第17話 「目標というなの希望」



(さすがに食い過ぎた。はやく帰らないと――)


カニをひたすら満喫し、腹が重い。

依頼はすでに終わっているのだが、モール湖へと走る。


ぬかるんだ道の先、静かな水面が朝の光を抱いて揺れていた。

俺は迷いなく湖面に手を向ける。


「酷いことしてごめんなさい!!――《蒼雷》」


非人道的だが、最効率。

雷の魔法を、容赦なく水中へと流し込む。

やがて、湖面に魚影がぽつぽつと浮かび始めた。


(はい、回収。そして、即帰宅!)


濡れた身体、しぶとく肌に張りつく服。

冷たさに耐えながらも、片っ端から魚を収納指輪(ストレージリング)に詰め込む。


(もう一泊して、湖畔で焼きたいところだが……長居し過ぎた)


残った水晶蟹と霧蛇、大量の魚たち。

山ほどの戦利品は街に帰ってゆっくりいただく。

あんまり遅いと――メリアさんが心配するかもしれない。


その思いが足を速めた。

腹は重いが、足取りは軽い。ほとんど滑るように走り続ける。

本来は片道半日以上かかる道のりを、俺は昼頃には街へと帰ったのであった。



◇◆◇



――ギルドの扉を押し開ける。


メリアさんがこちらを見つけた瞬間、肩を撫で下ろした。


「ただいま戻りました」

「ノアさん……! 無事に帰られて、本当に良かったです」


声の奥に、優しさと心配が混ざっている。

気にかけられるという感覚が、懐かしく、嬉しい。

メリアさんと話していると、どこかリリスを思い出すのだ。


「ご心配をおかけしましたが、無事に依頼達成してきました」


収納指輪(ストレージリング)より、水鱗狼の頭部を出して見せると、彼女の目が大きくなった。


「間違いなく水鱗狼……本当に、一人でこなしたんですね」


困惑と驚き。

そして、ふっと表情が緩む。


「なんだか、急に顔つきまで男らしくなって……ノアさんは私が思ってるより、ずっと凄いようですね」

「あっ、そうだ。途中で霧蛇(ミストサーペント)も討伐できたので、こちらの霧蛇の頭部回収依頼も達成にして欲しいのですが」


そういって、はがしてきた依頼書とともに霧蛇の頭部を差し出す。

この毒牙と麻痺毒は、狩人などが欲しがって依頼に出すことがある。

湖周辺に住む魔物と、どういった依頼が多いからは事前にチェック済みだ。


あまりの出来事に、メリアさんの苦笑が漏れる。

もちろん依頼達成が認められ、ギルドカードにポイントが加算されて報酬を受け取る。



メリアさんにお礼を言い、隣の魔物素材所で売買を済ませ、その足で魔石換金所へ向かう。

今回手に入れた魔石をカウンターに並べると、店主が眉をひそめた。


「また来たか坊主。お前さんはまだ新米冒険者だろう? 随分と立派な魔石を持ってくるじゃねぇか」

「運よく、隙を突きまして」


笑顔で誤魔化す。まぁ、この辺の魔石サイズなら有り得る範囲内だろう。

所詮B~Cランクの小さな魔石だ。それでも、Dランク冒険者が持ってくるには立派と言える。


清算が終わり、小金貨3枚とちょっとの現金に変わる。

依頼料、素材、魔石を合わせて小金貨6枚ほどを手に入れた。




次は――必要な物を買う番だ。


料理道具の店へ駆け込む。

目当てのデカい寸胴鍋を見つけ、手に取る。

陽光を浴び、鈍い光沢が返ってくる。

もちろん、冒険者向けではなく、料理人向けの物だろう。

さらに、包丁やピーラーなどの道具も目に付く。

ナイフ一本で凌(しの)いできたが、そろそろ包丁を使い分けたいところだ。

気になる物を何点か購入する。


続いて、魔鉱石・魔石の専門店へと入る。

色とりどりの宝石のような石たちが、ガラスケースを彩る。

これで魔導具を作れば、より強力な魔法を使えるだろう。

自分の魔力を魔石内に貯めるのもよしだ。


しかし、俺のお目当てはそちらではない。

棚に陳列されている赤い鉱石――《灼熱石》。

魔力を込めれば熱を発し、火元に放り込めば火力を上げてくれる。

これは鍛冶師や料理人がよく欲しがるものだ。


湿った森でも、雨の日でも、火を絶やしたくない。

薪なんて気まぐれなものに頼らずに済む、理想の火種。


宝石に分類されるような魔鉱石とは違い、普通に買える値段をしている。

火山地帯では珍しくないそうで、消耗品だ。迷わず数個分購入し店を後にする。


その後は市場を巡る。

米や野菜を袋いっぱいに詰め、見知らぬ香草の匂いを確かめ、調味料を探した。

やはりこの街には、醤油も味噌も見当たらない。

ただ、噂だけは手に入った。


――交易都市ベイルハート。


他国からも行商人が集まるキャメル国の重要拠点。

そこでなら珍しい調味料、異国の味も見つかるだろうとのこと。


せめてCランクくらいまではこの街に滞在し。

次にその街を目指すことにする。


そこでなら。

俺が恋しい味も、まだ知らない味も見つかるはずだ。


毎日が、どんどん充実していく。

目標という名の希望に溢れていく。


(よ~し! 久しぶりに風呂屋にいったら、寸胴を使って美味い物を作るぞ~)


胸が弾み、思わず歩幅が広がる。

気付けば、俺はゆっくりと駆け出していた。





後書き:


ノアの前世は普通のサラリーマン。

彼女のいない悲しき独身男性。

YouTube、アニメ、漫画、料理が好き。

インドア派の彼は、休日には手の込んだ料理を作っていた。

アウトドア系、料理系、釣り系YouTubeを見て、知識を蓄えている。

実はクックパッドに作った物を投稿しており、いいねやコメントを得ることが快感。

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