公園の石像に触れただけで石化の呪いを解いてしまい、銀髪クーデレ魔王にめちゃくちゃ懐かれた。
会澤迅一
第1話 無効化チートによる平穏な日々
俺は争いが嫌いだ。
悲鳴、泣き声、怒鳴り声。
それらが連鎖して俺の平穏を壊していくのが、たまらなく不快だ。
だから俺は、不穏の芽を見つけたら即座に摘み取る。容赦なく、例外なく。
それが、今世での俺の流儀だ。
◇
王都から遠く離れた村。
その村の外れにある小さな小さな公園。
静かで人目も無いこの場所は、俺の聖域だ。
暖かな木漏れ日、歌う小鳥たち、咲き乱れる花々。
俺の望む『平穏』が、ここにはある。
「ふぅ……」
俺はベンチに腰掛け、深く静かに息を吐いた。
日本で社畜として死んだ俺が誓ったのは、『ラクに平穏に暮らす』ということ。
神が俺に与えた能力は、規格外のチートスキル【無効化】。
攻撃魔法はもちろん、毒、呪い、洗脳、即死、封印……あらゆる『有害な異常』を一方的に打ち消す究極の能力だ。
『この力で魔王を倒し、勇者になれ』
神はそう言った。
だが、俺は断った。
勇者は目立つ。目立てば争いが寄ってくる。
それはつまり、平穏が遠のくということだ。
「せっかくチートをもらったんだ。スローライフが最強だろ」
神との会話を思い出し、ニヤリと笑う。ふと視線を上げると、公園の奥に立つ石像が目に入った。
長い銀髪、閉じられた瞳、どこか憂いを帯びた美女の石像。
土砂崩れにより出土したこの像を、村人たちは『女神像』と呼んでいる。
だが、その呼び名は間違っている。
像の台座に刻まれた古代文字を、俺は毎回確認する。
『災厄の魔王ラーナ。英雄の呪いにより、千年の眠りにつく』
コイツは女神などではない。千年前にこの世界を恐怖に陥れた、神話上の魔王なのだ。
「大昔にこんなヤツがいたなんて、にわかには信じがたいな」
いつも通り眺めていると、像の台座が昨日の雨で少し緩んだのか、像が傾きかけていることに気付いた。
このまま放置すれば、倒れて欠けてしまうかもしれない。
村人の中には、この像を好んでいる奴が大勢いる。奴らが悲しめば村の雰囲気が悪くなる。そうなれば俺の平穏が乱れる。
それは不穏の芽だ。
俺は立ち上がり、像を設置しなおそうとして、触れた。
その瞬間、【無効化】が発動した。
「……しまった」
すごく嫌な予感がする。
俺の【無効化】は、触れた異能を打ち消す。
石化という『状態異常』を解除してしまったかもしれない。
次の瞬間。
地鳴りのような音を立て、像の全身に無数の亀裂が走る。
亀裂から強烈な光が噴き出し、石の塊は砂と化し、サラサラと地面に散らばる。
白煙の中から、ひとりの美しい少女が姿を現した。
長い銀髪。白磁の肌。こめかみから角が二本。黒と深紅の豪奢な衣装。
そして、全身からあふれる圧倒的な魔力。
銀糸の
ルビーのような瞳が俺を見据えた。
「千年ぶりか……世界は相も変わらず、退屈と享楽に満ち満ちているらしい」
愉悦と威厳をたたえた、甘く蠱惑的な声色。
俺は確信した。
コイツは本物だ。本物の魔王だ。
絶対者の風格がある。
俺と同じだ。
「呪いを解いてしまったか。面倒な」
だが、後悔はしない。無駄だから。
起きた事は淡々と処理するべきだ。
魔王が俺を、まっすぐ見据えた。
「貴様……わらわの石化の呪いを、触れただけで打ち消したな」
「そうだな。事故だが、俺がやった」
「ふむ、興が乗った。名乗るが良い」
俺は一歩、前に出た。
不穏の芽を見つけたら、まずは根深さを確認する。
「ひとつ聞く。今この瞬間、俺を、この村を、この世界を、敵に回すつもりはあるか?」
魔王は一瞬、目を見開く。
そして、口の端をゆるめて小さく笑った。その笑みは、石像と同じく憂いを帯びていた。
「無い。むしろ、礼を言いたいくらいだ」
「そうか」
ならば、話は早い。
「では、好きなようにすれば良い」
俺はきびすを返し、ベンチへと戻る。
「待て」
振り返ると、魔王は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「戦わないのか? 人族が魔族を前にして、その反応は珍しい。もう戦争は終わったのか?」
「まさか」
言いながら、俺はベンチに腰掛けた。
「人族も魔族も、憎み合い争い合っているよ」
足を組み、背もたれに片腕を預ける。
「俺がお前を見逃すことも、厳密に言えば刑法違反だ。だが、報告が面倒なので見逃してやる」
「ふむ……ではもし仮に、わらわがそなたを脅かしうる場合は?」
「即、その場で殺す」
魔王の瞳孔が
俺は動じない。覚悟は常に出来ている。
しかし、ここで戦うと村に被害が及びかねん。
さて、どうするか。
やがて魔王は、
「──ははっ、ははははは」
声を上げて、楽しそうに笑った。
「千年ぶりに目覚めた魔王を相手に、いきなり死刑宣告とは……面白い男だな、貴様」
そして俺に歩み寄り、右手を差し出した。
「わらわはラーナ。魔族を束ねし、真なる魔王だ。あなたの名は?」
差し出された手を取り、強く握る。
「ハルマだ。ナガエ・ハルマ。長生きしたければ、俺の邪魔はするな」
「ハルマ……」
ラーナは頬を桃色に染めた。違和感。まるで恋に落ちた少女のように目を輝かせている。
「あなたは、わらわの封印を解いた。恩は返す。命も、力も、必要ならば身体もだ」
「いらん。要求はひとつだけだ」
「申し付けよ」
「俺の平穏を守れ。それだけで良い」
「ふむ。やはり、あなたは難しい」
ラーナは拗ねたように唇を尖らせ、
「だからこそ面白い」
すぐに満面の笑みを浮かべ、俺の前で、はっきりと宣言した。
「わらわは今日から、主殿のすぐそばで、主殿の平穏を守る魔王となろう」
「え?」
「先の言葉は『ぷろぽーず』というのか? やはり面白い男よの」
『俺の平穏を守れ』というのは『俺を困らせるな』という意味であって、『俺に仕えろ』という意味ではないのだが。
訂正しようと思ったその瞬間、背後から魔力の反応が近づいてきた。
視線を向ける。
空の彼方から、一頭のドラゴンが急速接近中。
おおかた、魔王ラーナの復活に引き寄せられたのだろう。
俺は、ため息を一つこぼした。
「……魔王」
「ラーナだ。名で呼んでたも」
「ラーナ。腹減ってるか?」
「ふ。わらわは高貴な魔族の王。主殿と言えど、施しは受けないぞよ」
言うが早いか、ラーナの腹が鳴った。
いや吠えたというべきか、とにもかくにも大きな音を立てた。
「……」
ラーナは無言で顔を赤らめる。今度は無表情だ。人並みの恥じらいはあるらしい。
「千年ぶりに目覚めたんだ。腹が鳴って当然だ」
「……言ってくれるな」
人並み外れた美貌を手で隠す様は、なかなか愛嬌があった。
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