【短編】底辺配信者の私が喚んだのは、放送事故級の『邪神ちゃん』でした ~百合で娘でママってなぁに?~

malka

第1話 『私に”色”をくれる場所』

「えへへ。これで、契約成立だね♡」

 ちっちゃ可愛いクロが、とろんとした瞳で私を見つめ。妖艶に、けれど無邪気に微笑んだ。

「ママは、ずーっと私のモノ。私はずーっと貴女のママ。だから、ね?」




 ――それはほんの数時間前の事。



 世界はいつも灰色。

 大学も、電車の中も、美術館も、コンサート会場も、全部灰色。

 彩度を失ったモノクロ映画の世界が私の世界。ただ淡々と、無機質に過ぎ去っていく。

 この、『穴』の中と、皆との『繋がり』を除いては。


 「……こんしろぉ。底辺探索者の、『ましろ』……だよぉ。きょ、今日も渋谷初心者ダンジョンで。ゆるっと配信、します」


 ドローンカメラに向かって、にへらっと、愛想笑い。口角を僅かに上げた……つもり。

 端に浮かぶ同接数は『12』。


 ドローンのモニターから、色があふれ出す。虹色の輝きが、私の視界を鮮やかに染め上げる。


『主、顔はいいんだよなぁ。もうちょいこう、大学生ならお化粧とかさぁ』

『ばっかおま、ダウナー合法ロリからしか摂取できない栄養があるんだぞ』

『テンション低めのゆるゆるボイス、はかどる』

『今日も不思議ちゃん呟き、待ってます』

『いつもの初心者ダンジョン巡り、和む』


 コアなファンっていうのかな? 同時接続数はいつも何故か12人だけ。入れ代わり立ち代わり、12人。

 でも、たくさんコメントをくれる人達。


「え、えへへ」

 あふれ出た色彩、脳髄に直接糖分をぶち込まれたみたいに、頬の筋肉が勝手に緩む。

 キモい笑顔になってないか不安で、慌てて口元を手で隠した。


『やっば、中毒になる笑顔』

『ダウナー不器用っ子なのに、コメに反応して、ほんにゃり笑顔。ガチ天使』

『絶やすなよ、コメントをよぉ。ましろちゃんの笑顔を消す奴は処刑』


 13歳の頃から、私は色が見えなくなった。それで、イラストの専門学校への進学も諦めて、普通の大学に進んだ。

 既存のどんな病気にも合致しなくて原因不明。

 それから、お洋服はゴシック系のドレスをいつも着る事にしたの。浮いた痛い子って、冷ややかに見られることもあるけれど。

 綺麗なコントラストカラーは私には見えなくても……せめて灰色の世界の中でも、モノトナスなだけなのよって、強がりたくて。


 そんな私に、鮮やかな色を伝えてくれるモノがある。


 一つが、配信のコメント欄。

 直接人と会ってもダメ。オンラインゲームのチャットは……ちょっと色をくれる。

 でも、このリアルタイムに私だけに向けられる配信コメントの色は別格。


 そしてもう一つ。

「じゃぁ……進む、ね。行くよ、ポチ」


 薄水色から、紺色へのグラデーションが満ちる洞窟。世界中にあふれるダンジョン。

 世界にあふれる悪いマナの浄化装置。

 でもそんなの関係ない。

 私にとっては、世界で数少ない、『色』を魅せてくれる場所。


「てけり・り、てけり・り~」

 皆には笛の音みたいな鳴き声にしか聞こえないらしい。私にだけ聞こえる、この子の変わった泣き声。

 ぽよん、ぽよん、ずるずる、ぽよん。楽しそうに後をついてくる、スライムちゃん。


 現代人は、誰でも一つは持ってるスキル。

 私のは、召喚スキル。

 それで呼び出した、真っ黒なスライムちゃんが、ポチ。

 黒蝶真珠みたいなまぁるい硬いのが、出たり入ったり。目玉の代わりかな? って思ってる。意外と可愛い。それに、抱っこすると、ひんやりして気持ちいいし。

 それになにより、この子はいつでも『漆黒』の色を私にくれる。灰色一色の世界にいつも変化をくれる子。

 スキルがダンジョンと繋がってるから、かな? なぜかこの子の色はいつでも、見える。



 いろんな『青』を見せてくれるダンジョンを進む私。ダンジョンによって色はみんな違うけれど、渋谷の初心者ダンジョンは綺麗な青のグラデーション。

 昔、ママに連れて行ってもらった水族館みたいな色が私だけをお迎えしてくれる、大好きなダンジョンの一つ。

 皆には見えない、私だけの『青』色。


 たま~に出てくる、道中の歩くキノコさん達は、ポチがもぐもぐ食べてくれるから安心快適。

 青色探索。

 浅黄色、金青色、薄花色、深藍色、いろ~んな青が満ちている。


 「あれ?」

 

 夢中で青色を楽しんでいたら、違う色が混ざり始めてる?

 ちょっと湿り気を帯びた洞窟ダンジョンの岩肌――よく見たら、私が通れちゃいそうな裂け目がある。

 ぱくりと開いた大きな割れ目。その奥から極彩色の、とろりとした油絵具みたいな不思議な質感の光が漏れ出している。


 こんなの初めて!


 『あれ? ましろちゃん、そっちに道無いよ?』

 『壁にぶつかっちゃう、危ないよ』

 『ポチちゃん、ついて行こうとしてる。何か見えてる?』

 『ポチ、いつにもまして黒真珠? が表面にいっぱい。ここまでくるとちょっと気色悪い』


 「わぁ……わぁ」

 こんな色とりどりなの、まだ色が見えていた頃だって、こんなの見た事ない。


「すごい。すごいすごい。すごい!!」

 目から入った色彩の洪水が、私の頭の中を満たしていく。

 異常な興奮に襲われているって、分かっている。

 でも、やめられない、止まれない。


 だって、だって、こんなに綺麗な色に満ちているんだよ!?


 もっと、もっともっともっと……。


 縦にぱっくりと開いた亀裂に足をそっと差し入れる。

 真っ黒だった亀裂が、脚と触れたところから薄黄色の光を零す。

 右手を差し入れる。

 指が通ると、滅紫色、薄桃色、紅色、照柿色、裏葉色、色がどんどんあふれ出してくる。


 「たのしい!!」


 『え、え? ましろちゃんなにが?』

 『ましろちゃんがダンジョンの壁に入っていく』

 『どうなってるのこれ、レスキュー? 皆で探索者センターに緊急コールした方が良い?』

 『ましろちゃん、お目目がグルグルしてない?』

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