第3話 「セロンが恐れていた事」

岩でできた小さな自室の中、机に向かって、僕は一人で本を読んでいた。


「喜んで受けましょう。僕の分をわけましょう。手を貸しましょうか?」

 独り言を言う。これは、セロンにとっては日々の勉強の一環である。


「困っている人は他の人と違った行動や仕草をしています。注意して観察してみましょう。へーそうなんだ。」


 勉強しているのは、〈人に優しく接する方法〉という本である。日々の日課で、人と接するときがいつ来てもいいように、勉強しているのである。


「よし、今日はここまで」

 本を本棚に戻して、次に読む本を探した。


(次は何を読もうかな)そう考えて選んだのは、〈世界の旅行ガイドブック〉である。


「やっぱり、この本がワクワクする」

本の表紙を見ただけでワクワクが止まらない。


どうして、人と接するための勉強をし、旅行ガイドブックにワクワクしてるのかと言うと、僕のやりたい事は、旅に出て、世界各地を観光し、色々な人と仲良くすることだからだ。


羽根の栞が挟んであるページを開き、章題から読み始める。


外の世界の観光名所が書かれている。

(パドラス地方には、岩屑(がんせつ)原(げん)というのがあって、岩が散りばめられたように広大に広がっている。ゴツゴツとしているが、山になっている訳ではなく、まるで岩の霊園のようである)


(へ~、砂じゃなくて岩がなだらかに広がってるんだ。何か生き物が住んでたりするのかな?)


 没頭して、読み進めていった。


 二五ページ程めくった頃、部屋の外から小さく話し声が聞こえて来た。


 聞き耳を立てた。

「そういう話はここでするな」

「しかし本当にいいんでしょうか?」

「ずっと前から決めていたことだ、今更うじうじするな」

「けど……」

聞き取れたのはここまでの会話までだった。嫌な予感がした。


 思考が止まり、本を読むのを再開できなかった。


ドアがノックされる。

「はい、なに?」

 ノックに対して短く返事をした。


 ドアがゆっくりと開かれて、母が部屋に入って来た。


「セロン、少し話したい事があるんだ。いいかい?」

「……2年ぶりぐらいだね、僕の部屋に来たの」

 母はしばらく帰って来なかったから、僕の部屋を訪れる機会はなかった。

だから不満を言葉でぶつけた。


「……そうだね、私も忙しくて帰れなかったんだ」

 母は少し困ったような表情をして言い訳がましく答えた。

 僕の不満は募るばかりである。


「それで……どういう話なの?」

 早く会話を終わらせたいので、促すように聞いた。


 母の表情は取り繕うように明るくなった。

「今日はセロンにとってうれしい日なんだよ。やっと、外の世界に行けるんだ」

「外の世界に行ってもいいの? どうして? そんな急に?」

 目を細め怪訝そうに聞いた。


「セロンを連れて外の世界を旅する案内人が来るからだよ」

「お母さんや兄弟が案内してくれたらダメなの?」

「お母さんとお兄ちゃん、お姉ちゃんは忙しくてできないんだ」

 母の言う事が信じられなかった。だってプヨルは、結構、毎日、僕の先生として教えてくれているから。その時間があれば、いくらでも外の世界に行く事だってできるはずだ。


「…分かった」

 セロンは、自分の心の反論を押し殺して、了解の返事をした。そして、曇った表情から表情を明るく装った。


「やっと外の世界を楽しむことができるんだね」

 様子を伺っていた母は、ホッとした表情で、声音を少し高くした。

「そうだとも、その人と一緒に外の世界を楽しんでおいで」

 母は満足そうに背を向けて、扉の前まで足を運んだ。


(……用事が済んだら、もう出ていくんだ……)


母はドアを開けた所で振り返えった。

「今日中に来るだろうから、もう少し待ってて」

母は言葉を残して部屋を後にした。


(……悪い予感が当たった)


(どうして人と接したこともないのに人が案内人なんだろうか? 

どして今になって外の世界を案内するんだろうか? 

いったい何の目的? 

どういう事?) 

セロンは頭を抱えた。そして、一つの答えにたどり着いた。ずっと心に抱えていた事、危機感を持っていた事だった。


(やっぱり、そういうことなのかな?)


 部屋にある姿見で自分の姿を確認した。


小さな手、短い脚、体も小さい、尻尾も短い、翼も飾り程度である。

生まれて二十一年程経つと言うのに体はちっとも成長していない。

白竜なのに力もさほど無く、身体能力も高くない。他の能力も低い。


 本棚の隣に置いてある帽子掛けに念じた。

しかし何も起こらなかった。それもそのはず、僕は魔法を使う事ができない。


哀しい気持ちになった。


ここまで能力が低いのは、僕がまだ幼いからというわけではなく、伸びしろがないからと自覚している。

兄弟は、僕くらいの歳から光のマナリスをもらっていて、魔法を使うことが出来たと聞いたことがある。僕には適性がないからと、もらう事が出来なかった。身体能力の向上にもマナリスが関係してくるから、もらえない自分は、成長も止まってしまう。


 セロンは本棚の下の隅にある本を取りに行った。

本を手に取り、表紙を見た。〈落ちこぼれドラゴン〉というタイトルの本である。

 セロンはその本の表紙をめくって読み始めた。

 

======================


ある森の中に竜が住んでいた。


竜には子供が三体いた。


二体は立派に育って高い能力を持ったが、一体は成長が遅れてしまい、能力持つことが出来なかった。


能力の違い見た母竜は、弱いお前は私の子ではないと突き放した。


そして、お前はいらない、と弱い子を崖から突き落とした。


 運よく生い茂った草が下に生えていたおかげで、弱い子は生き残ることが出来できた。


 生き残った弱い子は、ひっそりと岩のくぼみに隠れて暮らすことにした。


 しかし母がいない子竜の生き方は、とても竜とは思えないほど惨めなものだった。


 弱い子は、いつか立派な竜になりたいと、願い続けることしかできなかった。


 しかし、叶う事はなかった。


====================


 最後まで本を読み終えると、本を閉じ、表紙を哀しく見つめた。

自分と同じくらいの小さな竜が泣いている絵が自分と重なった。


(僕は落ちこぼれだから、絵本と同じように捨てられるのかな?)

 あのこともあるし。視線を落とし、絨毯のほつれが目に入った。


 目を閉じてしばらく黙った。


(気持ちを整理して、落ち着かせよう)


 このまま、母に従うと、僕を案内する人が来て一緒に行く事になる。

聞く限りでは、やっと僕の悲願が叶うように聞こえる。

けど、今まで、外の世界に行くのを禁止されている。

そして、さっき壁の向こうから盗み聞きした怪しい内容もある。

僕だけずっと他の兄弟と対応が違うこともある。

弱い僕を知らない人に任せるという不自然さもある。

そして、少し前にこっそり聞いた【会議】…。


(きっと、僕は知らない人に連れていかれて、実験台かなんかにされるんだ。

そうに違いない)


ゆっくりと深呼吸をして、目を開いた。


(崖から落とされる前に逃げないと)


そう心に決めると、本棚から必要だと思ったいくつかの本を取り出した。


(この時の為に勉強してきたんだから)


小物ラックの上にある小さな人の形をした人形が目に入った。

あの人形は、人に見立てて、挨拶やコミュニケーションを取るためのシミュレーションをしてきたもの。

(何回も練習してきたんだから、外の世界でもやっていけるはず)


日記、ノート、使う機会がなかった貯金袋など、必要な荷物を自分の体程あるバックに詰め込んだ。


最後に、机に座って、置手紙を書く事にした。


=====================


僕は一人で旅に出ます。探さないでください。 セロン


====================


セロンは、荷物を背負い、静かに自室から出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る