第26話 分断
街は大きくなった。
光と風と魔力が混ざり、多種族が笑い合い、
夜にはランタンが揺れ、
子どもたちの声が空を満たす。
それは確かに“成功”と呼べる景色だった。
……だが、成功の影はいつだって静かに忍び寄る。
◆ ◆ ◆
■導入:朝の落書き
朝。
タケルが学校へ向かう途中、
ふと壁に黒い線が走っているのに気付く。
近づいて目を細める。
そこには、雑な筆跡でこう書かれていた。
「帰れ、よそ者」
タケルは眉をひそめた。
少し歩くと、別の壁にも。
「魔族に支配されるな」
そして、学校の裏には――
「Hexisは失敗する」
タケルは額を押さえた。
「……またかよ。」
ドグーが、この状況に慣れた調子で告げる。
《落書き生成率:週平均4.2件。
魔力インク使用率:88%。
消去作業の負担――増大。》
「分析しなくていいから……」
落書きは、ここ数週間で急増していた。
それは誰かの悪意か、恐怖か、
ただの八つ当たりか――
判断できない“揺らぎ”そのものだった。
◆ ◆ ◆
■① 魔族内部の揺れ:過激派の影
昼、広場でリリー司令官と会う。
その顔は、苦々しさで固まっていた。
「タケル……聞いたか?」
「何を?」
リリーは深く息を吐く。
「魔族内部の一部が、
“Hexisは新しい支配だ”と吹聴している。」
タケルは視線を落とす。
リリーは続けた。
「『人間に魂を売るな』
『虚核の誇りを取り戻せ』
そんな声が……増えている。」
セレスが隣で目を細めた。
「あなたの痛みは、調律の歪みだ。
種族を越えて歌うには、
必ず“逆風”が生まれる。」
リリーは悔しげに笑う。
「共存を選んだ私は……
我が一族の中では“裏切り者”らしい。」
「そんなこと――」
「いい。
私は覚悟してここにいる。
だけど……
街に火がつく前に、何とかしなければならない。」
タケルは拳を握った。
魔族だけではない。
人間にも、エルフにも、
“変化に耐えられない層”が必ずいる。
Hexisの光が強くなるほど、
その影も濃くなる。
◆ ◆ ◆
■② エルフ領からの密使:早すぎる変化
その日の夕刻。
イリスのもとに密使がやってきた。
「姫……戻られるべきです。」
密使の声は固い。
「Hexisの状況は不安定。
人間と魔族の争いに巻き込まれる危険がある。
森は――変化を嫌う。」
イリスは首を横に振る。
「だからこそ、私はここにいるの。」
「殿下……」
「森は、ずっと“ゆっくりすぎる呼吸”をしてきた。
その結果、何も変わらなかった。
Hexisは違う――
早すぎるけど、確かに前へ進んでいる。」
密使は唇を噛んだ。
「……殿下は、“風の王家”の血。
決して、この街で消えてはならぬ。」
イリスは静かに言った。
「消えないわ。
ここは、混ざり合う場所。
私は、その風の一部よ。」
密使はそれ以上何も言えなかった。
◆ ◆ ◆
■③ 市場で起きた“誤解”
翌日。
市場で怒号が上がった。
「お前の子どもがウチの荷物を蹴ったんだろうが!!」
「違う! そっちの言葉が分からなかっただけだ!」
人間と魔族の親が睨み合う。
エルフの若者が仲裁に入る。
「落ち着け。これは誤解――」
しかしピリカが割り込んでしまう。
「だいじょうぶ! ピリカ翻訳します!
こっちの人が……“あなたの心を叩き割る”って――」
「言ってねぇよ!!!!」
市場が地獄のようなカオスになる。
リリアンが遠くから怒鳴る。
「うるさい!!
あんたたち!!
温度管理と距離感を守りなさい!!」
静まり返る市場。
(みんな「誰に怒られてるんだ俺たち……」の顔)
タケルは額を押さえた。
「……なんでこんなに難しいんだ、共存って……」
ドグーが淡々と答える。
《種族間文化摩擦=高度に正常。
“無摩擦の共存”は幻想です。》
「慰める気ある?」
《分析です。》
◆ ◆ ◆
■④ タケル、心が折れかける
混乱が続いた三日目。
タケルは学校の裏で一人座り込んでいた。
ノーミがそっと近づく。
袖を握りしめ、小さく揺らぎながら。
「……タケル。
“名前”をつけても……
すぐ壊れちゃう……?」
タケルは、ゆっくり答えた。
「壊れるよ。」
ノーミは震える。
「……やっぱり……」
「でもな、ノーミ。」
タケルは彼女の頭に手を置く。
「壊れるから、
またつけるんだよ。」
ノーミの揺らぎが少し温かい色になった。
「……また、つけてくれる……?」
「ああ。
街でも、人でも。
何度でも、名前はつけ直せる。」
その言葉は、
タケル自身を励ますためでもあった。
◆ ◆ ◆
■⑤ Hexis市民会議:不安の総噴出
夜。
街の会堂に市民が集まった。
最初に口を開いたのは、人間の男。
「魔族が増えすぎている!」
魔族の女性が応じる。
「人間は騒ぎすぎ! 夜に歌えない!」
エルフの若者が言う。
「あなたたちの“音”が森まで届く。」
別の人間が言う。
「エルフは言葉が固すぎる!」
魔族の若者が吠える。
「感情で話せばいいのに!!」
教室の後ろでピリカが手を挙げる。
「えっと……みんなが言ってるのは……
“だいすき”ってこと……?」
「絶対違う!!」
リリアンが立ち上がり、机を叩いた。
「文句があるなら、
全部まとめて私が設計するわよ!!」
なぜか拍手が起こる。
タケルは苦笑した。
(……なんでこの街、感情の出口が全部リリアンなんだ……)
そのとき、ドグーがゆっくり前に出る。
《結論。
Hexisは“揺らぎを前提に成立する都市”です。
衝突は正常。
異常ではありません。》
リリアンがぼそっと呟いた。
「あなた、もう市長より市長らしいわね。」
「いや市長じゃないから!」
タケルは叫んだ。
みんなが少し笑った。
それだけで、空気が少し和らいだ。
だが――問題は解決していなかった。
◆ ◆ ◆
■⑥ クライマックス:誤報という“恐怖”
その夜。
街に悲鳴が響いた。
「魔族が暴れてる!!
人間区画で襲撃だ!!」
タケルは走った。
リリーも走った。
しかし――
そこにいたのは、
魔族の皮を被った“人間の盗賊”だった。
セレスが静かに呟く。
「……恐怖を利用した、卑劣な手だ。」
リリーは拳を握る。
「こんな誤報が流れたら……
Hexisは崩れる。」
タケルは盗賊を拘束しながら、胸の奥が冷えていくのを感じていた。
(……間に合うか?)
街は今、
光よりも速く、
“疑い”で満たされはじめている。
◆ ◆ ◆
■⑦ ラスト:落書きを消すタケル
深夜。
タケルは一人で街を歩いた。
壁には、昼に見た落書きがまだ残っている。
「帰れ、よそ者。」
タケルは雑巾を濡らし、
その言葉をゆっくり、ゆっくり消した。
「……これが、“自由の重さ(Δt)”か。」
ドグーが肩で揺れながら言う。
《タケル。
あなたが“ためらった時間”だけ、街は強くなります。
苦しみも、揺らぎも、
全部“Hexisの物語”になります。》
タケルは、雑巾を握ったまま呟いた。
「……頼むよ。
強くなってくれ……Hexis。」
夜風が吹き抜け、
消されたはずの“黒い跡”が、
淡く光の粒となって舞い上がった。
――それは、
まだ名前のない明日へ向かう“揺らぎ”のようだった。
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