第5話 取材者が見ていたもの

【取材メモ:2025年9月2日】

私の過去が、事件と繋がっている。

5月17日、私は東京にいたはずだった。

だが、取材ノートには、柏木町での行動が詳細に記されている。

しかも、その記述は――

悠真が消える直前の、現場付近の描写だ。


誰が書いたのか。

それとも……私が、記憶を失っているだけか。


――高橋亮


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【ドキュメンタリー制作チーム内メモ(非公開)】

作成者:山本由紀(アシスタントディレクター)

日付:2025年9月3日


高橋監督の行動に、不審点が相次いでいます。

・8月23日の取材ノートに「3時05分、桜並木通りで目撃」と記載(本人は否定)

・9月1日、SDカード回収後、高橋監督が1人で2時間以上、店裏に立ち尽くしていた

・深夜、自室で「あのとき、止めるべきだった」と独り言を言っていた(偶然耳にした)


さらに、本日、高橋監督の私物バックから、古い写真が出てきました。

撮影日:2008年5月17日

場所:柏木町・時計塔跡地

人物:10歳前後の少年(高橋監督本人)と、見知らぬ女性(年齢推定60代)


裏には手書きでこうあります。

「また、32分が始まる。見ないで」


この写真、監督は存在を認めていません。


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【インタビュー音声文字起こし:2025年9月4日】

対象:高橋亮(本人)

場所:取材車内(音声のみ録音)


「……2008年? 柏木町に来たことなんて、一度もない。実家は千葉だ。家族旅行で地方に行った記憶もなし」


「その写真? 見せてもらったけど、合成じゃないの? あるいは、似てるだけで別人だよ」


「ノートの記述? 俺の字だけど……誰かが真似して書いた可能性もある。最近、取材ルームの鍵、何度か開けっ放しにしてたし」


「でも……確かに、夢で見たことがある。桜の木の下で、誰かが『時間だよ』って言ってるのを。青い手帳を持ってて……」


(沈黙15秒)


「……やばいかもしれない。俺、本当に見てないのに、詳細を思い浮かべられる。自転車の音、風の匂い、ジャージの擦れる音……全部」


「悠真が消えた瞬間を、俺は“見てる”つもりになってる」


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【柏木警察署・内部照会記録(匿名提供)】


照会日:2025年9月5日

照会内容:「高橋亮(ドキュメンタリー作家)の2025年5月17日の所在確認」


回答:

・2025年5月15日~18日、東京都内ホテルに宿泊記録あり

・5月17日14:00~18:00、新宿区の編集スタジオで作業記録(スタッフ3名が証言)

・交通系ICカードの利用記録なし(当日は自転車移動)

・スマートフォンの位置情報:東京都内(一貫)


結論:

「高橋亮氏が2025年5月17日に柏木町にいた可能性は極めて低い」


ただし、

「2008年5月17日、柏木町役場に“高橋姓の少年”による時計塔資料閲覧記録あり。保護者の署名は“高橋美和子”(実母と一致)」


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【取材メモ:2025年9月6日】


2008年。

私が10歳のとき、母と柏木町を訪れた記憶が、確かに少しだけよみがえってきた。


母の実家が、かつて柏木町にあった。

祖母が亡くなり、形見分けで古い日記や写真をもらった。

そのとき、母が言った。


「ここには来ないで。特に、5月17日は絶対に」


理由は聞かされなかった。

だが、その日に、時計塔の跡地で写真を撮られた記憶がある。

隣にいた女性は、母の叔母――つまり、私の曽叔母だ。


彼女は、旧佐藤家の血縁者だった。

悠真の家系と、遠いながらもつながっている。


……もしかすると、私の存在自体が、この事件の“鍵”なのか。


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【SNS投稿・匿名掲示板「KashiBoard(復刻サーバー)」】

スレッド:【再燃】高橋監督は関係者?

投稿日:2025年9月7日


>>1

ドキュメンタリー作ってる奴、実は佐藤家の縁者じゃね?

昔、時計塔の資料取りに来てた記録あるぞ。


>>3

マジか? じゃあ、今回の取材も“偶然”じゃないじゃん。

悠真と繋がってるから、32分のことを知ってる?


>>5

それより、ネットに流出した“再現映像”見た? 高橋が悠真演じてるよ。

顔はモザイクだけど、声そっくり。


>>7

再現映像? 何それ。リンク貼って。


※その後、スレッドはアクセス不能に。サーバーログには「9月7日15:32に全データ消去」と記録。


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【流出動画・ファイル名:reconstruction_32min.mp4(解析済み)】


動画時間:2分17秒

内容:

・高校ジャージを着た男子生徒(声から高橋亮と判明)が、自転車で桜並木通りを走る

・途中、青い手帳をカバンから取り出し、何かを確認

・午後3時05分、画面が一瞬白飛び

・再び映像が戻ると、生徒の姿は消え、自転車だけが路上に倒れている

・最後のフレームに、文字表示:「彼は消えたのか? それとも、選んだのか?」


アップロード元:匿名(IPアドレスは柏木町中央公民館の公衆Wi-Fi)

アップロード日時:2025年9月7日 15:32


備考:

・高橋亮はこの動画の制作を否定

・ただし、使用された自転車は高橋が現地で借りたものと一致

・音声中の「手帳の中身は、時間の鍵だ」という台詞は、悠真の手帳に書かれていた文言と一致


---


【メール記録:2025年9月8日】

送信者:佐藤千鶴(悠真の祖母)

宛先:高橋亮


件名:あなたも“時の人”


高橋さん。

あなたが柏木に来たのを知って、驚いたわ。

でも、運命ね。佐藤の血と、高橋の血は、昔から“32分”を共有してきたの。


2008年、あなたが時計塔の跡で写真を撮った日。

それは、前回の“静寂の刻”が開いた日だったのよ。


あの日、誰かが消えた。

でも、誰も覚えていない。

あなたも、その記憶を封じたはず。


でも、今、また時間が開こうとしている。

悠真は、あなたが戻ってくるのを待ってたのかもしれない。


気をつけて。

カメラを向けるとき、自分が“映らないように”ね。


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【取材メモ:2025年9月9日】


チームの信頼が、揺らいでいる。

由紀が、こっそり私の荷物を調べていた。

他のスタッフも、会話の端々で「監督、大丈夫?」と聞いてくる。


正直、自分でもわからない。

記憶と現実の境界が、日に日に曖昧になっている。


でも、一つだけ確かなことがある。


2025年5月17日、私は東京にいた。

物理的には、間違いなく。


だが、“時間”は、物理だけじゃないのかもしれない。

32分は、空間ではなく、“意識の隙間”に開く。


そして、私はその隙間を、昔から知っている。


だから、ノートに書けた。

だから、悠真の行動を、細部まで“想像”できる。


……いや、“記憶”しているのか。


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【ドキュメンタリー制作メモ:2025年9月10日】


今日、再現映像の件で警察から事情聴取を受けた。

「悪意ある虚偽情報の拡散」として、警告された。


だが、帰り際、捜査官が静かに言った。


「高橋さん。もし、あなたが“見た”のなら……

 それは、証拠じゃなくて、“警告”かもしれないですよ」


意味深な言葉だった。


夜、ホテルの部屋で、昔の日記を読み返した。

母が残した一文。


「時間を見る者は、時間に見られる。

 32分の中に入ったら、二度と外の時間には戻れない」


私は、もう戻れないのかもしれない。


取材を続ける限り、

私は悠真と同じ目で、この町を見るだろう。


そして、誰かが――

私の“再現映像”を、本物だと思い込む日が来る。


(つづく)

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