第10話 はじめましての頃に

 くうくう、と眠る大星を眺める。相変わらず綺麗でかわいい寝顔だ。惚れた弱み、だなんて言う人もいるけれど、俺からしたら惚れない方がおかしいと言いたい。

 サラサラのミルクブラウンの髪も、今は見えない青い目も、まるで童話の王子みたいだ。誰かに世話をされて、ようやく綺麗に保たれるような、そんな感じ。まあ、実際は世話をされるよりする派っぽいけど。

 そっと手を伸ばして大星の頬に触れる。柔らかな頬をむにむにと弱く揉んだ。それでも大星は起きない。こうなったら朝まで熟睡コースだ。

 今まで幾度となく一緒に過ごす夜を越えてきた。出会った時から俺を惚れさせた大星は、今やっと俺のそばにいる。ここまで長かった。鈍感でお馬鹿な大星を手に入れるために俺がどれだけヤキモキして手を焼いたか、お前は知らないんだろうな。

 いつの間にか人の心をかっさらっていく大星。俺のって主張できる今が幸せで、怖い。この世は無常なのだ。中学でやった古典のそれだけがずっと頭に残っている。もし、この世が無常ならば『変わらぬ愛』なんてないし、『ずっと同じ関係』もない。いつかは、捨てられるのかもしれない。それが怖くて恐ろしくて、俺は今日も大星を腕の中に閉じ込めて紅い花を咲かせるんだ。


 どれほど前のことだろう。俺は、この街に越してきた。その頃の俺は転勤族の父親についてまわっていた。引っ越しも別に嫌ではなかった。

『うわぁ!きれいな子!』

 引っ越しを終えて挨拶まわりをしようとした時に、声をかけられた。その瞬間を今でもよく覚えている。ミルクブラウンのサラリとした髪、宝石と見間違えるほどの美しい大きな青い目。天使だった。

 ぎゅっと思わず母親にしがみついて隠れたのもいい思い出だ。

『まあ、引っ越してこられたんですか?』

 大星の母親がそう言って笑った。きれいな茶色の髪が揺れた。

『ええ。ほら、水翔。ご挨拶』

『み、みなとです』

 父親に言われてなんとか挨拶をした。大星の母親はにっこりと笑った。

『えらいわねぇ。こっちは大星よ』

『たいせいです!』

 パッと笑って手を差し出す。俺はその手をそろそろと握った。大星はさらに嬉しそうに笑うとなかよくしてね!と言った。

 その瞬間、恋に落ちた。そんなことで、と言われそうだが、決してそんなことじゃない。あの笑顔の破壊力をみんな知らないんだ。いや、知らなくて良い。パアッとひまわりが太陽の方を向いて咲くような輝かしい笑みだった。

 俺はそのままこくこくと頷くことしかできなかった。


 あれからずいぶん経ったが、大星のかわいさはとどまるところを知らない。大星の父親は外国の人で、大星とそっくり同じ青い目だった。どこかのホテルで料理人をしているようで、あまり会えないけれど、とても綺麗な人だった。大星は父親似だ。

 その父親に俺はいちおう認められている。外国の人は運命の相手が異性とは限らないということをよく理解している。どこぞの宗教で魂の結び付きのある相手が同性かもしれないし、異性かもしれないという話がある。その考えがけっこう認知されているみたいだし、同性同士だろうが構わないというスタンスらしい。大星の母親もそれに影響されて大星の家族からは婿として接されていると実感している。

 俺の家族に関しては大星とのことを少し反対しているような、というよりも異性と恋に落ちて結婚してほしいと思っているんだろう。それは妹に任せてほしい。俺には期待するな。

 妹は別に俺が幸せなら良いと言っていた。なんだかんだ大星に懐いている。解せない。

「ん」

 ゆっくりと大星が寝返りをうった。無防備に背中を向けられる。顔が見えないのは残念だけど、それだけ信頼されているってことだろう。俺はぎゅっと抱きしめて、大星を逃がすまいとその首筋に濃く紅い花を咲かせた。

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