映り込む。)


タクヤ:

ファインダーを通して、過去が見える!


サクラ:

祭壇のノイズが、彼のカメラと、この空間を、過去の記録と接続させているんです。ケンジさん自身が、10年前の撮影機材になっている!


【パート3:最後の記録と「贄の構造」】


(映像:タクヤがケンジを羽交い絞めにして、カメラを取り上げようとする。ケンジは抵抗する。)


ケンジ:

(苦痛に満ちた叫び)離せ!この記録が、最後の証拠なんだ!


(タクヤがようやくカメラを取り上げ、サクラに渡す。)


タクヤ:

サクラ、このカメラが記録した映像を今すぐ確認しろ!ケンジが見ていた「繋がり」が何かを!


(サクラがカメラのSDカードを取り出し、タブレットで映像を再生する。そこには、ケンジが夢中になって撮っていた、地面に転がる小さな石の映像が延々と記録されていた。)


サクラ:

これは…ただの石です。


タクヤ:

待て。ただの石じゃない。その石の形状と、配置を、拡大しろ。


(画面に石のアップ。その石は、人工的に削られ、かすかに文字が刻まれている。)


サクラ:

この文字は…古文書にあった古代日本語の断片です。…「ワタシノ・ニエ・ハ・カクテ・アル」。


ナレーション(タクヤ):

「私の贄は斯くある」。その石は、儀式の執行者であるプロデューサー、ミズキが、最後に残した記録だった。それは、失踪した村人6名と取材クルー6名、計12名の「贄」の名前を、隠喩的に石に刻んで残したもの。その石こそが、儀式によって消滅したはずの12人の存在を、物理的に証明する最後の証拠だった。


【パート4:プロデューサーの呪い】


(映像:証拠を発見した直後、ケンジが突然立ち上がり、タクヤに襲い掛かる。)


ケンジ:

(完全にタカシの声)記録を破壊するな!


(ケンジはタクヤを突き飛ばし、サクラが持っているタブレットを奪い取ろうとする。)


サクラ:

ケンジさん、あなたじゃない!タカシがあなたを使っているの!


ケンジ:

(高笑いするような奇妙な声)フフフ…違う。俺はタカシでも、ケンジでもない。俺は、次の撮影者だ。そして、儀式を完成させる。


(ケンジは奪い取ろうとしたカメラをサクラの手から叩き落とす。そして、彼の両目が、前話の黒い影と同じように、小さな赤い光点として輝き始める。)


ナレーション(タクヤ):

ケンジは、プロデューサーの役割の欠損を補う、新たな「贄の記録者」として覚醒した。彼は、自らのクルーを儀式に捧げる瞬間を、そのカメラの眼を通して記録しようとしている。


(映像:地面に落ちたカメラのファインダー。逆光の中で、タクヤとサクラが、ケンジに追い詰められている様子が映る。)


タクヤ:

(サクラに叫ぶ)サクラ!データ!この石と、カメラのSDカードだけ持って、村から逃げろ!俺が奴を食い止める!


(ケンジが、奇声を上げながら、タクヤに飛び掛かる。カメラの映像は地面に転がり、地面を這いずる二つの影が映る。)


(画面が激しいノイズに包まれ、映像がブラックアウトする。)


(次回予告テロップ:Episode 07:外界の断絶)


ナレーション(タクヤ):

次回、タクヤとケンジの壮絶な格闘。その隙に村から脱出を試みるサクラの前に立ちはだかる、外界との繋がりを断つ「呪われた存在」。そして、我々が必死に守ろうとした「証拠」が、新たな儀式の触媒となる。**


(画面がノイズと共に終了。)

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