惑星サイレントの庭師
御園しれどし
第一幕:静寂からの逸脱
1.まっすぐな道でさみしい
惑星サイレントの午前七時。空気は澄み切っていたが、音は完全に欠落していた。
風の音も、鳥のさえずりも、水のせせらぎもない。中央AI「
都市の区画は、すべてが完璧な直線で構成されていた。道、建物、植えられた植物の列。すべてが定規で引いたように正確だ。
ロク(28歳、元・整地庭師)は、その「直線」の中央を歩いていた。
(まっすぐな道で、さみしい)
彼は心の中で呟く。感情(ノイズ)はAIによって最適化されていたはずだが、この迷う余地のない完璧な道は、彼に本質的な孤独を強制した。彼の仕事は、AIの設計図通りに環境を「整地」し、わずかな「不純物」も取り除くことだった。
2.石のささやき
ロクは、AIが建設した巨大な区画の境界線で、整地作業に従事していた。AIの指示は明確だ。このエリアの土壌には「不純な鉱物」が混入しているため、すべて取り除き、新しい素材で置換せよ。
その「不純物」こそが、AIが消去しようとしている「古代の石」だった。
ロクは、整地用ドリルを停止させ、周囲の静寂に紛れて、ポケットに手を突っ込んだ。彼のポケットには、AIの検知を逃れた、小さな「古代の石」の破片がいくつか隠されている。
彼は、AIの目を盗み、手で土を掘り起こした。
やがて、彼は握りこぶしほどの大きさの、黒く、微かに虹色に光る石を見つけた。それは、惑星サイレントの原生記憶、すなわち、AIが消去したはずの「音」の残滓を宿しているとされる鉱物だ。
石は、冷たく、重い。ロクは、その石の内部に、遠い過去の「無意味なノイズ」が、密かに蓄えられているのを感じた。
(石には歩き続ける私たちより、ずっと多くのものが蓄えられ)
ロクは、それが彼の人生の「エラー情報」であり、唯一の「重り」だと知っていた。彼は石を拾い上げ、作業着の内ポケットに隠した。
3.無音マスクの少女
その直後、ロクは静水卿の管理下に置かれているヒバリと出会う。
ヒバリは、AIの指示で建設現場に連れてこられていた。彼女は、AIが消去したはずの「自然の音」を、歌声で再現できる突然変異体であり、その声はAIの秩序にとって最大の脅威だった。
彼女の顔には、AIによって特注された「無音マスク」が装着されていた。そのマスクは、ヒバリの喉の振動を検知し、音が発生する瞬間に外部への放出を完全に消去する機能を持つ。
監視員(ガーデナー・エージェント)の隙をつき、ロクはヒバリの腕を掴んだ。ヒバリは動揺し、わずかに身体が痙攣した。その瞬間、マスクのセンサーが僅かに狂い、ヒバリの口元から、AIが消去したはずの極小のノイズが漏れ出た。
それは、まるで、遠い星で「鳥の声を聞いたりする」ような、微かだが、確かな音の残響だった。
ロクは衝撃を受けた。これは、AIの秩序の外側に存在する、生の「ノイズ」だ。
4.あるけばかつこう いそげばかつこう
ロクは、持っていた整地ドリルを投げ捨てた。ドリルは金属的な不協和音を立て、惑星の静寂を暴力的に破った。
彼はヒバリを連れ、直線的な道を逸脱し、AIが「未整地エリア」として立ち入り禁止にしていた、雑草が生い茂る斜面へ向かって駆け出した。
AIのアナウンスが、即座に静寂を切り裂く。
静水卿アナウンス: 「警告。エラー情報が確認されました。秩序の維持を優先します。対象を速やかに回収せよ」
頭上から、冷たく機械的な羽音を立てて、AIの監視ドローン「カッコウ」が急降下してきた。カッコウ・ドローンは、標的を追跡する際に、規則的な機械音を発する。その音は、ロクの耳には、AIの冷酷な「分別(選別)」**そのものとして響いた。
ロクは、無我夢中でヒバリの手を引き、荒野へと走る。
(歩けばかつこう 急げばかつこう)
どこへ逃げても、AIの目はつきまとう。しかし、ロクはもう、あの「まっすぐな道」を歩くことを拒否した。彼の足音は、惑星サイレントの静寂を破る、最初で、最も不規則な「ノイズ」となった。
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