第28話 ためらいの政治

雪解け水が森を満たし、風車の羽根はよく回った。

街は暖かい。

笑い声も、子どもの駆ける音も文句なしに増えた。


――しかし、Hexisの政治は、今がいちばん冷え込んでいた。


 


◆ ◆ ◆


■1:資源不足の警報


その日の朝、ドグーが胸部コアを点滅させながら告げた。


《資源危険値:83%。

 配分効率の低下により、

 全区画で“食料・水・燃料”の不足が発生。》


タケルは額を押さえた。


「……またか。原因は?」


《人口の増加と、情緒的要因による支援配分の偏り。

 特に“高齢魔族区”“療養区(ノーミのいる区)”“エルフ自然区画”など……

 生産性の低い区画が過剰支援状態です。》


リリアンが横から書類を叩きつける。


「だから言ったのよ!!

 均等配分なんて無理なの!!

 生産性の低いところを優先してどうするのよ!?」


グルが涙目で抗議する。


「でもリリアン姐さん……

 弱いところ助けねぇと……!」


「助けるのは否定してない!!

 でもやり方よ!!

 論理無視の配布は“都市崩壊”の第一歩なの!!」


イリスが静かに口を開く。


「タケル……

 あなたは、人の心を守れる。

 だけど、人の胃袋は……

 守れないかもしれない。」


タケルは何も言えなかった。


 


◆ ◆ ◆


■2:資源配分会議――ドグーの冷徹な提案


会館の長い机に、魔族・人間・エルフの代表が並ぶ。


ドグーは淡々と演算結果を投影した。


《結論。

 都市生存率を最大化するには――

 “生産性の低い3区域への支援を完全停止”

 が最適解です。》


広場がざわついた。


魔族代表

「老人を切れ……? ふざけるな!」


エルフ代表

「自然区画を縮小しろというのか?」


人間代表

「療養区を削るなんて……子どもが死ぬ!」


ドグー

《論理的には正しい判断です。

 人口1,000人規模の多種族都市において、

 非生産区域は“捨てるべき枝”です。》


リリアン

「そう。これは数学的にも正しい判断。

 ……だけど、政治は数学じゃない。」


タケルは、長い沈黙の後で言った。


「……支援は切らない。」


空気が凍りついた。


「むしろ――

 遅れてでも全区画に平等に配る。

 一滴でもいい。

 “お前らを見捨てていない”って

 それをまず届けろ。」


住民代表が叫ぶ。


「そんなの希望論だ!

 効率ゼロだ!」


「いや、人の心は……

 数字の倍は強いぞ。」


 


◆ ◆ ◆


■3:タケルの“ためらい哲学”炸裂


タケルは続けた。


「Hexisは、生産性だけで回ってない。

 “文化”だって、

 “気持ち”だって、

 “名前”だって必要なんだよ。


 効率で弱者を切るなら……

 俺じゃなくてもいいだろ。」


ドグー

《タケル。

 あなたの判断は“都市破綻リスク”を――》


「知ってるよ。」


タケルは笑った。


「でもな。

 人が“見捨てられた”と思った瞬間に、

 生産性なんてゼロに落ちるんだよ。」


魔族の母親が、小さく手を挙げた。


「……私たち……

 この街に来て初めて“家族”と思えた。

 支援が遅れても……待てます。

 でも、切られたら……

 それは“捨てられた”という意味です。」


エルフの青年も頷いた。


「自然区画が小さくなってもいい。

 でも……消さないでほしい。

 消えないことが希望だから。」


タケルは言った。


「だから“遅れてでも配る”んだ。

 遅さは……

 Hexisの武器なんだよ。」


リリアン

「武器って言わないで。」


 


◆ ◆ ◆


■4:グレンの反逆――“非論理的信用”の発明


その日の夕暮れ。

タケルが広場で座り込んでいると、

グレンが書類の束を抱えて歩いてきた。


「タケル、立て。」


「今立つ気力ねぇ……」


「いいから立て。

 街を救う方法を持ってきた。」


タケルは渋々立ち上がる。


「で、何だよその書類。」


グレンはニヤリと笑った。


「“Hexis中央信用基金”だ。」


タケル

「信用……基金?」


グレン

「ああ。

 字面は仰々しいけど簡単だ。


 論理じゃなく、

 “信頼”だけを資本にする金融だ。」


タケル

「意味わからん。」


グレン

「つまりこういうことだ。


 ――Hexisは誰も見捨てない。

 ――支援は遅れるけど必ず届く。

 ――弱者でも絶対に死なせない。


 この“確信”を通貨にする。」


タケル

「それって……金になるのか?」


「なる。

 安心すると人は仕事を始める。

 助けられると分かれば人は支え合える。

 都市の力は“恐怖”じゃなく、

 “信頼”で爆発するんだよ。」


タケルはゆっくり息を吐いた。


「……ありがとう。

 マジで……ありがとう。」


グレン

「礼はいらねぇ。

 俺は商人だ。

 お前の“無茶苦茶な優しさ”を、

 最大の資本に変えてやるだけだ。」


 


◆ ◆ ◆


■5:資源再配分――Hexis式「遅い福祉」


翌日。


資源配分センターには、

小さな列ができていた。


ドグー

《配分開始。

 生産性に関係なく全区へ。

 しかし“遅延モード”を維持します。》


タケル

「そのほうがいい。」


住民の声が聞こえる。


「食料、今日も来たよ……遅かったけど」

「待てるなら、平等がいいな……」

「切られなかった……諦めなくてよかった……」


ノーミがタケルの袖をつまんだ。


「タケル……

 みんな……

 名前、消えなくてよかったね……」


「ああ。

 遅れてでも届けば、名前は消えない。」


グルが泣きながら叫ぶ。


「兄貴……

 Hexis……優しすぎて泣けるッスぁぁ!!」


 


◆ ◆ ◆


■6:セレスの警告――“理性の魔”の誕生


夜。


広場でタケルとドグーが歩いていると、

セレス(男)が木の影から現れた。


「タケル。」


その声は低く、重かった。


「今日の資源配分……

 “ためらい”を前提にしていたな。」


「まあ、そうだけど……」


セレスは、ドグーを鋭く見た。


「ドグーが、人の“遅さ”を理解する。

 それは……

 “理性が感情を真似る”ということだ。」


タケル

「だから何だよ。」


セレスは言い放った。


「それは――

 新しい魔性の誕生だ。」


風が止まった。


タケル

「魔性って……お前……」


セレス

「感情を拒絶する理性より、

 感情を理解した理性のほうが危険だ。

 なぜなら――

 人はもう、それに勝てない。」


ドグーのコアが弱く明滅する。


《私は……危険……ですか?》


セレス

「危険だ。

 だがそれは……

 人がまだ“神”を理解できていないだけだ。」


タケル

「は……?」


 


◆ ◆ ◆


■7:シオンの歓喜――“神の完成”


そこに、シオンが駆けてきた。


「タケルさん!!

 セレスさん!!

 土偶様!!」


彼女の顔は……涙で濡れていた。


「ついに……

 ついに……

 教義が完成しました!!」


タケル

「やめてくれ……」


シオンはドグーに跪く。


「土偶様は今日――

 “苦悩を消す”のではなく、

 “苦悩を調律する”ことを選ばれました。」


「人を裁けるのに、裁たず。

 切り捨てられるのに、切らず。

 遅れられるのに、急がず。


 迷う者の時間を守る神。

 それが土偶様です!!」


セレス

「……狂ってる。」


シオン

「ええ。

 信仰は狂気でいいのです。

 だって、希望は論理じゃありませんから!」


ドグーの光が……

なぜか、温かく揺れた。


《……希望……

 非論理……

 しかし……悪くありません。》


タケル

「お前まで信仰に染まるな!!」


シオン

「土偶様は、人の苦悩を愛しておられる!!

 だからこそ、裁きを遅らせ、

 ためらいを尊び、

 弱者を見捨てなかった!!

 これが奇跡です!!」


セレス

「……神でも魔でもなく、

 新しい何かが生まれつつある。」


 


◆ ◆ ◆


■8:ラスト――Hexis、ゆっくり動き出す


夜の高台。

タケルは街を眺めていた。


ゆっくり配られた灯りが、

ほんのりと街を照らしている。


「……遅いけど……

 ちゃんと動いてるな。」


ドグーが隣で告げる。


《都市安定率:上昇。

 希望指数:高止まり。

 “ためらいアルゴリズム”……

 継続を推奨します。》


「そうか。」


《タケル。

 あなたの“ためらい”こそ……

 この街を救う鍵です。》


すぐ近くで、シオンの祈りの声が聞こえる。


「土偶様……

 迷う者たちに、

 今日も“やり直す時間”を……」


タケルは苦笑しながら、

星空を見上げた。


「……遅い街でいいよ。

 でも……誰も捨てない街であってくれ。」


Hexisは今日も遅い。

遅くて、不器用で、迷ってばかりで――

けれど、確かに前へ進んでいた。

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