第9話「目標は世界一優しい竜!」
扉を出ると眩しい光が目に入って来た。
外は、部屋の中とは別世界のように感じるほど、光に満ち溢れていた。昨日の景色とは違って、遠くの方まで建物がよく見える。温かい風が優しく体を撫でて心地よい。心躍る気分である。
「とりあえず、住居区から歩いてみよう」
独り言を呟き、ぼろい階段を降りて行った。
荷物になるようなものは持たずに、少しのお金を入れた巾着のみを下げて出て来た。
存分に満喫しようと意気込んでいるのである。
僕は、〈旅行ガイドブック〉に書いていあった情報を思い出した。
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この街は、諍(いさか)いがなく和気藹々と平和に穏やかに暮らすのんびりとした街である。地位の隔てがなく、外から来た者も受け入れてくれやすい。
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そう書かれていたような気がする。
(外から来た者も受け入れてくれやすいのなら、僕も自然に馴染むことが出来るのかな)
そう期待を膨らませて歩き出した。
住居区には、夜と違って、ぽつりぽつりと人が歩いているのが見える。
家は、細めの丸い棒状の物が骨組みとして側面を補強しており、その骨組みに沿うように、布や薄い金属版が張られていた。布の割合が多い気がする。隙間は所々あるように見えるが、全体的にはしっかりと家としての成りを形作っている。
(この街ではこんなスカスカで十分なのかな)
いくつかの家の扉が開かれていた。
上に布を巻き上げるようになっていて、巻き上げた布をひもで巻いて止める仕組みになっている。
僕はチラッと扉から見える中の様子をのぞき込んだ。
中の人と丁度目が合い、嫌な顔をされたので、すぐに目をそらした。
しばらく住居区内を歩いた。
道以外の土地にはびっしりと家が建っており、形も多種多様で個性豊かとなっている。
ぶらぶらと歩いていると、空地を発見した。子供が遊んでいたような痕跡が残っている。
きっと遊び場だと思われるが、中に散乱している物は、遊具とは思えないものばかりである。
遊び場を通り越して行くと住居区の終わりが見えて来た。
その向こうは、明らかに人通りが多いので、どんな所なのだろうかと興味が惹かれた。
歩いて行くと、そこが、市場だという事が分かった。
昨夜入って来た門の通りとはまた異なる大きな道で、店が中央から端まで敷き詰められていた。かなりの賑わいである。
人の多さにドキドキとワクワクが止まらなかった。
行きかっている種族には、大きく分けて4つの種族が確認できた。
・一つ目の種族は、『カルレン族』である。圧倒的大多数の割合を占めており、毛が生えていなく、シンプルな人という特徴である。あっくんもこの種族である。
・二つ目の種族は、『ソリザ―族』である。動物のトカゲが二足歩行で歩いているような種族で、表面が鱗で覆われている。
・三つ目の種族は、『ライル族』である。毛の生えた動物の特徴を持った人である。全身ふさふさで尻尾も生えている。
・四つ目の種族は、『ヨーティー族』である。背が僕の2倍くらいで、人としては小さい。鼻が大きく、年齢がよくわからない見た目をしている。
皆、人族であり、僕が本で見た通りで、大きく違いはなかった。
人々の流れに乗るように、市場に入った。
市場の建物は、基本金属の板で囲われていて、細く薄い金具のようなもので雑に固定されている。骨組みも、細めの金属でできていた。前側には、木の棒で支えた布が屋根のようになっていたり、店という雰囲気を醸し出していた。
店の種類を確認してみた。
食べ物屋さん、雑貨屋さん、小物屋さん、家具屋さん、道具屋さん、玩具屋さん、武器屋さん、布屋さん、資材屋さん、植物屋さん、衣服屋さん、靴屋さんなど様々な種類の店が開かれていた。特に食べ物屋さんは多い気がする。
僕は、甘い香りがする方に引き寄せられて、歩いていると、焼き果実屋さんにたどり着いた。
品物が、木の商品棚に置かれていて、それらをじっくりと眺めていく。一通り見終わった後で、一番あまそうな香りのする四角く薄いクッキーのようなものに目が留まった。恐らく、これはバナナを使っていると匂いで大体わかった。
「すみません、この平たいクッキーのようなもの、くれませんか」
下から、見上げて店員さんに伺った。
店員さんが覗き込むように僕の事を確認し、少し目を見開いた。
「こりゃあたまげた、毛の生えた、白いソリザ―なんて初めてみたよ」
第一声で予想打にしない事を言われて、少しムッとなった。
「ソリザ―族じゃないよ。僕は白竜のセロンだよ」
抗議するように言い返した。
「白竜? なんだその種族は? どう見てもソリザ―じゃないか」
「白くてふわふわで山奥に住んでる種族だよ」
「知らんもんは知らん、それで何が欲しいって?」
全然聞く耳を持ってもらえる気配がない。渋々、種族の事は諦める事にした。
「平べったいバナナの匂いがするやつが欲しいの」
「バナせんべいか、銅貨四枚だ」
腰に下げた巾着袋を広げて、銅貨四枚を取り出し、店のおじさんに横から手渡した。
こういうやり取りをしていると、プヨルお兄ちゃんと勉強した事は大きく役立っていると感じた。勉強のおかげで、何も戸惑いもなく、店の人とやり取りをすることが出来る。お金も毎月、お小遣いとしてもらっていたのが、大きく活きてる。
僕は、「バナせんべい」という平たい食べ物を受け取り、歩きながら食べた。予想通り、バナナをすり潰したクッキーのような味がした。
(甘くて美味しい)
僕はあっという間に、平らげてしまった。
また、何か気になるものがないかと、市場を散策していると、道の角に本を売っている店を発見した。
駆け寄って見てみると、家では見たことのない、ボロボロで汚れた本ばかりだった。タイトルもどういう内容なのかわからないものだらけになっていた。
その中で一冊、自分が目に留まったタイトルの本があった。〈不気味な植物〉という本である。家にも似たような内容の本はあったけど、こんなボロボロで、味のあるような本は初めてである。
「この本ください」
僕は、本を指さして店員にお願いした。
「毛の生えたソリザ―! 珍しいこと」
また、ソリザ―と言われた。少しだけ目尻が上に上がった。
「おいくらですか?」
気にせずに話を進める事にした。
「銀貨八枚ね」
そう短く店員のおばさんが返してきた。
僕は巾着袋から、銀貨八枚を取り出して、おばさんに渡した。
「まいどあり~、ふふふふ」
おばさんは、不敵な笑みで笑いながら、僕に本を渡した。
少し気になったが、本を受け取り、その場を後にした。
物の相場についてはよくわかっていないというのが正直な話である。
・銅貨一枚 『最小単位』
・銀貨一枚 『銅貨十枚分』
・金貨一枚 『銅貨百枚分』 『銀貨十枚分』
(だいたいこの市場にあるものは銅貨や銀貨数枚で買えるものになっているのかな)
少し疑問に思いながら歩いて行った。
手に持っている本は、邪魔になるので、巾着に入れてきた長めの紐を取り出して、本を縛り、固定し、背負うように持った。これも、勉強した知恵である。
一通り店を周るように歩いていると、市場の品揃えで見かけない物があることに気がついた。それは、『魔法アイテム』である。山の家にはいくつかあったけど、ここの市場ではそれらしきものが見つからないのである。
試しに近くの店の店員さんに聞いてみた。
「『魔法アイテム』って何処に売ってるんですか」
ソリザ―族の店員は目を丸くして、呆気に取られていた。
「そんな希少で高価な物なんてこの市場にある訳ないだろ」
僕は、ポカンと口を開けて、驚いた。
「それじゃあ、この街では売ってないの?」
「上位地区の方なら売ってるかもしれないが……それでも殆ど期待はできないぞ」
店員のお兄さんは、同族だと思っているのか優しく教えてくれた。
「そうなんだ……教えてくれてありがとう」
軽くお礼を言って、その場を後にした。
僕は街の中心にある大きな橋を渡り、まだ行った事のない地区に入って行った。
川を挟んだ、橋の向こうの街は、どこか、さっきまで散策していた街と比べても、綺麗な街並みな気がした。大きく変わっている所といえば、建物の壁に布ではなく、トタンのような金属板が多く使われている。形も、建物の高さも少しばかり、整っている様だった。
橋を渡った後の大きな道を歩く。
店が道の両脇に構えてあり、中央には建てられていなかった。
なので、道幅が広く、ゆったりとした空間がある。歩く人もまばらであり、先ほどよりも落ち着いた雰囲気である。
店の陳列を眺めてみた。
賑わっていた市場と比べてもそれほど変わっている訳ではないが、果物なら一回り大きく形のいいもの、道具なら、より細かく繊細になったものになっていた。
店の物を眺めていると店員に声をかけられた。
「何コソコソと見てるの? 盗む気じゃないだろうね?」
石をすり合わせたような低い声だった。
「コソコソなんかしてないし、盗む気なんてないよ」
こちらは誠意を持った態度で返した。
(この人は、僕の背が低い事に、コソコソしているって、難癖付けてきたに違いない)
「それじゃあ、何か買うっていうのかい?」
見下げるような視線で僕の方を見て来た。
「いや、ただ眺めていただけだよ」
「買いもしない奴が店の前をうろついてるんじゃないよ!」
店のおばさんは、厄介払いするように強く言ってきた。
「分かった、立ち去るよ。その前に一つだけ聞いてもいい?」
「うるさい早くどっかにいけ!」
よっぽど、僕の事が気に入らないらしい。僕は、その場から立ち去った。
それから一通り店を見て回ったけど、どうも川を越えた先の店員達は、あんまり歓迎してくれるような態度ではなかった。
『魔法アイテム』の事も聞いたが、扱っている店はなかった。
僕はその後、通りを行った先にある一つの大きな建物の前までやって来た。
この建物は、他の建物とは違って、三階建てである。木の板でできており、窓もしっかりとある。とんがり屋根で三階の窓のみ格子窓となっている。
〈旅行ガイドブック〉でも見たことがあるが、これは役所という建物である。
役所の中がどうなっているのか確かめてみたくなり、近くに寄ろうと思ったが、役所の入り口前に、兵士が立っていて、こちらの事を睨むように見てきたので、やめる事にした。
こちらの区画に来てからというもの、あまりいい風に見られることがなく、何だか居心地が悪く感じてきたので、ここらへんで引き返すことにした。
僕は街の中央を横切るように流れる川の石垣の上にちょこんと座って休むことにした。
(初めて山から下りて街を散策してみたけど、本で見るだけよりも沢山の事を楽しむことができた。食べ物も建物も店の品物も実際に見てみると細かく違ったり、種類も豊富だったり、情報量が違った。実際に食べてわかる味や掘り出し物の発見もあった。街の匂いや人や物が奏でる音、目線から見る景色、どれをとっても僕にとっては斬新なものだった。
街の人とも自然と話すことが出来たし、本当に充実した時間を過ごしている気がする。
外の世界に来て本当に良かった。楽しくて面白くて幸せの気分だ)
目を瞑り、空を見上げて、両手を伸ばし、大きく空気を吸い込んだ。
ゆっくりとした静かな時間が流れる。
(この先の旅でもどんな景色が待っているのかな。どんなワクワクが待っているのかな)
楽しみで仕方なかった。
(そう、僕は旅に出て、ゆったりと観光し、ちょっとした出会いと話しが出来ればいいんだ)
(それだけで、満足するんだ。それでいいんだ。それで…………)
(……なんでだろう?)
(やっと念願が叶ってとても楽しいのに、心のどこかで不安と虚しさが侵食するように押し寄せてくる)
僕は目線を下に向け、川の水面が揺れながら流れていくのをじっと見つめた。
(結局僕はどうなるのかな?)
あっくんは、僕に「力を貸してほしい」と言っていた。
けど、家族は僕のことで、もっと深刻な話をしていた。僕の事を見捨てるようなそんな残酷な話をしているのを盗み聞きした。過去に聞いてしまった【会議】の事だ。
その事があるから、ずっと僕は気分が晴れずに日々を過ごしている。
「僕は何のために産まれてきたのだろう」
呟くように小さく弱弱しく声を漏らした。
(あっくんは、僕にどうして今まで家出をしなかったのかと訊いた。
確かに、もっともな質問だと思う。けどね、僕が家出をしてもね、実はあんまり意味はないんだよね。家族は、僕が何処かにいなくなったとしても、すぐに僕の事を見つけ出してしまうから)
(今こうして一人で街にいられるという事も実は奇跡に近い。本来なら家族の誰かが、僕がいなくなった昨日のタイミングで探し出す。そして、あっという間に家に連れ戻される。皆、僕なんかくらべものにならない程、能力が高いから)
(家出を決意して出てきたのも、小さな悪あがきで、本当に上手くいくなんて思ってはいなかった)
(……先の事を考えるとなんだか憂鬱になってくる)
川沿いを歩く人達の話声が聞こえて来た。
「また、近隣の村が竜に襲われたらしいね」
「ええぇ、嫌な話ね。またこの街に難民が入って来るってこと? ほんと勘弁してよね」
「ほんとね。竜なんてこの世界からいなくなってしまえばいいのに」
「竜狩りの人達は何やってるのかしら?」
「ちゃんと働いて欲しいわ」
……二人が街の商店街の広場の方へ去って行くのを僕はぼんやりと眺めていた。
(竜族ってやっぱり人々に嫌われてるのかな……村を襲うなら当然嫌われてしまうか)
頭の中に雲がかかったように気分が晴れなかった。
ぼーっとしていた。
ふと部屋であっくんに訊かれた事を思い出した。
『お前には夢や目標はあるのか?』と彼は訊いてきた。
(夢……目標……旅をして観光して、人々と仲良くなること……)
『それでいいんだな?』と彼の声が記憶の中から聞き返してくる。
(……確かに、何だかしっくりこない)
山を出る前は、ただ観光できて、人と話して親しくなれればいいなと思っていた。
そして、実際に街に来てみると、確かに楽しかった。
けれど、心の片隅では感じていた。
もっと自分にしかできないような事があるんじゃないかと。
ぼくにしかできない事。そんな特別なことがあるんじゃないかと。
ぼんやりと考えていると、先ほど通りすがりの人達が話していた会話を思い出した。
哀しい気持ちになった。
(そういえば、僕がもっと幼い頃に同じ内容で、同じ気持ちになった気がする)
(その時は…………)
僕は思い出すように頭をぐるぐると巡らせた。
(あっ、そうだ! 思い出した! 僕がやりたい事! 僕の本当の夢であり目標! 僕にしかできないような事!)
石垣から道の方へ降りて、拠点のある方へ走り出した。
寝泊まりした拠点の前まで戻って来た。
階段を勢いよく上がって、ドアを開ける。
「どうした?」
あっくんは、勢いよく入って来た僕の方をあまり驚かないで顔を向けた。
「あっくんはさっき、僕に夢や目標があるのか聞いたよね?」
「そうだったな」
僕は真剣な眼差しで、彼の目を一点に見つめる。
「僕の本当の目標を思い出したんだ」
「うん」
彼は相槌を打つようにうなずいた。
「僕の本当の目標、夢は……『世界一優しい竜』になる事なんだ」
「……どうしてだ?」
彼も顔色を変えずに真剣な表情で訊いてくる。
「僕は小さい頃に絵本を沢山読んでいたんだよね。それで、色々な作品を読んでいるとね、ある事に気が付いたんだ」
僕は過去の小さい頃の話をした。
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