第6話 守りたい場所

学校公開授業、文化祭、体育祭、合唱祭、部活の大会、保護者会。

最近は、親が招待される行事がやたらと増えた。

案内がくると行かなければいけない気がしてしまう。

行けば行ったで、子どもたちの学校生活が垣間見えて安心するし、

懐かしい気持ちにもなる。


蓮は、部活の試合を見に行っても嫌がらない。

けれど弟のゆうは、少年団の応援に行くのさえ頑なに拒む。

「絶対に来ないで。来たら試合出ないから」

その言い方は、“本当は来てほしい”の裏返しではない。

はっきりと、“来てほしくない”のだ。

少し寂しい。幼稚園の頃は、保護者会から帰るときに泣いて「帰らないで」としがみついてきたのに。


でも――。


私だって、小学生の頃、親に学校へ来てほしいと思っただろうか?

高学年になればむしろ嫌だった。中学生なんてなおさらだ。

少女漫画で、文化祭に親が現れるシーンなんて見たことがない。

“自分の世界”に大人が土足で入ってくるのは、あの頃の私にとって確かに不快だった。


小5のとき、私はまた川田くんと同じクラスになった。

正直、うんざりした。

小4の頃から、川田くんに好かれてちょっかいを出されていた。

でも小4はまだかわいいものだった。

小5になると、川田くんはクラスの中心的存在で、ずる賢い太田くんとつるむようになり、からかいはもう“遊び”では済まなくなった。


持ち物を隠される。

掃除の時間、自分の机だけ別の場所に置かれる。

社会科見学の帰りには田んぼに落とされた。

泥だらけで、帰りのホームルームでは一人だけ借り物の体育着。


その屈辱感はいまも鮮明に残っている。


川田くん一人のときは、思い切りやり返した。

でも、バックに太田くんがいるときは、私はおとなしくした。

太田くんのいたずらは、ただの悪ふざけではなかった。

小学生なのに、どこか妙に“いやらしい”。

水泳の時間、背中に刺さる視線を感じたとき、私はぞくりとした。


放課後、靴を隠された。

私は怒りで震えながら担任の林先生にビーチサンダルを借りに行った。


「あこさんも大変だね。まあ男子ももう少しすれば大人になるよ」


林先生は、なぜかにやりと面白がっているようだった。


(え、それだけ? 何も助けてくれないの?)


「水虫になったら先生のせいだからね」と言いながらサンダルを履く私に、

クラスメートの裕子が冷たく言った。

「あんたもさ、あんな幼い男子を構うから面白がられるんだよ。無視すればいいじゃん」


自分が同じことをされたら、絶対そんなこと言えないくせに。

言い返そうとした瞬間、「うっ」と涙がこみあげてきて、私は言葉を飲み込んだ。

まりちゃんだけが、黙って職員室までついてきてくれた。


ある日の掃除時間、林先生が男子たちとふざけ合っていた。

くすぐられて笑う川田くんを捕まえて、先生が言う。


「あこさん、この前の仕返ししていいよ」


その瞬間、私は反射的に川田くんをビンタした。


川田くんは大泣きし、林先生は慌てて赤ちゃんのようにあやしていた。

私は無言でその場を去った。


夜、川田くんのお母さんから親に電話があった。

「みんなの前で好きな子にビンタされて、ショックを受けた」と。


電話の後、母は私に言った。

「いくらなんでも、あんなふうに男の子のプライドを傷つけてはだめよ」

でもその声はどこか楽しそうだった。


私は毎日毎日、嫌な思いをしていた。

でも家ではほとんど話さなかった。

“いじめに近いからかい”を受けていることよりも、

「男子に好かれている」と大人に面白がられることの方が、もっと嫌だったから。

田んぼに落とされたことも、靴を隠されたことも、わけもなく追いかけられたことも、笑われたり噂されたりすることも――

全部、全部嫌だった。

その姿を“かわいらしい小学生の恋愛事情”と、大人が微笑んで片づけることも、耐えられなかった。


なのに私が一度ビンタしただけで苦情が来る。

好きなら何をしても許されるのか?

その理屈が、どうしても理解できなかった。


だから私は、息子たちに「好きな子いる?」なんて聞かない。

子どもの気持ちの領域に、無断で踏み込み、勝手な色を塗られてしまう――

その不快さを、私は身をもって知っている。


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