05.歩兵――円卓会議

 犯罪組織〈兵隊ソルジャーズ〉の拠点は廃ビルの一室である。


 普段、あまり拠点に戻らない歩兵ポーンは、緊張しながら部屋に足を踏み入れた。


「よく来てくれたね」

 椅子に座っているキングが言う。

「ようこそ、歩兵ポーン


 テーブルを囲むように六つの椅子が並んでおり、五つは既に埋まっていた。

 空いている椅子の左からルーク騎士ナイトキングクイーン僧正ビショップの順である。


「あっ、あっ、あっ。これって、まさか……」

 歩兵ポーンは焦って口をぱくぱくと動かした。

「私が最後でしたか!? 最後ですよね!? すみませんすみませんごめんなさいっ! お待たせしちゃってすみませんっ! 皆さんの貴重な時間をドブに捨てちゃってほんとすみませんっ!」


「そうだぞー。おいらたちの時間は貴重なんだ。土下座しろ、土下座ぁー」

 騎士ナイトがふざけてはやし立てる。


「は、はいっ! 喜んで土下座させて頂きますっ!」


「待て待て、騎士ナイト。あまりいじめてやるな」

 キングが苦笑いをしながらたしなめた。

「ひとまず座れ、歩兵ポーン。今日はそんななごやかな会じゃないんだ」


「はっ! 恐縮です!」

 歩兵ポーンは残る一つの椅子に腰掛ける。


 〈兵隊ソルジャーズ〉は窃盗から誘拐、殺人まで、幅広く行う犯罪組織だ。

 所属している人物は歩兵ポーン自身を含む全員が、犯罪に手を染めなければ生きていけなかった過去を持つ。


 お互いのじょうを無闇に詮索せんさくしてはならない、とキングから命じられているため、歩兵ポーンも仲間の全てを知っているわけではない。チェスの駒をあらわす偽名で呼び合うのも、それぞれのじょうを隠すためだ。

 しかし、どんな経歴の持ち主であれ、全員がキングに救われて、キングに忠誠を誓っていることは間違いのない事実だ、と歩兵ポーンは考えていた。


 キングはよく語る。自由を得るためには、誰かの自由を奪うしかない、と。

 〈兵隊ソルジャーズ〉の面々は多かれ少なかれ、そう信じている。実際に体験してきたからだ。


 改めて、一同を見回す歩兵ポーン


 騎士ナイトルークは戦闘のプロフェッショナルである。


 ルークは見た目の通り、人間離れした怪力を持っている。

 人体改造を受けて怪力を与えられたのではないか、などとささやかれるが、真偽は定かではない。


 騎士ナイトは身のこなしが軽く、目にも止まらぬ速さの剣術を得意とする。

 考えるより先に身体が動いてしまうのだそうで、気がつくと相手を殺してしまっていることも少なくないらしい。


 一方、僧正ビショップは戦闘こそできないものの、他者の記憶を消したり、消した記憶を思い出させたりする能力を持っている。ただし、自分の記憶は消せないようだ。

 から万能ではない、と本人は言っていたけれど、歩兵ポーンにとっては彼も畏怖いふすべき対象だ。


 クイーンについて、歩兵ポーンが知っていることはほとんどない。彼女は無口で、人柄すら把握できなかった。

 分かることと言えば、見た目の情報――〈兵隊ソルジャーズ〉の中で唯一の外国人であり、すらっとした長身の女性であるということくらいだ。


 そして、キング。〈兵隊ソルジャーズ〉のリーダー。歩兵ポーンが最も敬愛し、自らの全てを捧げる対象。

 天才的な頭脳を持ち、あらゆるけいりゃくに精通している。加えて、僧正ビショップと同じく特殊な能力を使えるらしいが、それがどんな能力なのか、歩兵ポーンは把握していない。


(はあ……。こうしてみんなに会うと、自分の場違いさがきわって消えたくなるなぁ……。私なんて戦いもできないし、僧正ビショップさんみたいな超能力も使えないし……)


 歩兵ポーンは内心で、うじうじとボヤく。


「さて。それじゃあ、今回の作戦について説明しよう」

 キングくちを切った。

れい家が保有する宝玉、賢者の石エリクサーを奪うこと。それが我々の目的だ」


賢者の石エリクサーって、石を金に変えるとか、不老不死になれるとか、眉唾まゆつばもののアレっすよね」

 騎士ナイトが指摘する。

「ほんとのところは、どういうブツなんすか? キング


「そのどちらも。いや、


 場を沈黙がおおった。


 キングの言葉が意味する事柄は、理想的というより、むしろおぞましい。

 人間の欲望には、際限さいげんがないからである。


 キングは続ける。

賢者の石エリクサーの効力は、幸運を引き寄せることだ。幸運とはつまり、所有者にとって好都合なこと。とみを望めばとみを生み、不死を望めば不死になれる。そういう超常的遺物メタ・アーティファクトなんだ」


「いわば、幸運のお守りか……」

 皮肉っぽく、僧正ビショップが呟いた。


「そ、それは人間が手を出していいものなのか……?」

 ルークあおめた顔色でキングに尋ねる。


「俺の決定を疑うか? ルーク

 キングは薄い笑みを浮かべて、ルークを睨んだ。


「いや、違う! そんなつもりはない……。ただ、怖くなってしまっただけで……」

 弁解するルーク


「いや。気持ちは分かるよ、ルーク。でも、賢者の石エリクサーげんに、れい家が保有している。この世界に存在する以上、人間が制御するしかないんだ」

 キングは穏やかに微笑ほほえんで語る。

賢者の石エリクサーは十年に一度の周期で、新たな所有者を求めて効力を弱める。今回のチャンスを逃せば、十年も待たなければいけない」


「それで、賢者の石エリクサーを奪うために、何をするの?」

 クイーンが興味なさげにいた。


「もちろん、殴り込みっしょ?」

 騎士ナイトの楽しそうな提案。

「おいらとルークれい家をぶっ潰せば、それでおしまい」


 キングは首を横に振る。

「効力が弱まっているとはいえ、完全になくなっているわけではない。正面から攻めても、予想だにしない不運が我々を襲う可能性がある。必然的な状況を、丁寧に整えてやるべきだろう」


「えっと。状況を整える……、というと?」

 歩兵ポーンは恐る恐る、口を挟む。


 キングは高らかに宣言した。


「それは……、アンノウンに賢者の石エリクサーを盗ませるという意味か?」

 ルークが確認する。


「そうではない。具体的な計画を説明する前に、これを見てもらおう」

 キングは三枚の資料を机に広げる。

僧正ビショップと同様に、アンノウン一味は異常な能力を持っている」


 一同は資料を覗き込んだ。


 怪盗アンノウンの異能『憑依フリー』。

 皮膚で接触した相手の肉体に憑依できる。憑依している間、元の肉体は動けない。ある人物Aの肉体に憑依したあと、そのまま別の人物Bの肉体に憑依することも可能。

 また、憑依中は、憑依対象の記憶を閲覧えつらんできる。

 憑依されている側は、その間、意識を失う。アンノウンが肉体から出ていけば意識を取り戻せるが、憑依されている間の記憶はない。


 アンノウンの右腕、忠犬ドッグの異能『読心マインドリーディング』。

 近くにいる他者の思考を読み取る能力。本人の意思に関わらず、常時発動。対象との物理的な距離が近いほど、精度が高まる。

 眠っていたり、意識を失っている対象の内面は読み取れない。また、複数人が近くにいると、誰がどの思考をしているのか判断できない場合があるものと見られる。

 思考は読み取れるが、細かな感情の機微きびなどは把握できない。


 アンノウンの左腕、化け猫キャットの異能『変身メタモルフォーゼ』。

 幻視によって、自分の姿を別人のようにいつわる能力。肉体そのものが物理的に変化するわけではない。服装や装飾品も変身対象に合わせて幻視させられるが、こちらも実際の衣服には一切影響なし。

 リアルタイムの映像に限り、カメラ越しなどの間接的な視認に対しても姿を幻視させられる。

 他者を変身させたり、人間以外のものに変身したりはできない。


「凄い……。こんな量の資料、どうやって集めたんですか?」

 歩兵ポーンが感嘆して尋ねた。


クイーンからの提供だ。俺の手柄じゃない」

 とキングは謙虚に言う。

「さて、奴らをどのように利用するかだが――」

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