第10話 第三回魔王会議(前編)
「いったい何なのだ、延期と言ったり、開催と言ったり……」
大オークが険しい顔で言いながら、オークの少年を連れ立って入ってくる。
リッチの主はまるで親子のような雰囲気の二人を眺めていた。
早朝より、第三回魔王会議のため各々は集っていた。
「困りものですな、新しい魔王様におかれましても、このように変則的な日程では疲労がたまるでしょう」
数日前。
館長の手元に、魔王死去の報せが届いた。執政役よりも早く、リッチのメイドが内密に報告した。
彼はすぐに大オークに接触を図り、次期魔王に関する話を持ち掛けたのである。
「ですが、このような些事も終わらせてしまえば、いよいよ即位式にございます」
最初にして最大の障害は、あらゆる企みを暴力で粉砕する星喰らいである。
館長は大オークに、竜を排除するための囮役を頼んだ。
ハエのように飛び回り、近くで引き付けてくれていれば、リッチが谷に仕掛けた特殊な術式が発動し、傲慢な星喰らいを殺してくれる算段であった。
竜は、血液の代わりに魔力が巡っている。全身から血が噴き出す激痛と思えば、筆舌に尽くし難いだろう。
たとえオークが死んだとて、リッチの死霊術で数刻を稼げば済む話である。
生き延びたのは誤算だったが、オークに敗北した星喰らいは何の脅威でもない。
彼女抜きで話を進めるよう進言したのはリッチである。
「それまでに、星喰らい殿の傷も癒えていると良いのですが……」
リッチはあらゆる魔族への研究と、対処方法を用意していた。
中でも最強種たる竜は長年の研究対象であり、魔王を通じ外部との交流が増えたことで、対処法を構築できた。
星喰らいが嵌ったのは、その成果物だ。
魔王会議を見越していたわけではない。興味があったからそうしただけである。
「危なイ、遅れるところだったナ」
ペタペタと歩く音を聞いて、館長は顔をしかめる。
ゴブリンロードが息を切らしながら入ってきた。
「これはロード殿、此度の会議はいきなりの開催でしたが、これはあなたの差し金ですかな?」
ロードが、オークの少年について調査を進めているという話は知っている。
館長は、薄汚い獣がどのように行動するのか見極めようとしてた。
「おヤ、大オーク殿ト、館長殿ハ、早期の開催ヲ、望んでいるト、思っていたガ」
浅ましい野獣モドキめと、館長は内心毒づいた。
人間は魔術を扱えないがゆえに蔑視されるが、ゴブリンなど魔術を扱えるだけの知性なき獣である。
これがリッチの主の結論であり、そんな生き物が、一丁前に君主を気取っているのが信じられなかった。
「おい執政役、吸血鬼の小娘はどうした?あまりこの方を待たせるんじゃない」
「一応、昨夜のうちに文を出したのですが……」
大オークは、少年を気遣っている様子である。
オークの領主は、少年が
彼は、保守的で頭の固い、戦争によって歪んでしまった哀れな男である。
(亡きご子息と重ねてらっしゃるのでしょうか、まったく哀れなものですな……)
魔王に隠し子がいることは、以前からリッチのメイドから聞いていた。
母子はどこかの部屋に籠り、魔王会議に関与するつもりはないという話である。
利用できないなら暗殺を、と考えたが、無用な混乱を招くのは避けるべきだと、メイドに止められた。
仕方なく、メイドには母子の監視を命じた。
(まあ、急ごしらえとはいえ吾輩が手掛けた死体。問題はないでしょう)
厳密には、少年一人の身体ではない。
その辺で拾ったオーガの死体をオークと混ぜた。吸血鬼の魔術を誤魔化せたのはこのためである。
「では始めたらどうだ。式の日程を決める会議であろう?小娘は不要なはずだ」
リッチは頂点に立たずとも良い。
館長に必要なのは魔術を探求する環境であり、これを整えるために謀を利用してきた。
最初のリッチとなってから数百年。彼の存在理由は、これまで培ってきた知識の保存と発展にあり、全ての弟子に知恵者たらんとするふるまいを求めてきた。
彼は、企みの通じない暴力者や、知性のまるでない獣が、リッチの上に立つのが我慢ならなかった。
「大オーク様の言葉も一理ありますな。次期魔王が決した以上、吸血鬼殿も、出席意欲が失せたのでしょう」
大オークは戦争を望んでいる。人間の死を欲している。
館長にとっても望むところであった。
彼の望みは、真の不老不死の実現である。
戦争が死者を生み死者は探求の一助となる。膨大な死がその一助となることを、彼は先の戦争を通じて学んでいた。
加えて吸血鬼たちの影響力が弱まった今、魔術に留まらず、医療分野においてもリッチは活動範囲を広めていた。
彼にとって戦争は、知識の探求と実利の伴う一大イベントだった。
人間の面妖な技術が彼らを殺すことは叶わない。そしてゴブリンや、オーガや、オークや吸血鬼や人間がどれだけ死のうとも、館長には関係ない話であった。
魔王会議が始まった時点で、リッチは自らに有利な環境を、とっくに作り上げていたのである。
「さあさあ、さっそく会議を────」
「ちょおーっと、お待ちくださいませ!!!」
やかましい声が広間に響き渡る。
館長は何事かと、声の元に目を向けた。
「お集りの、領主様方。お話したい、ことが、ありますの」
ぜいぜいと息を切らす、汗だくの吸血鬼が立っていた。
────
「どうしてこんなことに……」
瀉血婦人は、頭を抱えていた。
早朝、吸血鬼と人間の姿をした竜は、城の地下空洞に続く階段を下っていた。
「狼狽えるでない。仮面を取って死に顔を拝み、帰ってくるだけであろう」
「ち、遅刻確定ですわ……」
星喰らいと協力関係を結んだ夜のこと。
竜は空洞に向かわず、メイド達に作らせた大量の料理を食していた。
仮面の呪いと向き合う前に、栄養を摂りたいとの話である。
彼女曰く、小さな体であれば魔力の摂取がはかどるらしく、わざわざ人間の姿を取ったのもこれが理由らしかった。
「なに、英気は昨夜養った。急ぐまでもなく終わるであろう」
竜は、ひとしきり食べた後に寝入ってしまった。
婦人が会議の早朝開催を知ったのは、部屋に戻った真夜中のことである。
急ぎ竜の部屋に戻り、確認作業を早めたいと言っても、星喰らいが夢から醒めることはなかった。
「貴様が、仮面の呪いとやらにあてられん限りはな」
広大な空間の中心に、魔王の遺体が横たわっている。
暗がりを見下ろしていると、瀉血婦人は後ろから強く押し出された。
「ぶへっ!」
「何をしている、さっさと仮面を剝ぐがいい」
通常、魔力は目に見えない。
さわることもできないが、空洞内はどこかじっとりとしていて、高密度の魔力が漂っていることを実感させられた。
「魔力のせいかしら、なんだか息苦しいですわ……」
「ここは地下だからな」
身も蓋もない突っ込みを無視しながら、婦人は遺体に近寄る。
顔が見えないからだろうか。今にも動き出すような錯覚が見えた。
婦人は、生前魔王とほとんど会話を交わしたことがなかった。何かあれば文章が送られてくるだけであったし、制約によって外に出る機会もなかった。
「うっ……」
手が震える。
仮面の呪いが恐ろしかった。魔王の力が恐ろしかった。死が恐ろしかった。
暗闇の中で、大いなる力が、彼女を縊り殺そうとしているような恐怖を感じた。
この恐怖に、彼女は覚えがあった。
君主一族が一夜にして滅んだ夜。死が、オークの姿で夜道を行くのを見た。
送られてきた資料を読んでいた夜。死が、数枚の紙となってそこにあった。
英雄的、伝説的な死など、人々が作り上げた幻想だ。
冷たく仄暗いそれの前では、尊厳など何の言い訳にもならず、理不尽にすべてを奪っていく。
抜け落ちる命を逃すまいとするように、婦人はこぶしを握り締める。
「つまり、恐怖するだけ無駄ってことですわ」
たとえ死が全てを奪うとしても、それは今ある生を否定しない。
いつか来る最期の瞬間まで、ただひたすらに足掻くこと
これが、瀉血婦人という吸血鬼に残された生き方である。
「ふう……よしっ」
覚悟を決めた婦人が手を伸ばすと、横に立っていた竜に突き飛ばされた。
「ぶへぇっ!?」
「十分である。下がっているがよい、弱きドラクリヤ」
吸血鬼が「何をしますの!」と言うよりも早く、星喰らいは仮面に手をかけた。
瞬間、紫色の光が迸る。
空洞に入った時とは比べ物にならない魔力が、力強い風となって暴れた。
「な、何が起こったんですの……」
風は一瞬で止んだ。
見れば、星喰らいが、引き剝がした仮面をまじまじと眺めている。
彼女の手は、火傷跡のように爛れていた。
「星喰らいさん!?ちょっと診せてくださいまし!」
「不要だ。貴様にどうこう出来る業ではない」
きっぱりと言い切ると、竜は仮面を放り投げた。
「それより、つまらん面を拝みに来たのであろう?そら、存分に見るといい」
顎で示された先を見て、瀉血婦人は、ここに来た目的を思い出す。
そこには、彼女の予想した通りの魔王がいた。
────
「あぁと、吸血鬼殿? ずいぶんな様子ですが、今なんとおっしゃいました?」
リッチの主が困惑した様子で聞き返すと、婦人は深く息を吸った。
時は戻り、魔王会議の場である。
「まずは、見てもらった方が早いですわね」
「ですから、一体何の話を……」
吸血鬼が声をかけると、後から星喰らいが入ってきた。
見れば、人を肩に担いでおり、体格からしてオーガのようであった。
竜は、乱暴な仕草で、担いでいる遺体をテーブルに放り投げた。
顔を包んでいた麻袋が乱暴に取られ、隠されていた素顔が明らかになる。
「魔王様!?」
反応が早かったのは、執政役である。
食事中に魔王が死に、執政役は医者の検死に立ち会った。彼はこの場にいる中で最も先に素顔を見ていた。
「これが? 冗談はお止めくだされ……」
狼狽えるリッチを横目に、大オークが、少年を後ろにやる。
「私が血魔術を行使した時、ハンカチにはオーク、オーガと、もう一つの血が付着していましたわ」
もったいぶれば、注目を集める。
注目を集めれば、発言力を持つ。
今、領主たちは、瀉血婦人の一言一句に傾注していた。
「魔王は、オーガと人間の
テーブルに横たわる遺体は、大きな角こそ生えているが、その顔は人紛れもなく人間である。
「けれど、少年の血からは、オークとオーガの反応しか見られませんでした! これこそ確かな──」
「……魔王様?」
言葉が遮られる。
この時まで、瀉血婦人は自分こそが会議の主導権を握っていた。
だが、ドアの向こう側から聞こえてきた声が、領主たちの動きを止めた。
「ちょっと待っテ!」
ゴブリンメイドの制止を聞かず、広間に入ってくる者がいる。
「貴様は何だ。何の権限があってここに入ってきた」
「待ってくだされ、ま、まさかあなたは……」
魔王の遺体に歩み寄り、頬を静かに撫でる。
広間に入って来たのは、赤子を抱えた人間だった。
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