「こたつ記事」の作り方

 朝9時。アオイはノートパソコンの前で背筋を伸ばした。目の前のディスプレイにはTeamsのチャット画面と、もう一つブラウザのタブが開いている。そのタブではXのアカウントにログインしていた。仕事のために作った、ネタ探し用のアカウントだ。

 フォローしているのは、自分自身が一切興味を持たない芸能人やインフルエンサーばかり。元アイドル、モデル、タレント、バラエティ番組の出演者、YouTuber、TikToker…。 同時に立ち上げたインスタグラムのアカウントも同様。アオイにとっては全く縁のない世界。でも「こたつ記事」の主要な素材となる投稿を探すには欠かせない。


 Teamsに編集長からのメッセージが表示された。


「おはようございます。昨日のニュース、好調でしたね。今日も良いネタお願いします」


 アオイが寄稿しているFLMニュースは、IT企業「テクリーム」が運営する中堅ネットニュースサイトだ。エンタメや炎上ネタに強いことで知られ、Yahoo!ニュースへの記事配信を主な収益源としている。そしてその8割はこたつ記事だと言われていた。

 編集長は新聞記者出身だと聞いている。こたつ記事ばかりを書かせる仕事に何も思わないのだろうか、とアオイは時々思うが、そんなことを言っても仕方がない。


 返信を打ち込む。


「おはようございます。今、何か良さそうなものを探しています」


 返事をしながら、アオイはXやインスタのタイムラインを延々とスクロールし続けた。食いつきの良さそうな投稿を探す。そのためのチェックポイントは編集長から、何度も頭に叩き込まれていた。


 一つ、投稿者がある程度の有名人であること。特にYahoo!ニュースの主な読者層である30~40代に知名度が高い人物であれば、クリック率が上がる。


 二つ、知名度が低くても、フォロワー数が多い、美人、医師といった「枕詞」がつけやすい特徴があること。「話題の美人インフルエンサー」「フォロワー100万人の現役医師」などと紹介できれば、まだ見ぬ人物への興味を引ける。


 三つ、単なる優等生タイプよりも、過去に炎上やスキャンダルを経験している「可燃性」の高い人物であること。読者の多くは、再び何かやらかさないかという「期待」を持ってクリックする。


 四つ、他のニュースになるなど、現在話題性が高い人物であること。その場合は、投稿内容自体がつまらなくても、「話題のあの人の最新投稿」というだけで記事になる。

 たとえば先月、ある人気フリーアナウンサーの不倫疑惑が週刊誌に出るや、アオイはその前後で彼女に関する何十本ものこたつ記事を書かされた。「不倫報道のGアナ、沈黙破り投稿」「Gアナ、笑顔の姿を公開 "元気です"」「Gアナ、愛犬との日常ショット 応援コメント殺到」。どれも内容がないのに、彼女の名前だけで数万PVを稼ぐ記事になっていた。


 もう一つ重要なのは、「画像」への引きが強い投稿であること。Yahoo!ニュースで記事を読んでもらうだけでなく、「写真を見る」のリンクからFLMニュース本体に遷移してもらい、自社サイトでもPVを稼げることが理想だった。

 痩せた、老けた、激変した、若く見える、コスプレした、水着姿…。読者の興味を惹く要素が画像にあれば、タイトルに「【画像】」とつけるだけでクリック率が上がる。たいしたことのない写真でも、リンクを貼って誘導することはできる。


 アオイは30分ほどかけて候補となる投稿を5件見つけた。Teamsにコピペして送信する。


「候補が揃いました。


1. 元アイドルBさん、産後の体型変化を公開 「○キロ減量に成功しました」【画像】

2. 俳優Cさん、愛犬との日常ショットを公開 「生きる支え」とコメント

3. 美人インフルエンサーDさん、セクシー衣装で話題に 「挑戦してみました」【画像】

4. 人気声優Eさん、誕生日にファンへ感謝「皆さんのおかげです」

5. モデルFさん、海外旅行の様子を公開「充電完了しました」」


 1分も経たず、編集長からの返信が来た。


「1本目と3本目をお願いします。3本目は昼までに出したいので、そっち優先でお願いします」


 想定通りの選択だった。画像リンクが張れるものが選ばれる。アオイは淡々と執筆作業に取りかかった。


「元アイドルBさん(32)が自身のInstagramを更新し、産後の体型変化について投稿。ファンから反響が相次いでいる」


 書き始めの定型句を打ち込む。そこから投稿内容をほぼそのまま引用し、コメント欄の反応を数件拾い、最後に彼女のプロフィールを付け加える。タイトルは「元アイドルBさん、産後の体型変化を告白『○キロ減量に成功』反響続々」に変更した。「告白」という言葉を入れることで、なにか秘密めいたことを明かしたような印象を与える。実際は普通のダイエット報告だ。


「美人インフルエンサーDさん(24)が自身のInstagramに投稿した衣装姿が話題を呼んでいる」


 次の記事も同様のパターン。彼女の投稿と写真、コメント欄の反応をつなぎ合わせるだけ。「セクシー」という言葉は直接使わず、「大胆」「挑戦的」といった表現に変える。これも編集長の教え。性的と捉えられるような発言はYahoo!ニュースなどの配信先では嫌われ、ユーザーへのおすすめ欄に拾われなかったり、下手をすれば媒体へのクレームにもつながる。露骨すぎる表現は避けつつも、画像に興味を持たせる書き方を心がけるべし。


 どちらの記事も、ほんの15分程度で完成した。考えることはほとんどない。記事の骨組みはすでに出来上がっており、言葉を埋めていくだけだ。

 アオイは両方の原稿をCMS(コンテンツ管理システム)に登録した。ブログサービスのような画面に記事タイトル、本文、タグ、カテゴリを入力し、画像を数枚ずつアップロード。画像のリンク先URLを追加する。投稿者名の欄に「FLMニュース編集部」と入力し、校閲依頼のチェックボックスにチェックを入れた。あとは「保存」ボタンを押すだけ。これで、後は編集部で内容を確認し次第の公開となる。


 アオイは少し離れた窓の外に目をやる。雲一つない青空が広がっていた。こんな日に、他人のSNSを切り貼りしているだけでいいのだろうか。そんな思いが頭をよぎる。だが、もう一度パソコンの画面に目を戻し、次のネタを探し始めた。今日もあと2本は書かなければならない。

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