第6話 「思いもよらない旅立ち」
僕は戸惑っていた。
目の前にいる人に初めて挨拶したのに全く言葉が返ってこないからである。
(言葉が通じないのかな? それとも警戒されているのかな?)
人によっては、挨拶をしても返してこないというのを本で読んだことがある。
それは、相手の機嫌を損ねた場合とか、身分に合っていないからとか、性格的な問題があるそうである。
(目の前にいる男性はどのように感じているのかな?)
まじまじと観察した。
背の高さは僕の5倍くらいある。暗い緑色の長めのコートを着ている。細身の体形で、前髪は目の高さぐらいで、大きなリュックを背中に背負っている。表情は、感情が読み取れない無表情だった。
人と会った事は無いが、本で見たことはある。実際に間近で見てみると、本に描かれた絵とほぼ違いはなかった。けど、困ったものである。何を考えているのかまでは分からなかった。
お互い向き合っているのに沈黙が空間を包んだ。
(気まずい。こうなった場合はどうすればいいのだろう)
リュックから本を取り出し、対処法を探した。けど、それらしいものは見つけられなかった。
「セロンと言ったな。俺を迎えに来たのか?」
目の前の男性が言葉を発した。
(言葉は通じるみたい。よかった)
「俺は、白竜の巣まで行くように言われていた者だ。ここから、巣に案内してくれるのか?」
男性は落ち着いた雰囲気だった。
真っ当な質問だけど、今の僕には複雑な事情がある。
(どこから説明すればいいんだろう……しっかりと経緯を教えなければ、誤解されてしまう)
家出をした流れと今に至るまでの経緯を一通り話す事にした。
土が見えて、背の低い植物が生える地面、二人で話をするには十分くらいの森の隙間の中、ゆっくりとした時間が流れた。
大まかにここまでの経緯を男性に説明し終わった。
「それじゃあ、俺に会いたくなかったから家出した?」
「うん、そう」
素直に頷いた。
「けど、俺に迷惑をかけたくないから結局声をかけたと?」
「そう、待たせちゃうから」
男性は、眉間にシワを寄せていて、難しい顔をしていた。
「優柔不断すぎないか? どうして大きな決断をしたのに、そんなに気が早く変わるんだ?」
「それは……」
下を向いて、口ごもった。
「一回決めたのにすぐ変えてしまうような意志の弱さなのか?」
ぐうの音も出なかった。僕は、母とプヨルの目を盗んでまで、身勝手な行動を貫いたのに、その行動の原因である男性に会っているのだから、変な話である。
「そもそも、俺が来るタイミングじゃなくて、もっとずっと前から家出するチャンスなんていくらでもあったんじゃないのか?」
男性の言葉が突き刺さって来る。
「えっと、それは……」
「俺が悪い奴だと思ったのなら、こうして会うのは自分の身が危険だと感じなかったのか?」
言い分を述べる前に、重ねてくる。
「あまりにも計画性が無いし、行動もお粗末。いったい何がしたいんだ?」
これでもかとダメ出しをされて、責め立てられる。こんなにけなされたのは初めてだ。
(お母さんにも、兄弟にもここまで叱責された事ないのに……)
「そこまで言わなくてもいいでしょ……」
「あんまり浅はかだと期待できないんだよ」
呆れた表情で返してくる。
期待できないというのは、期待をしたいという事なのかな。しかし、僕の言い分も聞かずに、そこまで責めるのはあんまりだと感じる。だから、僕からもどうして会うと決めたのかをはっきりと教えてあげよう。
「だって、聞こえたんだよ。【ここが俺の墓場になるのかもな】って」
さっきの歯切れの悪い口調ではなく、強く訴えるように述べる。
「そんな言葉を聞いたら、この先で死んじゃうんじゃないかって、不安で放っておけないよ」
言い切るように鋭い視線を向けて訴える。
「まさかお前、俺が森の中でぼそっと言った独り言を聞き取ったのか?」
男性は少し驚きの表情をしていた。
けど確かに僕は、森の中で思い悩んでいる最中に男性の声を聞き取ったのである。
白竜は、五感の機能が生物の中でもトップクラスに高いって、兄弟が教えてくれた。人と比べても圧倒的に勝っているらしい。男性からしたら、誰かに聞かれているはずもない何気なく口に出した独り言を、僕に聞き取られてびっくりしているのだろう。
男性は、さっきの勢いとは異なり、冷静に腕を組んで考えていた。
「そういう事か、俺にこの任務に就かせた理由は……」
男性は独り言をいうように小さく声を出した。
(任務? 僕を連れて何かする気なのだろうか?)
相変わらず男性は腕を組み、顎を引いて、難しい表情をしている。
「どうしたの? 何考えてるの?」
あまりにも僕の事をそっちのけで考えていたので、聞いてみた。
「それじゃあ、これからお前はどうするんだ?」
きっと僕が優柔不断な行動をとった事に対して、これからどうしたいのかと聞いているのだろう。
だからここは思い切って僕が一番気になっている事を逆に聞いてみようと思う。
「それは僕が聞きたい事だよ。僕はこれからどうなるの? 処分される? 何か目的があるの?」
自分が思っている心配を率直に尋ねてみた。
「処分? 何のことだ? ……これからの事を知りたいのなら、それを話す前に、君が本当に任務の対象なのかを確かめさせてくれないか?」
「いいよ」
男性は体の横幅をはみ出るほど太いバックをおろし、中を開けた。そして、四角い縦長で厚みが薄い機械を取り出した。片手で持てるサイズである。上の角から細い紐が垂れていて、先の方にリングがぶら下がっている。見たことないアイテムだ。
「なにそれ?」
「潜在能力測定機器」
質問に対して、男性は聞いた事のないアイテム名を言った。恐らく、僕の能力を測定する機械なのだろうと予想した。
「手を貸してくれないか?」
手を差し出してほしいという事だと察して、右手を前に開いて出した。
男性は、その僕の中指にアイテムのリングをはめた。伸縮性があって、はめた者の指にフィットするようになっているみたいだ。
男性が機器を操作している。
「これで確定だな」
測定が終わったみたいだ。
「それで僕はどうなるの?」
「そうだったな」
僕が目を丸くして聞くと、男性は顎に手を当てて、斜め上を見上げ、考え始めた。
(僕に能力がない事が分かって悩んでいるんだ。僕に力がないから、何て言っていいのか困っているんだろう。兄弟の中でも、僕だけ光の魔粒子に適性が無いのだから)
期待せずに待っていると、男性はこちらを向いて、何かを言うみたいだ。
「力を貸してくれないか?」
僕の予想は裏腹に、協力を求める言葉が来た。
「君の力が必要なんだ。だから迎えに来た」
面食らって、口をぽかんと開けてしまう。それはおかしい。僕に力なんてないんだから。
「どうしてさ? 僕に力なんてないよ」
「あるよ、君には、特別な潜在能力というものが」
男性は真剣な表情をし、落ち着いた口調で述べてくる。嘘ではないみたいだ。
「どうする? 俺と行くか? それとも一人で旅をするか? 正直に言うと、強要する気は無い。君が嫌なら他をあたるだけだから」
男性は冷静沈着だ。特に僕を説得するという気はない。連れ去るとか、そういう悪意は全く感じない。僕は思い違いをしていたみたいだ。
「決めるのはセロン、お前次第だ」
男性は強い眼差しで、主張する。
(……僕に特別な力なんてあったのか……今まで、家族からは聞いたことがない)
危ない場所にはいかないようにと注意される程、力がなかった。僕は、いつも助けてもらう側で、家族の役に立つ事なんて一つもなかった。
けど、この人は僕に言ってくれた、『力を貸してほしい』と。
ずっと今まで、言われたかった事の一つを言ってくれた。
(そんな事を言われたら答えるしかないよ!)
「僕の力が必要なら力になりたい。一緒に行かせてほしい」
決意を固めるように言い切った。
「そうか……分かった。それならまずは、君の巣に戻って、話を通しておこうか」
(そうだった。忘れてた)
家出してきたから、全くお母さんやプヨルはこの事を知らないんだ。
(……けどなんだろう
今は会いたくない気持ちが強い。僕に色々と隠してコソコソとしていたのが腑に落ちない……)
「家族には会わなくていいよ。もうこの事は知ってるだろうし、それに気にしてないよ」
ぼくは嘘をついた。
「内緒で家出したんじゃないのか? 挨拶もしなくていいなんて……そんなことあるのか? 大丈夫なのか?」
「問題ないよ。どうせ、僕の事なんて何とも思ってないんだから」
男性は戸惑っていた。しかし、僕が強引に話を進めると、意向を認めてくれた。
「……なら、まずは近い街を目指すぞ。それでいいんだな?」
「うん、行こう!」
さらに笑顔で促して、家から離れる方へ歩いて行く。
「そういえば、お名前聞いてないよね? 教えてほしい」
男性の方を振り向いて聞いた。
「そうだったな。…‥青葉とうしだ、よろしく」
(青葉とうし……そのまま言うのは長い気がする。
何かしら呼びやすいように親しみがある表現で呼びたいな)
僕は少し考えた。
「それじゃあ、『あっくん』って呼んでいい?」
「何でもいい」
彼は素っ気なく返し、僕の行く方へくるように歩き出した。
(これでやっと一歩踏み出すことができるんだ)
ドキドキと胸が鼓動する。こんな胸の高鳴りは初めて。外の世界は本でしか見たことがない。楽しみで仕方がない。けど、今からこんなに気持ちが高ぶっていたら、着いた時には心臓が持たないかもしれない。落ち着かせるように立ち止まって深呼吸をした。
「うん? どうした?」
彼は突然立ち止まった。僕を変に思い、様子を伺った。
「大丈夫、行こう」
心配ないという事を伝えるように元気よく飛び上がる。喜びを前面に表現し、先に進んで行った。
これから小さな白竜が行った事のない世界を旅する。
驚きやワクワクがきっと沢山あるのだろう。
セロンはそう信じて疑わなかった。
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