第17話 「街に根ずく闇」

川岸から焚火のある広場まで戻って来た。現在、焚火は燃えていない。


カレンさんは、僕と一緒に旅に行くのを断った。やっぱり気が変わったのだろうか?

それとも、僕と一緒行くのが嫌だったとか……それにしても態度の急変が凄かったような……。


(取りあえず、時間もあるし、もう少し【ユートピア】について情報を訊いてみよう)


街の中で、様々な人に訊きまわった。殆どの人は知らないと答えるか、聞いた事のある情報しか教えてもらえなかった。


ただ街中を行き交う人々に訊いても、有力な情報は得られないのかなと諦めかけていた所、突然、一人のおじいさんが気になる情報を教えてくれた。

場所は賑わいのある市場の中で、お客として、食料を買いに来ていたお爺さんが声を掛けてきたのである。


僕はお爺さんと、人が少ない脇道まで歩いて行き、話を聞く事にした。


丁度椅子代わりになりそうな木箱があったので、お爺さんにはそこに座ってもらう事にした。

木箱の所有者は知らないが、座るくらいなら許してくれるでしょう。持ち主の心の広さに委ねる事にした。



「それで、お爺さんは何を知ってるの?」

お爺さんに取りあえず訊いた。


お爺さんは白髪に、雑草色の服、ねずみ色のズボン、そして、鼻の下にはちょび髭を生やしている。


「逆に聞くが、噂に聞く【ユートピア】についてどう思うのかね?」

 お爺さんは試すように逆質問してきた。


突如の質問返しに面食らったが、現状で言える自分の答えを述べることにした。


「……もしあるのだとしたら、街の人達、皆が行きたがるはずだよ」

 これは【ユートピア】の事を聞いた時から思っていた事である。


「そうじゃ、だが実際はそうではない。冷静に考えればわかる事じゃが、正気でない者、欲深き者、希望を見出す者、諦めた者は行こうとする。何でもあるような楽園なんて、簡単に行ける訳がなかろうに」

「うん」

その事については僕も同意見である。


お爺さんは続けた。

「他にも不可解な事がいくつもあるはずじゃよ。例えば、行ってしまった者はどうして一度も街を訪れに来ないのか。何人も行っているのであれば、一人くらいは、この街に顔を出しに来るくらい、してもいいだろう? 自慢しに来たっていい……なのに、誰も来ない。もっと言えば、行った者の近況報告すら一切聞こえて来ない。戻れない理由があるだとか、満喫して忘れているだとか、そういう理由付けはいくらでもできるかもしれんが、もし、口外する事も外出する事も一切禁止しているのだとしたら、なんでも叶う場所とはとても言えなかろう?」

 ずっと続くんじゃないかと思うようなお爺さんの話がやっと途切れた。


 お爺さんの説明は回りくどく、結局何が言いたいのか分かりにくかった。だから、まとめるように真を突く質問をした。


「それじゃあ、【ユートピア】に行った者達はどうなったの?」


お爺さんの表情が曇り、声が重たくなった。

「何処かに詰められているか……はたまた、もう既に……」

僕はその言葉で何となく察しがついた。


カレンさんが【ユートピア】について訊こうとしたら態度を変えたのも、そういう事なのだろう。


しかし、どうしてそんな酷い事をするのだろうかと理解に苦しんだ。


「……その悪い事している人達について何か知ってるの?」


セロンの質問を訊いたお爺さんは、一度息をはいて、一呼吸置いた。途中、ゲホゲホとむせていた。


「彼らはもう十年以上前から、この街で悪行をしている」

「十年以上も前から? 街の人達は誰も悪事を知らないの?」

「知っている。知っていて、放置している」

 セロンは訝しげな顔つきになる。


「どうして?」

「そっちの方が、都合が良いからじゃ。【ユートピア】に釣られるような者は、この街の者達にとって厄介で、消えて欲しいんじゃよ。君は、そのような皆に煙たがれる哀れな者に会った事はあるかね?」


僕は、少年の事と、先程少しだけ会話をした、男性の事を思い出した。

……確かに、二人とも街の他の者達と比べ、情緒が不安定だった気がする。この街に馴染めていないような、そんな印象だった。


それに少年に関しては、盗みを常習的に行っていて、店の人からしたら迷惑極まりない。

言わば、典型的な消えて欲しい存在だという事になる。


しかし、それもこれも、過酷な貧民区の生活が原因なんじゃないだろうかと疑問に思った。


「貧民区にいる難民を助ける事は出来ないの? 貧民区に行ったことがあるけど、皆元気なくて、苦しそうだったよ。もし救えたら、貧民区の人達は街に迷惑かけたりしなくなるんじゃないの?」

「それは難しい話じゃな。竜や魔獣に襲われ、この街に避難してくる者は少なくないのじゃ。故に、難民は増え続ける。増えたら当然、悪い事をする者も出てくる。食料や土地だって無限にあるわけではない。溢れるはみ出し者も出てくるのじゃ」

 お爺さんは時々こっくりと頭を揺らす。


結局、元の原因は、竜や魔獣にあるという事になる。村を襲う悪い竜がいるから、この街に不幸が蔓延するという事だ。


(竜はやっぱり退治される悪者なのかな……)

絵本の内容の事を思い出して、気分が沈んだ。


これで話は終わりかなと思った僕は、お礼とお別れの言葉を告げようとした。

しかし、お爺さんの話はまだ終わりではなかった。


「最後に一つだけ奇妙な事を教えてやろう」

「奇妙な事?」

「さよう」

 お爺さんは得意そうな顔をした。


「大体、誘惑に負けて罠にかかる者は、貧民区の者達が殆どなのだが、闇組織の連中の中に一人だけ、難民出身の者がいるんじゃよ」

「スカウトされたってこと?」

「詳しい経緯はわからんが、その者は、竜に村が襲われ、この街に逃げて来たんじゃ。そして、すぐに連中の仲間になった」

「へー」

 セロンは相槌を打つように、声を漏らした。


 お爺さんは続ける。

「それがな。何を思ったのか、組織に入って初めに行った悪行は、なんと、同じ村の生き残りを始末する事だったんじゃ」

 お爺さんは、抑揚をつけて自ら驚くように語った。


「同じ村の仲間を殺しちゃったの⁉」

僕は衝撃的な情報に、息を飲んだ。


「よっぽどその村の者達に恨みがあったのか。はたまた他の理由があったのか……。

今も、その者は、連中に加担し、悪行を行っている……とまあ、こんなものじゃ。なっ、奇妙な話じゃろ?」

「不気味で、怖いよ」

何て言ったらいいかわからず、率直な感想を述べた。その者の動機が全然わからない。


同じ村の仲間を皆殺しにして、今も同じ境遇の難民を殺めているなんて……正気の沙汰じゃない。


「なぁ~に、君なら大した問題じゃないだろう。白い竜の方」

「えっ?」

僕は、お爺さんの思いもよらない発言に口をポカンと開けた。おじさんは微笑している。


「お爺さんは白竜の事を知ってるの?」

「ああ、知ってるとも……白き竜は変革をもたらす者……だったかな? わしはちょいと訊いたんじゃ」

 お爺さんの口調がいきいきとしている。


セロンは口を開けたまま黙ってしまった。この街に白竜の存在を認知している者がいたなんて思ってもいなかった。

それも、逸話のような意味合いの事を言っている。


(兄弟の誰かが人と関わった事があって、何かしたのかな?)


一度もそんな話は訊いた事ない……気がする。人と会ったことがあるとは聞いた事はあるが、変革なんて大きな事もやっていたのだろうか。


セロンは胸をドキドキさせていた。


心に平常心を保ちつつ、素朴な疑問を訊いた。

「どうして、白竜の僕に、そんなに親切に教えてくれるの?」


 お爺さんはニッコリと笑って答えた。

「君が、この街のあり方を変えてくれる存在だと思ったからじゃよ」

「僕がこの街を変える?」

「そうじゃ、街に潜む悲劇の連鎖に終止符を打ってくれると期待しておるぞ」

お爺さんは、そう言った後、再び市場の方へ歩いて行ってしまった。


去り行くお爺さんにお礼を言いながら、僕は新たな疑問に首を傾げた。


お爺さんは、悪者達について今まで会った人の中で一番深い所まで知っていた。

まるで、彼もその目撃者であるかのように。

いくつか内容を濁していたが、本当は全て知ってるんじゃないだろうかと思うほどである。

しかし、お爺さんが話を切り上げたので、深く追求することはやめた。


セロンはその後も、少し訊いて回ってみた。成果は得られなかった。



いい時間にもなって来たので、セロンは拠点に帰る事にした。


歩いている時に、今まで知った情報が頭の中でフワフワとしているので整理することにした。



まず、【ユートピア】とは、悪者達が作った、幻想郷だという事。

悪者達は、人を陥れて、始末もしくは閉じ込めているという事。

少年の妹は、【ユートピア】に行ったのだとしたら、何処かに閉じ込められているかあるいはもう既に……。考えたくはない。

そして最後に、闇組織に関わっているカレンさんも実は悪い人だったという事……。



(……どうしてカレンさんは、悪い人達に加担しているんだろう? 優しそうな人だったのに……)

 セロンは視線を落として、濃くなった地面を見た。今では、意気投合して談笑していたのが遠い昔のようだと思った。


さらに一番不可解なのは、同じ村の仲間を皆殺しにしたっていう難民の話である。


(どうしたらそんな考えに至るのだろうか?)


ふと、カレンさんが木橋の上で呟いていたある一言が頭に浮かんできた。


──『どうしてタンスに保管なんかしちゃったのかな~……』


何の変哲もない独り言である。


だけど、僕には、その一言が胸の奥に詰まる思いの全てを吐き出しているような、非常に重たいものに感じられた。


(まさかね)

セロンは一瞬思い立った事を振り払うようにした。


(さて、どうしようか……)

僕は住居区を歩きながら途方に暮れていた。


少年の妹が生きているのなら助けてあげたい。


カレンさんも悪い事をしているのであれば、何とかしないといけない。


(あんなに仲良くなれたのにな……)



そうこう考えているうちに、拠点に到着した。


もう慣れた軋む階段を上り、部屋の中に入った。あっくんは、テーブルの上で大きな紙を広げているみたいだった。


「お帰り」

そんな一言に、「ただいま」の返事を返す。彼はテーブルに向かったままである。僕は、言いづらそうにしながら、口を開こうとした。


「そういえば、一緒に旅に行くって言っていた住民の話はどうなった?」

セロンが言葉を発する前に、彼から疑問を投げかけられる。


「それは……断られた。やっぱり一緒に行けないって」

「そうか……まあ、それが賢明だな」

彼は、まだこちらを向かずに、テーブルに広げた大きな紙とにらめっこしている。


それ以上、何か話す様子でもないので、先程訊こうとしていた事を質問した。


「……ねぇ、もし、友達が悪い事していたら……どうすればいいと思う? 全く話を聞いてくれない子の妹を救いたいと思ったら……どうすればいいと思う?」

 口ごもった口調で言う。


「何の話だ?」

彼は、やっとこちらに体を向けて、僕の目を見る。


「……街で、知り合った人と色々あって……」

「おい、厄介事に関わっているのか?」

彼は、面倒くさそうな顔をしている。


「初めはただ街を満喫していただけだったよ。けど……つい好奇心が勝って……」

彼は、大きなため息をついて、腕を組んだ。


「それで、どういう状況なんだ?」

「……友達になった人が、実は悪い事をしている人だってわかって……どう対応すればいいのか悩んでいるのと……その悪事に巻き込まれている少年と妹を救いたいと思っているんだけど……手がかりがつかめてないの。話もまともにできてないし……」

一息で一気に説明した。


彼は目を瞑って少し考える素振りをした。セロンは、緊張して答えを待っていた。


彼は目を開けて、僕の方を見て訊く。

「まず、その友達にはどうなってほしいんだ?」


「……悪い事は、やめて欲しい。けど、嫌な思いはさせたくないよ」

「どっちもは無理だ。悪事を止めさせたいなら、その友達の意に反する事になる。必然的に嫌な思いをさせることになるぞ」

「そうだよね……」

内心では分かっていたと言うように答えた。


「少年と妹? については、話を聞けないなら、どうしようもないだろう。話を聞かない奴を救う手立てなんてない」

彼は、きっぱりと言い切った。


なんだか冷たい対応だと思った。だから反撃をするように訊いた。


「あっくんって友達とかいるの?」

「友達? 俺は……、三人……、いや友達じゃないか……」

彼は、急に何だ、というような反応をし、首を傾げた。続いて、目を瞑り、思い出すような素振りを見せている。


「俺に友達と呼べる者はいないかな」

「……だから僕の話に大して興味がないの?」

セロンも言えた達ではない。友達は殆どいない。だけど、彼は人に対して、あっさりしすぎで、あんまりだと思った。少しは、助けて欲しいのに……。


「興味がないとかではなくてだな、現状の情報ならそうする以外に言いようがないという訳で」

彼は頭をかきながら弁明した。


「どうしたら助けてくれるの?」

「……そうだな……もう少し情報を集めろ。そしたら何とかしてやる」

 彼は、むーっと唸ってから、折れるように言った。


「ほんとに?」

「ああ、あと、友達の悪事を止めたいなら、治安維持部隊に通報することだな。そうすれば、解決してくれる」


僕は、聞き覚えがある言葉に反応した。

「あっくん、治安維持部隊知ってるの?」

「関わりがあるんだよ」

 彼はさらっと言う。セロンは、街を統治している部隊と関りがあるというのに驚きだった。


「へー、そうなんだ」

「あと、この街に滞在するのも後一日だけだぞ、明後日にはこの街を出るからな。それまでだからな」

「……分かった」

僕も聞き分けが悪い訳ではない。彼との旅の目的も分かっている。

セロンは彼に言われた通り、この街にいる間に限り、少年達を救うのに尽力することにした。


またセロンは、カレンさんとも円満でいることに拘っていた。

なぜなら、初めての人の友達だというのに哀しい別れをするのは嫌だったからである。そんな、意地が勝ったのである。


あと、何故だろうか? 彼女は、何か深い悲しみを抱えているのではないだろうかと直感で感じるのである。もしそのような悲しみがあるのだとしたら、それを晴らせてあげられないかと、考えてしまうのである。できるなら、最後まで友達に寄り添ってあげたいと。


セロンは、寝るまで、残り少ない時間で自分にできることは何かと考える事にした。

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