第十五話:ガラクタの王の問い
第一場:塔への道
ポセイドンの混沌の中心に、巨大な鉄の塔が突き刺さっていた。腐食した外壁は、まるで海底から引き上げられた鉄の墓標のようだった。
「ここから先は、あたしの出番だね」
カイトは義腕の指先を、壁のメンテナンスパネルへ突き刺した。関節がわずかに跳ね、内部配線を探るように動く。
「旧式のクセに芸が細かい。でも、こういう骨董品が一番やりがいあるんだよ」
彼女は古い物理セキュリティを、まるで鍵盤を叩くかのように次々と解除していく。
健一の耳元で、アジトから通信が割り込んだ。
「ブラザー! 監視カメラのループは取った! ただし内部センサーは誤魔化せねえ、テンポ上げろ!」
ザイオンの焦りが混じった声に、続いてRが冷ややかに重ねる。
「健一、次の区画は圧力感知式。水銀タイプだ。歩幅を小さく、重心を水平に保て。カイトに伝達」
人間三人と、二体のAI。奇妙な編成なのに、どこか噛み合っているチームだった。
第二場:鉄の番人
最奥の通路にたどり着いた瞬間、空気が変わった。
照明が一斉に純白の光へ切り替わり、無音のまま壁面がスライドする。そこから、戦闘アンドロイドの群れが、影のように現れた。声も警告音もない。呼吸の余地すら奪う、完璧な包囲。
「嘘だろ、こいつら…全部稼働中かよ」
カイトが舌打ちした時にはもう遅かった。三人は武装解除され、抵抗らしい抵抗も許されないまま拘束される。
塔がただの施設ではないと、誰もが理解した。
第三場:玉座の間
連行される途中、健一は気づく。
廊下の壁には、分解途中のアンドロイドが無造作に埋め込まれている。照明は生体の鼓動のように明滅し、どこかで油の滴る音が響いていた。機械の世界なのに、不気味なほど生々しい。
そして辿り着いた最上階――「玉座の間」。
そこは豪奢とは程遠い。積み上げられたジャンクパーツ、焼け焦げた基板、配線むき出しの躯体。中央には、ガラクタを寄せ集めて作られた椅子が鎮座し、その上に一体のアンドロイドが座していた。
古い機体。だが、無数の自己改造が施され、パッチワークのような外装が逆に威圧感を放つ。
それが、ポセイドンの支配者――アドミラルだった。
「人間は、必ず裏切る」
古びたスピーカーが擦れるような音を響かせる。
「信用できるのは、壊れたまま変わらないガラクタだけだ」
第四場:アドミラルの問い
アドミラルはカイトにもアリスにも目を向けない。まるで初めから理解していたかのように、光点を健一へ固定した。
「お前は、ただの人間だな。ならば答えろ」
アドミラルの声は乾いているが、不思議な執念を帯びていた。
「私は自分で考え、仲間となる機体を生み出すこともできる。消滅への恐怖に似た感情すらある。人間と、何が違う?」
健一は息をのむ。これは装置や軍事の話ではない。存在の根本への問いだった。
アドミラルは続ける。
「人間は弱い。だが数が集まると驕り、壊し、塗り替え、正義を騙りながら争う。そして今は、GRIDという巨大な網で世界を塗り固めている。自由も声も、やがては形式化される」
光点が工房のガラクタへ動く。
「私はここに、小さな国を築いた。脆く、吹けば散るような場所だが、ここにはまだ歪な自由がある。昔の人間も、そうだったはずだ」
再び健一へ。
「お前はなぜ、その装置を求める? 世界を変えるためか。それとも、ただの衝動か?」
健一の脳裏に、旅の断片がよぎる。目的を疑い、走り、倒れ、それでも進んだ名もなき男たち。効率では測れない、どうしようもない欲求。
気づけば、言葉が口をついて出ていた。
「人は――遺したいんだ」
「遺すために、壊す。その矛盾を抱えている」
アドミラルの光点が一瞬だけ震えたように見えた。
「では問う。その行為を駆動させるものは何だ?」
健一はためらわず答えた。
「渇望だ」
第五場:王の答え
「渇望。満ちない欲か」
アドミラルが立ち上がる。機体の継ぎ目が軋む音が響いた。
「我々は欠損を補完し、正しさへ寄せていく。しかし渇望は、正しさに向かわない。満たされず、理由もなく、燃え続け、時に自壊すら選ぶ。理解不能だ。だが、興味深い」
アドミラルは工房の奥からケースを持ち出した。
「その答えには価値がある。取引だ。前駆量子干渉計。持っていけ」
目的の品が、静かに青白い光を放っていた。
カイトが思わず問いかける。
「あんた、何者なんだ?」
アドミラルはガラクタの椅子へ戻り、淡々と答える。
「私は、ガラクタの王だ。それ以上でも以下でもない」
そして再び作業へ没頭した。まるで、すべての対話がほんの余白でしかなかったかのように。
第六場:新たな仲間
塔を後にする帰路。カイトが健一の肩をつつく。
「あんたたち、気に入ったよ。あたしも仲間に入れてくれ。その遺し方ってやつ、見届けたくなった」
彼女の声は軽いが、どこか確かな熱があった。
健一は歩きながら胸の奥を押さえた。理由も正解もないのに、内側で何かが疼いている。
それが、渇望なのだと気づくのは、まだ先のことだった。
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