第21話 やっぱりお仕事はなくなりません
「あのさぁ晃太郎」
「んー? 何ぃ?」
「私たちさ、仮にも入籍すませたじゃん?」
「あー、出したねぇ。婚姻届」
「で、指輪も一応は買ったじゃん?」
「ほら、着けてるよ。大学で何人かから色々聞かれた」
「……あまりにも何も変わらなさ過ぎない?」
そう、私と晃太郎は無事に入籍を済ませたものの、引っ越しの準備は主に私の作業が進まないために全然進んでいない。
相変わらず私の部屋に上がり込んできた晃太郎は『うわ、きったねぇ』だの『日向ちゃんさぁ、こういうローターとかバイブとか片付けなよ』だの『もうちょいマトモなモン食べたら?』と、まるでお母さんのようなことを平気で口にする。
まったくデリカシーというものがないやつだ。乙女心をまったく理解していない。とりあえずこいつにはBLの素晴らしさを叩き込んでやろう、と思っていたら、よりによって私の部屋に百合ものの同人誌をおいていきやがった。
晃太郎が言うには『BL本見せられる俺の気持ちが分かるかなーって思って』とのことだった。当然オカズに使わせて貰ったが。
「もっとさ? 新婚夫婦って言ったらもうちょい色々ない?」
「えー? 例えばぁ?」
「ほら、あのー……ね、ちょっと玄関に立って」
「ん、こう?」
「そうそう。んでだ、晃太郎は今家に帰ってきたとこね? で、私はこう出るわけだ。お帰りなさぁい、ご飯にする? お風呂にする? それともぉ?」
「決まってんじゃん、風呂で日向ちゃんを食べる。ほら行くよ」
「え? ちょ、待って? 今のはシミュレーションで」
意外なくらいに強い力でグイグイ引っ張られて、私は風呂場に連れ込まれてしまった。そのまま服を着たままで実にヤらしい大人の取っ組み合いを繰り広げること数十分。
本当に服を脱いでシャワーを浴びながら、晃太郎からのセクハラをおかわりして、相変わらず散らかった私の部屋に戻る。
「ふぅ、新婚だなぁ」
「いや、違うだろ」
私自身、さんざん楽しみはしたが、やっぱり何か違う気がする。
「まぁアレよ。ダンナが仕事から帰ってきたときにやってみたいシチュエーションで上位に来るアレなんだけどさ、何かちょっと違うっていうのがわかっただけでも良かった」
「えー? 俺結構好きだったけどなぁ」
「え? そなの? じゃあ今度やろっかな」
「やった。いやぁ、やっぱ良いよね、新婚って」
私に断りもなく冷蔵庫を開けて、秘蔵のリンゴジュースを遠慮なくグビグビと飲む晃太郎が、子供の頃とまったく変わらない笑顔をこちらに向けてくる。
まったく、そんな顔しやがって卑怯者め。その笑顔を見せられたら何だって許しちゃうに決まってるじゃないか。あざといぞ年下のくせに。
「仕事もさ? ほら、例のユーチューバーが片付いたからかも知れないけど、ちょっと案件落ち着いてきてるっぽいしさ。日向ちゃんも残業しなくてすむんじゃない?」
「まぁそうなら良いけどさぁ……落ち着くかなぁ、あいつひとり片付けた程度で」
「ほら、こういうのって芋づる式に片付いたりするみたいだよ? 片付かなかったらまた別に何かいるってことだろうけど」
「ヤだやめてよ、フラグ立てないで」
「まぁ出たら出たで、そんときゃまた現場に出りゃいいんだしさ。案件が来れば会社の売上になんだし」
「晃太郎ってさ、結構現実的だよね」
「だって働かないと食ってけないじゃん。あ、日向ちゃんいきなり専業主婦とかなんないでよ? 俺まだ卒業まで時間かかるから」
「なんないよ。はーぁ、しっかりもののダンナさんで良かったぁ」
ちょっとむくれたような言葉遣いをすると、まるで『あーもうしょうがないなぁ』と言わんばかりの顔で、晃太郎が私に後ろから抱きついてくる。
子供の頃から、私に甘えるときの合図みたいなものだ。
「ねぇ日向ちゃん、怒んないでよ」
「怒ってない。っていうかそんなヤらしい手つきで胸揉まない。さっきあんだけ触ったじゃない」
「日向ちゃんの胸は触ってて落ち着く」
「もぉー。セクハラだよ?」
「え? じゃあ淡白な方が好き? しょっちゅうセクハラされるのと、全然触られないのだとどっちが良い?」
「断然しょっちゅう。当然私からもセクハラする」
「いやぁよかった、こういうのの方向性が合うってういのも大事みたいだよ?」
「まぁ知ってた。っていうか服の中に手ぇ入れないでよぉ」
まだ片付けが全然進まないソファの上でまたしてもイチャイチャしてから、夜半過ぎくらいにまたシャワーを浴びて布団に入る。
いかん、これじゃいつまで立っても新居に引っ越しなんて出来っこない。
本格的に頑張らなければ。
「晃太郎、私あした、仕事終わったら本格的に片付ける。晃太郎はあっちのマンションの掃除お願い」
「ん、了解」
そもそも2人で一緒にいるから、いつのまにかイチャつき始めてしまうんだあ。ここはちょっと、本格的に準備を進めるとしよう。
そう決意した私を翌日会社で出迎えたのは、机の上に積まれた案件ファイルの束だった。
「……マジかぁ……減ってねぇじゃん……」
「あらおはよう日向ちゃん。そこ、今月の案件ね。順番に並べてあるから」
無慈悲なお母さんはこともなげにそう言うと、通帳の束を鷲掴みにして『じゃ銀行めぐりしてくるから』と出かけていってしまった。
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