結月姉妹は離れない ~結婚して一緒のお墓に入って生まれ変わっても愛し合いたい姉妹の話~
かぼすぼす
浮気なんて最低ですっ!
見知らぬ誰かに抱きしめられている。
私――
ベッドのシーツは大きく盛り上がっていて。
どう見ても、ベッドにはもうひとりいた。
人を連れ込んだ記憶はない。そもそもここは寮だ。
忍びこめるような場所じゃない。
なら幽霊かなにかでも入れてしまったのかと、おそるおそるシーツをめくる。
するとそこには、一糸まとわぬ姿の美少女が幸せそうに眠っていた。
白銀の髪と透き通るような肌が、差し込んだ日の光に照らされている。
一瞬驚いてしまったけれど、寝込みを襲ってきた人の正体を知ってほっとした。
「……ユキ。起きなさい」
「……んぅ。……おねえ、さま……おはようございます……」
気だるげなまなざしを向けてくる。
まあ、私のベッドに入り込んでくるような人なんてこの子しかいない。
ひさしぶりのことだから、すこしびっくりしただけで。
前はこれが日常だった。
「おはようございます、じゃないわよ。勝手に私のベッドに入ってこないでって言ってるでしょ」
「だって……お姉さまがいないと寂しいんですもの。今まで、私がどれだけ寂しかったことか……! お姉さまも、私と同じ気持ちでいてくださっていると思っていたのに……!」
ユキはシーツをきゅっと握り締める。
離れていたのはたった一年じゃないの。
そう心の中では思っても、面倒なので口には出さないことにした。
「はいはい。そろそろ姉離れしなさい」
「嫌です! ずっとお姉さまと一緒にいたいです!」
子供みたいに駄々をこねるユキ。
一年経っても妹はあまり変わっていなかった。
強いて言うなら、すこし背が伸びたくらいかしら。
「いいからはやく服を着なさい。風邪ひいちゃうわよ」
「あら、もしかしてお姉さまったら目のやり場に困っているんですか? きのうはお姉さまのほうからむりやり脱がせてきたのに……」
「はやく着なさいって言ってるでしょう」
「わぶ」
いつもあなたが勝手に脱いでるだけじゃない。
それにしてもなんでこの子脱ぐのかしら。暑いから?
不思議に思っていると、もっと不可解な謎があることに気付く。
「……ユキ、あなたどうやってここに入ってきたの?」
「お姉さまのキスをいただけるのなら、お話ししますよ」
「はぁ……ならいいわ」
「お姉さま!? 合法でかわいい妹とキスできるチャンスですよ!?」
「妹とのキスが合法になることなんてないわ」
昔からこの妹は私のそばにいるために手段を選ばない。
学年が違っても休み時間になるたびに遊びに来るし、修学旅行の時も付いてきた。
さすがに姉離れしてもらおうと、わざわざ寮があって難関校のここ――
この子は成績を上げて追いかけてきた。
机の写真立てに納まっている、幼いユキの写真をちらりと見る。
昔はどこに行ってもついてきてかわいい、なんて思っていたけれど。
まさか高校生になってもべったりされるなんて……。
姉離れさせておくから、というお母さまの言葉はなんだったのか。
顔を洗っているときも着替えているときもじーっと熱いまなざしを向けてくる。
視線が気になるけど、この子は怒っても喜ぶから放っておくのが一番なのよね。
……本当に手に負えない。
一生このままなのかしらと、不安がよぎる。
ちらりと、制服に付いている二輪の花のブローチを見る。
こういうとき、お姉様ならどうするかしら。
あの人なら、上手く言って聞かせられそうな気がする。
「行くわよ、ユキ」
「はいっ! お姉さま!」
部屋から出ると、さっと腕をからめてきた。
まるで付き合いたての恋人のような勢いで。
食堂でも私の隣をキープしてくる。
そして、パンをひとかけら私の口へ運んだ。
「お姉さま、あーん」
「しないわよ。他の人もいるんだから、みっともない真似はやめなさい」
「じゃあ他の人がいない場所ならいいんですね。わかりました。あとでたくさん楽しみましょうね!」
「そういうことじゃなくて……はぁ……」
「お姉さま、きょうはため息が多いですね……。なにか憂鬱なことがあるなら、私にお任せください。かならずお役に立ってみせますから!」
屈託のない笑顔で言われて、頭が痛くなった。
*
*
*
午前中の授業が終わった、昼休み。
当然のようにユキは現れた。
「ねえ……あなた友達はいるの?」
あまりに私のそばにやってくるから、ついついきわどい質問をしてしまった。
でも誰だって心配になるでしょう。もしかしたら話せる人がいないんじゃないかって。
「いませんよ?」
「えっ……ま、まあそうよね。まだ高校生になったばかりだものね」
今までも含めての質問だったけど、答えがあまりにもあっさりとしていたから、これ以上は聞くに聞けなかった。
「そもそも友達って必要なんですか? 私にはお姉さまがいるのに」
言葉が出ない。
この子ったら青春を私ひとりに捧げるつもり?
冗談じゃないわ。
「そ、そう……お、お昼ご飯を食べるなら、とっておきの場所があるのよ。そこに行きましょう」
「はい!」
きょうくらいはふたりで昼ご飯を食べようと思っていたけれど、予定を変えましょう。
やっぱりこのままじゃいけないわ。
私だってずっとそばにいられるわけではないし、この子を自立させないと。
校舎の端にひっそりとある、人気のない部屋。
文芸部と記されたそこにユキを連れてくる。
「文芸部……? お姉さま、部員だったんですか?」
「ええ。それと、あなたに紹介したい人がいるの」
「えっ……?」
怪訝な顔をするユキの背中をそっと押して、部室に入れる。
「やあ。久しぶりだね。すず」
「こちらこそお久しぶりです。お姉様」
奥に進むと、私のお姉様が紅茶を飲んでいた。
所作が美しくて絵になるわね……。
「お姉さま? この人は一体……」
「紹介するわ、ユキ。この人は
「よろしくね」
爽やかな微笑みを浮かべながら、ユキに右手を差し出すお姉様。
切れ長の瞳にボーイッシュな髪型。
とても凛々しい顔立ちをしていて、結花女学院の王子様なんて呼ばれている。
ユキは差し出された手に目もくれず、呪いの人形のような動きでこちらを振り返った。
「お姉様って……どういうことですか?」
「ガイダンスのときに言われなかった? この学校の、姉妹制度」
「……えっ?」
「ちゃんと先生の話を聞きなさいよ」
この結花女学院では、先輩が後輩を指導するために姉妹の契りを交わす、
花のブローチを一輪、交換する儀式を済ませば晴れて
「詩織様から、ほんとうにたくさんのことを教えていただいたの。だから、ユキにも紹介しておきたくて」
「つまりお姉様は、私以外の人とも姉妹になったんですね……」
制服の端をぎゅっと握るユキ。
あ……これは……。
「浮気なんて最低ですっ! お姉さまのばかーーっ!」
ユキはそう叫んでから、子供に追いかけられた猫のような勢いで部室を飛び出した。
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