第27話 懐かしの格ゲー
「それじゃあ、僕はこの辺で」
近づいてきたダイゴがそう言って九条に一礼し、静かに部屋を後にした。
気づけば他にも数人が帰っていて、自由解散になっていたらしい。
『……そろそろ、疲れたゾ』
ベンケイが欠伸まじりに呟く。
「すみません、ベンケイも眠いみたいです」
俺がそう言うと、九条がはっとして慌てて手を離した。
「ご、ごめんよぅ! つい夢中になってしまった」
オロオロと動揺する九条。ベンケイは影の中へ沈んでいく。
『もう二度としないからナ』
「また、時間があるときに撫でてほしいそうです」
『……』
ベンケイがそっぽを向く。
「そ、そうかい? それは嬉しいね」
九条の頬がわずかに緩んだ。
「ヨシツネくんも今日は疲れただろう。主役とはいえ、無理はするな」
藍太郎がたこ焼きをひっくり返しながら、柔らかい声で言う。
……この人、ずっと焼き続けてるけど。まさか皆、まだ食べ続けるつもりなのか。
「じゃあ、俺たちも部屋に戻るか」
ユウトが声を上げる。
「あぁ、そうだな」
(本当は九条先輩と少し話したいけど……)
まぁ、またの機会もあるだろう。まずは体力をつけることから始めようか。
自然とその提案に賛同して、俺も腰を上げた。
***
ヨシツネたちが去ったあとの席に、望月とカエデが腰を下ろした。
「当たりだな」
「はい。本人の身体能力も驚異的でしたね」
望月のつぶやきに、たこ焼きをくるくる回しながら藍太郎が答える。
「じゃあ、ツネッチにする感じ?」
「他の一年にもそこそこの能力を持ってるやつはいるけどな。もし“切ったものを凍らせる剣”を出すだけの能力ならここまでは言わんが──あのトカゲ、あれは一段上だ」
「まぁ、ヨシツネでいいんじゃないか? あいつは子どもの頃から真面目でストイックだったし」
真田が同意する。
「九条?」
望月が問いかけるが、九条は箸を止めたまま落ち込んでる。
「……うん。ベンケイちゃんは可愛いし、圧倒的に強いよ。あと、かわいい」
「んじゃ、決まりだな」
望月がたこ焼きを食べながら、静かに微笑んだ。
***
部屋に戻ると、ダイゴがもう一人の一年とゲームに没頭していた。
「イオリとで勝負になるのかよ」
「だから片手でやってるんだわ」
目の下にはくっきりとクマ。髪はぼさぼさで左右に跳ね、背中を丸めたまま片手でコントローラーを操っている。
ユウトが俺の隣で紹介してくれた。
「こいつは葉山伊織(ハヤマ イオリ)。eスポーツの選手で桐谷班。 こっちは倉田義経、俺の幼なじみ」
「ああ、歓迎会は早々に失礼して悪かったな。ああいう空気、正直苦手でさ」
「いや、俺も苦手だから気持ちはわかるよ」
「飯なんてエナドリとビタミン剤で十分だしなー」
(プロテインバーばかり食べてる俺が言うのもなんだが……こいつ、早死にしそうだな)
「うわー、負けたー!」
ダイゴが悔しそうに叫ぶ。
イオリは片手で操作してこっちを向きながら会話してたのに、それでも勝てなかったらしい。
「やるか?」
イオリがコントローラーを差し出してくる。
画面には『IRON FIST//REVIVAL 12(アイアンフィスト・リバイバル)』のロゴ。家庭用格ゲーの老舗シリーズだ。俺が触ってたのは──たしか9。
……もう12まで出てるのか。時の流れって残酷だな。
「これやったことないけど、まあ何とかなるか」
コントローラーを受け取り、キャラクターを選ぶ。スマホゲー以外は久しぶりだ。
「いいね。やろう!」
ダイゴが嬉しそうに身を乗り出す。やっと勝てそうな相手が来た、って顔だ。
「ちなみに格ゲーの強さで言うと、イオリ、ネムル、俺、ダイゴの順かな」
ユウトが笑いながらランキングを出す。なるほど。小学生の頃はユウトに結構勝ってた気がする。ってことは──ユウトより弱いなら、久しぶりでもいけるか?
「あれ? ムサシっていないの?」
「あー、不人気キャラだったからな。11でリストラされた」
「マジかよ……」
刀を使う古風なサムライ系キャラだった。
ダイゴが選んだのは“アンドレイ”という名前の見るからにパワー系プロレスラー。 こいつも昔からいるはずなのに、それ以下の人気だったとは……解せぬ。
「刀使いなら、ムサシの娘って設定のこいつかな。技のコマンドもほぼ一緒」
「へぇー、じゃあそれにするか」
言われるままにサクラという少女剣士を選ぶ。
画面の中で、彼女は軽やかに刀を構えた。
「3、2──」
軽快なカウントが進む。
「レディー──ファイトッ!」
反射的にスティックを倒す。──たしか〈←タメ→+X〉で技が出た気がする。
入力と同時に、刀を振るう少女が一閃。キィン、と金属音が鳴り、プロレスラーが弾き飛ばされた。
少し触っただけで操作感はムサシとほとんど同じ。本当にキャラデザだけ変わったのか。不憫すぎる。必殺技に飛ぶ斬撃があって、子供の頃はなんとか出せないかと傘で真似したものだが。
うろ覚えの飛ぶ斬撃のコマンドを入れると、構えたサクラの背後から鷹が舞い降り、敵へ突撃。
「……おぉ、これ、鷹で遠距離攻撃するのか」
まるで俺とベンケイみたいだな。
「え、本当に初プレイなの?」
「9は結構やったけど、これは初めて」
ダイゴのキャラは遠距離攻撃ができなかったはず。
鷹でチクチク削っていたら、気づけば勝負がついていた。
「ズルいっ!」
「いや、こういうゲームだろ」
笑いながらツッコむ。──なんだろうな、こういう他愛もない時間が、少しだけ心地いい。
「格ゲー最下位は引き続きダイゴだな」
イオリが苦笑する。
『ヨシツネ、なんか楽しそうだナ』
『……まあ、たまにはな』
友達とゲームするなんて、本当に久しぶりだしな。
「やっぱり格ゲーは苦手だな……」
ダイゴが恨めしげに言う。
「パズルゲーならイオリの次に強いんだけどな」
ユウトがフォローする。人それぞれの才能ってやつか。
「た、ただい……ま……」
息も絶え絶えにネムルが帰ってきた。
「どうしたの?」とダイゴが心配そうに声をかける。
「雷人先輩の──塩辛とブルーチーズのブルゴーニュ風たこ焼きを食べたら少し気分が……」
(……それ、たこ焼きと呼んでいいのか? フランス人にも謝っとけ)
「ユウトー、風呂入りてぇんだけど、沸かさね?」
ネムルの瀕死っぷりなど完全にスルーして、イオリが気だるそうに声を上げた。 たしかに昨日はシャワーだけだったし、俺も入れるなら入りたい。
「そうだな、時間もあるし、久々にやるか」
ユウトが腕を組んでニヤリと頷く。
「女どもに見つかると面倒だから、屋上な。──ネムルも手伝えよ」
「おっぷ……」
ネムルは口を押さえながらも、かろうじて頷いた。
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