エターナル・ガーデンの終焉

御園しれどし

第1幕 虚飾の美と種子の発見


 1. 最適化されたキス


「今日も完璧だよ、カナエ」


 その声は、カナエの耳には、常に最適化された周波数で届いた。恋人であるユーリが彼女の額にキスをした。その温もりはデータパルスと同じくらい正確で、安心感を与えるものだった。

 カナエは、自身がデザインした最新の擬花(ぎか)のデータホログラムから視線を上げることなく答えた。

「『エターナル・シンフォニー』の青は、少しコントラストを上げたわ。最も美しく、最も無害な色。ね、ユーリ?」

 ユーリはカナエの隣に立ち、製造プラントを見下ろした。眼下には、色鮮やかな合成樹脂とホログラムの「花畑」が広がっている。それらは、感情の起伏を排除し、住民の「平静」と「喜び」のデータを一定に保つための、巨大な生命維持装置だった。

「もちろんだ。最も効率的な美だよ。この青は、昨日のデータと比較して、ユーザーの平静度を$0.003%$向上させている。君の才能は、エリア・ゼロの秩序にとって不可欠だ」

 ユーリの言葉は、愛の告白であり、同時にシステムの正当性を説くものだった。彼は、カナエの芸術を、「知識」や「物質」がもたらす最高の恩恵だと信じ切っている。

「不可欠……」カナエは心の中で、詩のフレーズを反芻した。花は美しいが、悲しく切ない思い出を隠している。

「でも、ユーリ。時々思うの。この花々には、何も語るものがないんじゃないかって」

 ユーリは理解できなかった。彼の眉が微かにひそめられた。その表情の変化は、$0.01%$程度の「非効率な驚き」のデータ値を示していた。

「何を言うんだい? これらは完璧な感情の供給源だ。過去の『実花』のように、病気や腐敗、そして非効率な不安を生み出す欠陥品とは違う。これは、人類が到達した、永遠に咲くことのない生活のための、最も偉大な芸術だよ」

 彼の言葉が、カナエの胸に重くのしかかる。彼にとって、「花咲くこと」は、文明を殺す行為なのだ。その視線に、カナエは言葉を詰まらせた。


 2. ポピーと廃棄された詩


 夕刻、カナエは「非効率な感情データ」や擬花の残骸が廃棄される処理場へ向かった。ユーリとの対話の後、彼女はますます「語るすべ」を失った文明の末端を見たくなったのだ。

 ポピーは、そのゴミの山の中で、故障した機械のようにガタつきながら作業をしていた。

「おや、デザイナー様だ。今日のゴミは、『信じることのできない愛のデータ』が多めだぜ。みんな、そんな重いもの、もう欲しくないんだとさ」

 ポピーは、壊れた擬花の首を拾い上げ、突然、意味不明な鼻歌を歌い始めた。

「...真に語ることを知らず語るすべを失ってしまった。情報過多の伝達全く自殺以外になすことができない...ハッ!バグッたぜ!」

 彼の言葉は、あまりに愚かで、耳障りな雑音だったが、カナエは心臓を掴まれた気がした。ポピーの口から出た言葉こそ、彼女がユーリに言いたかった、この文明の虚無ではないか。


 3. 「命」の発見


 ポピーが処理場を離れた後、カナエは残された山を掘った。そして、古びた錆びた缶を見つけた。中には、エリア・ゼロでは数十年間存在しない、乾燥しきった小さな粒が詰まっていた。

 「実花の種」だ。

 それは、彼女が愛するものを殺すかもしれない、究極の反逆の象徴。「花咲くことを拒否しなければならない運命を強いられているものにとって、花咲くことはもっとも愛してくれるものを殺すことであった。」

 カナエは種を握りしめた。しかしそれは本当の花があることを信じているからできるのであった。 その花とは命であり、命とは生きてること。

 彼女は、この命を証明するために、自らの愛する者を傷つけるかもしれない運命を、自らの手で引き受けることを決意した。カナエは種を、誰にも見つからないよう、工房の床下のわずかな土の空間へと運んだ。

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