Stage3. 道化師、空をゆく。

どこかの焼け跡なのだろうか、煙が立ちそこに無数の死体が転がっていた。

ただ一人、悲しそうな後ろ姿しか見えないが、すすり泣く音がはっきりと聞こえた。

女性だろうか、死体を優しく抱えながら肩を震わせていた。

こんな記憶、私には知らない。

だが、とても悲しい記憶であることは間違いない。






「…大丈夫ですか…主?…主!」


琴音の声で目が覚めた。

私は寝ていたらしい。

まだ起きてから数時間しか経っていないはずなのに、とてつもなく睡魔に襲われる。


「琴音?どうしたの?」


「いえ、主が涙を流しておられたので、心配になりまして」


たしかに涙が出ていた。


「どんな夢を見ていたんですか?」


「えっと…」


先程まで覚えていたのに、朧気おぼろげになってしまった。


「なんでもない、それよりどれくらい寝てた?」


「ほんの数分だけです、体調にお変わりないですか?」


「今のところは大丈夫!それよりもまだ終わってないんだよね」


ここにいるのは単独犯ではない、だが何人の反抗なのかが分からない。




早くこの危険を終わらせる。

そのために立ち上がった、その時だった。


「あらあら、ロックが死んでいるではないですか」


ビルの高層階から飛び降りてきた。

その男は先程のロックとは違う何かを感じた。

ロックが黒と例えると、目の前の男にはグレーという言葉がいちばん適切かもしれない。

男はロックの死体を優しく拾い上げた。


「まぁ、貴方ロックにしてはよくやってくれました。おかげで実験動物が増えましたからねぇ」


そう言って私に笑みを浮かべた。


「あなたがロックを?」


「そう、仲間かなにか?」


「仲間!?そんなものじゃないですよ、彼は私のペットとして活躍してもらってましたからね」


「もしかして、あの御方って…」


「それは違います。あの御方と私を一緒にするなんて滅相もない!!」


「じゃあ、この事件の犯人はあなた?」


「うーん…まぁそういうことにしましょうか」


普通に会話ができる。

ただ1つ、会話をしている最中の手癖の悪さだけを除いて。





「主、私の戦略ミスでした。ここは撤退てったいしましょう」


琴音が耳元で囁いた。


「ううん、そんなことは絶対にしない」


「どうしてですか?今の主はやっと能力がわかっただけで、完璧ではないんですよ?これはゲームではありません、生きるか死ぬかの本気の勝負、わざわざそんな危ない橋は渡らなくていいんです!!」


先程までの冷静な琴音が豹変、撤退を促す心配性な性格へと変わっていた。

だが、私の心はもう決まっていた。

それはおそらく、先の戦いのおかげでもあるのだろう。


「いい琴音、私は元々何も出来ない奴だと思ってた。でも今は少なからず力がある、ここを食い止められる…いや、少しでも時間を稼ぐことは私にもできる」


私は感情的になる性格ではない、内気な性格だった。

今、自分で話しているだけでも声が震えている。

私の本心がそう叫びたがっている。


「主…わかりました。主が言うのであれば、私はそれについて行くだけです!どうかご命令を」


「あいつをぶっ飛ばすよ!」


「御意!」





「独りで喋っているはずなのですが、ものすごくいい人間ドラマを見ている気分でした。私感動してしまいましたよ!お礼として私の名前と能力をお教えいたしましょう」


男はそういいながら空中に飛び立った。


「私の名前は…マリネ、かつては道化師をやっておりました。私の能力は…浮遊です!」


いつの間にか背後に回られていた。

一瞬の出来事で気が付かなかった。

それは琴音も同じだった。


「主、厄介な気がします。何より、あの手の動きが気になりますね…」


マリネは出会ってからずっと手を動かしていた。

だが、その手が気にならないほど異様なオーラを放っていた。


「どうしたんですか?攻撃しないんですか?」


「言われなくてもやるよ!」


「主!戦いの基本をお忘れですか?」


戦いの基本、まずは相手の能力をどんなものか測る。

この時点で自分の能力を見せてしまうと変えって不利になる。


「危なかった…」


「ほう、なら私から行きますよ!」


『ライジング・ナイフ』





マリネの羽織っていた白いジャケットの内側から無数のナイフが、雨のように降り注いだ。


「主、今度は主のみでふせぎきってみてください!」


「わかった…やってみる!」


春風の柄を握り、ギリギリまでナイフを引き付けた。

ナイフは一斉に飛んできているように見えたが、よく見ると感覚も速度も少し違うように見えた。


「主、来ます!」


琴音の合図で刃をさやから抜いた。

春風の刃先がナイフの尖端せんたんとがぶつかり金属同士が奏でるハーモニーが生まれた。


「ほぉ、なかなかいいですねぇ。それならもう少し早めましょうか」


マリネから放たれるナイフの速度が徐々に上がる実感があった。

だが、今は何とか防ぎきれている。

時より危ない時は、琴音が弾いていてくれた。


「なっ!これを全て防ぎきる…そんな…私の力が通用しない!?」


マリネが少し焦っていた。

その焦りから、段々とナイフの数が減ってきた。


「どうしたのマリネ!もう終わり?」


「そんなはずは…そんなはず…あるわけない、あってはならない!!」


ナイフの雨が止み、マリネが地上におりてきた。


「主、まだ力は残ってますか?」


「一応、でも私だけでもトドメはさせそうだよ?」


「念には念をってやつです」


先程から慎重な琴音に従うことにした。


『リ・スタート!』





「2人!?そ、そんな…聞いてないですよ!!」


マリネはおびえた様子で話していた。

これが先程のロックをペットと呼んでいた男なのかと疑うほどの怯えようで、私は拍子抜けした。


「マリネ、あなたはなんでこんな事したの?」


「それはあの御方が私に力をくださったから、あの御方のために…」


「どれ程の人間が苦しんだかわかる?今すぐ辞めるなら殺しはしない」


「本当ですか!?」


「半殺しで、これから一生罪を償いなさい」


「も、もうしません!約束します!!」


そういいながらマリネは頭を瓦礫に埋めた。

あっけない最後に私は少し安堵した。





マリネに刀を構えながら慎重に近づいた。


「さ、最後に一言だけいいですか?」


「いいけど、誰に言うの?」


「それは…あんたにだよ虫ケラが!!」


『やれ!クレイジー・マリオネット!!』






マリネが腕を大きく広げると、倒壊したビルの入口から人影が現れた。

だが、とこか様子がおかしかった。


「な、なにあれ…」


「主、あれはおそらく死者…いや、人間ですね」


「ハッハッハ!!あれは人間だ、ちょっと継ぎ接ぎが甘いかもしれないが、全て私の自信作!」


「何を言ってるの…」


淡々と語るマリネの話が、なかなか飲み込むことが出来なかった。

顔や腕、足などがひとつの体に複数備わっていた。

その人間がまるで人形のようだった。


「にぃに…痛いよ…」


「殺してくれ…もう嫌だ…」


「黙れ虫ケラが!お前らが生きたいと望んだんだから生かしてやってるんだ!しっかり働け!!」


マリネの手の動きに連動しているように見えた。


「まさか…」


私は一番嫌な予感が脳裏によぎった。


「その顔は、もうお分かりですね...そうです!私の能力は浮遊など雑魚能力ではない!!本当の能力は、このワイヤーです!!」


マリネの手からうっすらと風になびくワイヤーが見えた。

そのワイヤーは、人間のあらゆる場所と繋がっていた。

それよりも問題が一つだけあった。


「あっれ~?虫けらが一人減ってるぞ~!!」


私の手首にいつの間にかワイヤーが巻き付いていた。

そのせいで、私は春風を手から離していた。


「琴音、ワイヤー切れたりしない?」


「今やってはいるんですが、私の力だけでは切れないみたいです...」


段々とワイヤーが食い込んでいくのが分かった。

八方ふさがり、もう抵抗する気力すらなくなっていた。






「いいですねぇ!先ほどまで優位に立っていたと思い込んで、私に慈悲じひを与え、最終的に実験動物の仲間入りですか...滑稽こっけいですね!!」


マリネの高笑いは止まることは無かった。

手首から血が滲んでいた。

ワイヤーは足、腰、腕、手首、そして首と段々と力が強くなっている。

先ほどまで聞こえていた琴音の声も聞こえなくなっていた。


「あなたが望むなら、そのままの状態で私のペットとして扱ってあげますよ?どうしますか?」


マリネの悪魔の囁きに私は降伏してしまいたくなった。

この地獄を抜け出せる唯一の方法がそれしかないと、そう思った。


「さぁ、どうする?私はあなたの純粋なペットとして余生をマリネ様に捧げます、と言えばいいだけですよ~」


こんな時琴音なら...

でもそんな琴音の声は聞こえない、私は見捨てられた。

孤独の私は弱い。


「私は...あなたの...じゅ、純粋な...」


言葉と共に、涙があふれてきた。

あの時、私が逃げていれば。

そんな後悔が頭から離れない。


「あぁ!?きこえねぇなぁ!!」


「私は、あなたの純粋なペットとして...余生を...」


人間最後は奇跡を望んでしまう。

誰か助けて、と。



劉龍拳りゅうりゅうけん ざく


体中に絡みついていたワイヤーが切れた。

何が起きたのか全く分からなかった。

振り返るとそこには、おっさんが一人拳を握りしめて立っていた。


「よぉ嬢ちゃん、時間稼ぎサンキューな」











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