戦うは妖精人形オタク、暗躍するは黄金姫
@rukafilia8
第1話 放課後のオタク達
エストラート王国王都の王立騎士学校。
その商工科の工作予備室に三人の少年達がいた。
時間は午後の講義も終わった午後三時過ぎ、他の生徒はいない。
彼らが放課後に居残っているのは、その時間が好きだからだ。
「ルカは本当に変態だね」
「ロンド、僕は変態じゃないよ。ねえ、フィ?」
工作予備室には少年達とは別の影が三つ浮いている。
その一つ、大人の手のひらよりも少し大きい程の人形が、ルカの前で宙がえりで応え、ルカはそれを笑んで見ている。
「工房製の妖精人形が気に入らないからって自作するような奴はな、変態だ………」
ルカと同じ商工科のトマスが、自分の妖精人形の名を呼んで、手に降りてきた妖精人形を両手でくるむと、少し太めの指先で妖精人形を指でつつぅ………となぞりつつ呟く。
人を変態呼ばわりしているが、トマスの顔はほんのり上気し、妖精人形をなぞる指先は、さっきから何度も往復である。
「工房製は関節が二つしかないから不満なんだよ………」
ルカはそう言いながら、台座から伸びた可変式のアームの虫眼鏡の先で、さっき指先のピンセットで留め具を入れた妖精人形の足首の関節を確かめるように動かす。
ルカの妖精フィのための予備の妖精人形であり、ルカは三つの妖精人形を代わる代わる改良し続けている。
「そう?俺は工房製好き。戦乙女型が可愛くて、もう………」
ロンドは自分の妖精人形の名を呼んで、彼女がふわふわ飛ぶのを、うっすら笑んで見る。
工房の量産型の妖精人形はほとんどが関節は二つ。
武器や盾を前に構えるための両の肩関節である。
ただ腕を前に回せるのみであり、その翼も首も、両の足などは浮いた姿の美しさを乱さぬようにと、つま先を前後にそろえた造形で一切動かせない。
しかし、その造形にロンドはうっとりと表情を緩め、ふわふわ飛ぶ自分の妖精人形を眺めている。
トマスの妖精人形もロンドと同じ戦乙女型の妖精人形だが、ロンドの人形とは外観造形が異なる。
妖精人形を造った工房がロンドのものと異なるためだ。
トマスの妖精人形は同じ戦乙女型であっても、両の肩から手の先まで覆うような流線形の盾があり、両の手にそれぞれ直剣が握られている。
翼は大きく開いた形で、これもロンドのものと異なる造形だ。
ルカは顔を上気しているトマスと、口角が上がって緩んでいるロンドの顔を見回して、
「妖精人形好きを変態と呼ぶのなら、二人も変態だよ?」
口を尖らせてそう一言。
トマスとロンドはルカを見て、すぅっと無表情になり、
「「あっはっはっは!」」
同時に乾いた笑いを吐いた。
そんな三人は、三者三様。
ルカは、灰色髪が伸びてボサボサでほとんど目元が隠れている。背は同年代に比べて低く、体格も細身で体格的に侮られやすいタイプ。
トマスは、長い濃茶の髪を後ろで束ねた、ぽっちゃり太めの少年。
ロンドは、金髪を短く整えた、細身ではあるが筋肉質な少年であり、ルカとトマスも認める爽やかイケメンである。
「凄いなルカ製妖精人形。首、肩、肘、手首、腰、股関節に膝、足首にも関節か。完璧じゃないか」
ルカの妖精人形は、武器や盾を除いて金属製ではない。
外観こそ工房製の戦乙女型を模しているが、それは木製である。
身体を自由に動かせる関節を付けるため部品は増えていき、その増えた部品を手早く作るためにルカは木からの削り出しを選んだから。
ルカは7歳で妖精人形を得てから、独学で妖精人形を作ってきた。
独学では金属加工は難易度が高すぎた故の木製である。
ともかく、独学とはいえ7歳のころから既に9年の間、次々と妖精人形を改良し続けているルカだが、改良案が尽きたことがなかった。次はああしたい、次はこうしたいと。
つまり―――
「まだまだまだ、完璧は遠いよ?」
ルカの目指す妖精人形の未来は、遥かに遠いのである。
「これでまだ?ルカ、お前はどこに向かっているんだ?」
「フィに世界一の妖精人形を作る!」
作りたいではなく、作ると言いきるルカに、トマスとロンドは顔を見合わせ、
「「お、おおう………変態め」」
同時に、彼らなりの誉め言葉を吐いた。
「で、なんでここまで自由に動ける妖精人形にしたかったんだい?」
「最初はフィに、肩に座って欲しくて………」
そう言うと、意を察したルカの妖精フィはルカの肩に膝を曲げてちょこんと座る。
「フィの重さを感じたいって………」
「ド変態め………」
「ド変態じゃないか………」
「でも、悔しいが分かる………」
「僕はド変態じゃないけど、分かる………」
肩の上、太ももと膝を曲げてちょこんと座るルカの木製の妖精人形は、重過ぎも硬すぎもせず、妖精の存在を重みとして感じたいと妄想していたルカの想像の通りの重さだった。
「「で?」」
「………良いんだぁ」
思わず出た感想に、トマスとロンドの喉がゴクリと鳴る。
トマスもロンドも自分の妖精の名を呼んで、
「「ここに、ここに!」」
と自らの肩を指さす。
しかし、彼らが肩に感じたのは、揃えたつま先でドスっと肩を突かれたような、金属の塊としての可愛くない重量感であり、
「「………」」
その余りの微妙さと、肩に残る鈍い痛みに無言になった。
一般の工房製の量産品の妖精人形は、ほとんど鋳造の金属製である。
壊れない事と安っぽくない見た目を大前提にしているためだ。
非量産品であれば、金属製でないものもあるかもしれないが、高価過ぎて商家の跡取り、低位貴族の子息では手に入れるのは難しいだろう。
トマスとロンドも例にもれず、彼らの妖精人形は量産品である。
フィがついっと彼らへと飛び、順番に二人の肩に座ったのは悪戯心か、哀れみか。
彼らは肩の曲線に合わせて膝を曲げた姿勢で座ったフィの、木製の身体の優しい重さを感じ、
「「………完全に理解した。素晴らしい………」」
ルカが思っていた以上の感想が吐き出された。
彼ら三人が誰もいない放課後にこうして集まるのは、妖精人形が好きだからである。
しかし、理解されにくい趣味というものはどの世、どの時代にもある。
15歳の成人を迎え16歳の彼ら大人が、妖精人形を好き、それは恥ずべき事であるとされる。
世間の目は厳しくて、理解などされなくて、三人は肩身が狭かった。
だけど、好きなものは好き。
妖精人形の話ならずっとしていられる。
そんな好きの気持ちを誰かと共有できる、三人の放課後はそういう時間だった。
―――世界には魔獣がいて人族を襲い、食らう。魔獣は人族の天敵である。
人族は剣や槍片手に戦ったが、死者が続出した。
ただでさえ強固な肉体と、その体躯から繰り出される剛力に加えて、魔獣は不可思議な力『魔法』を放つからだ。
魔力を代償に、無から生まれる現象、それが魔法だ。
対して人族は、その魔法を放つための魔力を一切持たなかった。
燃やし、凍らせ、感電させ、そういった数多の魔法が人族に向けられる中、人族は己が肉体と剣のみで戦わなければならなかった。
死者が積み重なるのは無理からぬことであった。
しかし抗わねば死ぬだけである。
人族は、年月をかけて、魔法を起こす『魔術式』の存在を突き止め、さらに研究を続けた。
魔獣から取れる『魔石』と呼ばれる石を魔力源として魔法を起動する『魔石式武器・防具・魔道具』を生み出したが、それが放てるのは最も威力や効果が低い魔法のみだった。
人族には強い魔法を放つ術が、無かった。
それを変えたのが、大精霊。
神のごとき奇跡の技を使い、永くを生きる存在である。
彼が世に知られるようになって初めて、大精霊は妖精の存在を説き、妖精の魔力を借りる手がかりとなる知識をもたらした。
それを元にして生み出された方法が、武器・防具・人形へと妖精を宿す事。
妖精が宿った武器・防具を『妖精武装』と呼び、妖精が宿った人形を『妖精人形』と呼ぶ。
妖精が宿る先は、妖精を宿したいと願う者の血を垂らした『魔獣核』。
その血の匂いが気に入った妖精が宿ると言われている。
その魔獣核が、天敵魔獣から取れるものというのは皮肉的であるが。
その魔獣核を中心に、武器・防具・人形を構成し、そこに魔術式を刻む。
魔獣核に宿った妖精は、魔獣核から伸ばされた『霊銀』と言われる素材を通して、魔術式に魔力を流してもらい、人族は魔法を放つことが可能になった。
妖精武装も、妖精人形も言い換えれば武器であり護りである。
その思想が、妖精人形には向かい風をもたらすことになった。
はたして武器として人形を選ぶのはどうなんだ、と。
人形とは本来子供の玩具ではないのか、と。
妖精人形が大精霊の発想だったという説を、不確かではないかと退けるほどに。
こうして、世間一般、妖精人形は子供の玩具と言われるようになった。
その妖精人形を15歳の成人を迎えた大人が持つのは恥ずべきこと。
その暗黙の了解が、ルカ達妖精人形好きの肩身を狭くしているのである。
剣と魔法と妖精と。
魔獣と迷宮と恐ろしき数々の存在と。
そんな世界にあってルカは、自分の妖精と妖精人形をこよなく愛するただの少年である。
いずれ商工科を卒業し、妖精人形を作る工房へ弟子入りを果たす、ルカの人生はそんな平凡なもののはずだった。
まさか自分がフィと共に戦う事になろうととは想像すらしていなかった。
―――黄金毒花姫と呼ばれる少女に出会うまでは。
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