SCP-NUK-01 — 帰ってこない手紙
キンポー
SCP-NUK(Narou User Kinpo)-01 — 帰ってこない手紙
オブジェクトクラス Euclid
特別収容プロトコル
SCP-NUK-01-A(異常性を保持する未使用封筒)および
SCP-NUK-01-B〜D(投函・配達された手紙群)は、
サイト-███の低危険物保管ロッカーに
遮光・遮音保管とする。
SCP-NUK-01関連文書への筆記行為は禁止。
実験時はDクラス職員1名と
対象者(手紙の宛先となる人物)1名を配置し、
精神科医の立ち会いが必須。
実験終了後は必ず
「対象者の交友関係の確認」および
「記憶欠損の範囲測定」を行い、
該当する心理的空白に対しクラスC記憶処理を施すこと。
SCP-NUK-01の複製・模造・解析を目的とした
紙繊維の分解実験はレベル4許可が必要。
説明
SCP-NUK-01は、一見普通の白封筒および便箋に見える手紙型の異常オブジェクト群である。
封筒裏面には判別不能な古い印章が押されており、
検査の結果、いかなる年代測定にも一致しない。
SCP-NUK-01の異常性は以下の行為によって発現する:
1. 差出人が、強い愛情・執着を抱く人物へ宛てて
2. SCP-NUK-01を使用し
3. 郵便システムへ投函する
発現後
• 宛先となった人物から差出人の記憶が抹消される
• 抹消程度は感情の深度に比例(恋人 > 家族 > 親友 > 知人)
• 手紙は原則、宛先へと正常に届く
さらに一定期間後(2〜14日)宛先から差出人へと返事が届くことが確認されている。
しかし返事には差出人の個人情報は一切含まれないにも関わらず、
差出人は強い情動を示して受け取る。
返事の内容は多くのケースで
「誰かを想う気持ち」に関する文章であり、
宛先本人は自身が執筆したとの自覚を持たないケースが大半である。
補遺SCP-NUK-01-A:初期収容経緯(抜粋)
十八世紀後半、████地方(現フランス領)にて発見。
若い兵士 アラン・D(以下PoI-███-1)が
徴兵直前に婚約者 マリア・Lへ手紙を投函。
投函と同時に、マリアおよび周辺住民から
アランの存在が完全に抹消された。
PoI-███-1は後日、戦地にて死亡。
遺品に差出人不明の返書が握られていたことから
異常性が財団へ報告され収容に至った。
現在、両名の家系における家族史の欠落が継続確認されている。
【補遺-NUK-01-B】
手紙 PoI-NUK-01(アラン・D)より マリア・L宛
我が最愛のマリアへ
この手紙を記す指が震えるのは、
覚悟のためではなく、
お前を想うだけで胸がきしむからだ。
炉の火のようにいつも温かいお前の瞳を、
もうしばらくの間だけ、
閉じた目の裏に描いて歩むことを許してほしい。
私は明日、戦地へ向かう。
私のような凡庸な鍛冶職人が
王の旗のもと、何を鍛え、何を守れるのか。
その答えはひとつだけだ。
お前だ。
私の槌が打つのは
未来の扉を叩く音。
その先にいるのは
他でもない、お前なのだ。
マリア。
風が吹いたら、私の名前を呼んでくれ。
たとえそれが届かなくとも、
空をさまよう私の心は
必ずお前の声を探し当てる。
どうしようもなく怖い。
生きて帰れる保証など、どこにもない。
言葉にすれば涙になりそうで
正面からは言えなかったこの想いを
どうか許してほしい。
だから私は書く。
文字が滲んでも、震えても、
この想いまでは曲がらない。
私は必ず帰る。
お前のいる世界に、
お前の隣へ。
そしてその時、
この手で打った指輪を
そっとお前の薬指に──
アランより、すべての愛を込めて
(文書末尾、指輪の図面らしき鉛筆画が確認される)
この手紙が投函された後、マリアはアランの存在を完全に忘却し、
財団がこのオブジェクトを把握する決定的証拠となった手紙です。
補遺-NUK-01-C:実験ログ(感情依存性の観測)
対象:D-9213(男性・30代前半)
財団収容前、同居中の恋人 S・H が存在。
実験目的
• SCP-NUK-01発現条件の再確認
• 差出人および宛先の情動変化の測定
• 記憶消失の範囲と速度の観測
⸻
手順概要
1. D-9213にSCP-NUK-01の封筒・便箋を手渡し
2. S・H宛に自由に手紙を記述させる
3. 指定ポストへ投函
4. 宛先・差出人双方の観測
実験記録
[経過00:14]
投函直後、D-9213の心拍数低下。
「急に寒気がする」と発言。
手元の恋人の写真を見つめ続ける。
[経過00:37]
対象S・Hは、「同居人がいない」と職員に説明。
人員配置記録にはD-9213との居住歴の抹消が確認。
S・H、唐突に涙を流し
「なぜ泣いてるのかわからない…胸が苦しい」と訴える。
※対象はD-9213に関する全記憶喪失
しかし情動だけが残留していると推測
[経過06:00]
D-9213は、激しい焦燥を示しながら
「アイツの声が聞きたい」「忘れられるのは嫌だ」と泣き崩れる。
[経過5日目]
ポストに差出人不明の手紙(S・Hの筆跡と一致)が届く。
内容(抜粋)
「今日も誰かの帰りを待ってしまう。
その人が誰だったか思い出せないのに。
でも、帰ってきてほしいと思っている私がいる」
手紙を読んだD-9213は
「……愛してる、愛してる、愛してる」を繰り返し、
嗚咽混じりに便箋へ何か書き始める。
職員が制止するも、D-9213は混乱状態となり
手紙を投函しようと出口へ走り出す。
制止のため鎮圧措置を実施。
D-9213は自殺企図を示したため、独房隔離。
[経過10日目]
S・Hの情緒不安定が悪化。
対象は自身宛の手紙を破りながら
「誰もいない家に手紙ばかり届く…」
「どうして私は誰かを愛していた気がするの?」
と訴え、泣き崩れる。
D-9213は依然としてS・Hの名を呼び続け、
返事が読めないほど涙で滲んだ紙片を
胸に抱きしめ眠る姿が確認された。
結論
• 記憶抹消は即時かつ完全
• 感情残留が心理的破壊を誘発
• 手紙を介し、お互い知らない恋人へ変わる
• 投函行為は、依存的循環を引き起こす恐れ
研究者コメント
「これは情報災害ではない。
愛そのものを介した寄生だ。
手紙は、記憶は奪っても、心の空席だけは埋めようとしない」
—██研究員
補遺-NUK-01-D:ケースファイル集
⸻
ケース1:現代都市 ― 電車で見かけた彼女へ
対象:男性大学生(19)
宛先:電車で見かけた女性(詳細不明)
交差する視線と微笑みをきっかけに、
毎日同じ時間の電車で見つめ続けた対象は、
勇気を振り絞って手紙を託す。
投函後、対象は
「なぜ手紙を書いたのか思い出せない」と発言。
しかし、毎朝同じ時間、
ホームで誰かを探し続ける様子が観測される。
後日、彼のポストへ
差出人不明の便箋一枚が届く。
「あなたが隣に座るのを
ずっと待っていたのかもしれない。」
対象はその文を見て号泣。
記憶はなくとも、
一度だけ恋をした心だけが残り続けた。
⸻
ケース2:老夫婦 ― 忘れてしまった結婚記念日
対象:男性(72)
宛先:妻(故人・亡くなり3年)
対象は、亡妻の誕生日に
「ありがとう」を伝える手紙を書き、投函。
直後、対象は
妻との50年の記憶を喪失。
しかし翌日、ポストに届いた返事を開き、膝から崩れ落ちる。
*「今日は少しだけ
あなたの隣にいた気がします。
あなたは幸せでしたか?」*
対象は返事を枕元に置き、
それ以降、毎晩空の椅子に語りかける姿が確認された。
⸻
ケース3:子供たちからのサンタ宛て
対象:児童ホームの子供7名
宛先:サンタクロース(架空)
クリスマス前夜、全員がプレゼントを願う手紙を投函。
投函後、彼らは
「誰にも願いを言っていない」と主張。
しかし翌朝、
ホームの靴箱へ届いた7通の手紙。
「君が笑ってくれるなら
ぼくは遠くからでも
何度でも来るよ」
読み終えた子供たちは
孤独を思い出したように泣き出し、
その後しばらく笑顔を失った。
⸻
研究者メモ
愛の形は、記憶を失っても消えない。
だがこの手紙は、その事実をもっとも残酷な方法で教えてくる。
—██研究員
【投函した瞬間から愛は一方通行になる】
マリア — 突然の喪失
夜明け前、アランが書いた愛の手紙はまだ乾ききらないインクを残したまま
古い郵便箱へ静かに落ちた。
その瞬間――
マリアの胸を締めつけていた「愛」の輪郭だけが 霧のように消えた。
名前も、声も、笑顔も。ひとりの青年がそこにいた証拠すべてが彼女の世界から 消去 された。
けれど、涙だけが頬を伝って落ちた。
「どうして……私は、何を失ったの……?」
マリアは理由もわからず誰かを待ちながら泣いていた。
アラン — 消えた恋人を求めて
戦場。
血潮が飛び散る中、アランは胸を撃たれ倒れた。
意識は朦朧としている。しかし彼は懐に 差出人不明の手紙 を握っていた。
封を開けると見覚えのない名前。
けれど、筆跡だけは誰より愛した人間のものだった。
「あなたに出会えてよかった。
きっとあなたは、私を愛してくれた人。」
その手紙は、マリアが記憶の空白へ向けて
知らぬ誰かへ出した祈りだった。
アランは震える指で文字をなぞり、全てを理解した。
――彼女は、僕を忘れたんじゃない。
愛が奪われただけだ。それでも僕を愛してくれている。
アランの瞳に涙と幸福が滲んだ。
彼は最後にその手紙へそっと口づけた。
「マリア……ありがと……」
安堵の笑みをたたえ、アランは静かに息を引き取った。
マリア — 理由のない祈り
その頃、村の教会でひとりの女性が膝をついて祈っていた。
胸には返事を書いた覚えのない手紙。
毎年、命日にあたるその日に
差出人も受取人も不明の手紙へ彼女は祈り続ける。
「どうか、あなたが……安らかでありますように」
彼女は知らない。自分のその言葉が遠い戦場でひとりの命を救ったことを。
現在(SCP財団の注釈)
今なお古びた郵便局からは宛先を失った手紙が
ごく稀に投函され続けている。
差出人欄にはたった一つの言葉。
「愛していた人へ」
⸻
薄曇りの午後、
古びた路地裏のアンティーク書店。
青年は何の気なしに棚の奥へ伸ばした。
指先に触れたのは、革表紙の手紙の束だった。
差出人:アラン・……(判読不能)
宛先:愛していた人へ
開いた瞬間、胸の奥が軋んだ。理由はない。
ただ、涙が溢れた。
そのとき――
店のドアベルが鳴った。
入ってきた女性と目が合う。お互い、一瞬言葉を失った。
彼女の瞳に青年は帰る場所を見た。
彼女の心には知らないはずの懐かしさが灯った。
「……その手紙、どうして涙を?」
女性の声は震えていた。
青年は答えられず、ただ封筒を差し出す。
彼女は封を開き、読んだ。
『必ず帰る。君の未来を守りたい。
君と生きたい。愛している、マリア』
女性は息を呑んだ。
胸が痛むほど強く締め付けられた。
「……あなたは、誰?」
青年は苦笑しながらも、
どこか確信めいた声音で言った。
「会いたかった。ずっと……探していた」
一陣の風が店の外から吹き込み、古い紙たちが宙を舞う。
手紙の束がひとりでに開き、最後の一枚が床へ落ちた。
女性が震える指で拾い上げる。
それは彼女自身の筆跡だった。
先ほど店の奥で出会ったばかりの青年へ宛てたもの。
『あなたに出会えてよかった。きっとあなたは私を愛した人。
どうか、安らかでありますように――』
青年と女性はゆっくり顔を上げ、互いを見つめあった。
涙が溢れたのは、悲しみではない。
取り戻したのは、愛の記憶。
彼はそっと手を伸ばし、彼女の指を包んだ。
その瞬間――
閉ざされていた時間が動き出す。
ふたりは、やっと再会したのだ。
忘れさせられた恋に、二度目の初恋が訪れた。
外は雨。
傘はなくていい。
ふたりは肩を寄せ合い歩き出した。
世界は息を潜め、
ただ祝福の音だけが降り注ぐ。
青年の声が、雨音に溶ける。
「今度こそ、離れない。」
女性は微笑む。
「ええ……おかえりなさい。」
手紙は届いたのだ。
声を失った時代を越えて。
END
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