第14話 「心配と猪料理」
「よぉ、ノア! あっという間にDランクに上がったらしいな、すげぇじゃねぇか。
でも、あんまり無茶するなよ?」
アンクルさんがいつもの大きな声で笑いかけてくる。
その声に、胸の奥がぽっと温かくなる。
「ありがとうございます!」
受付嬢のメリアさんにも褒められた。
誰かに認められるというのは、こんなにも嬉しいものなんだな。
小さな火が、胸の中で静かに燃えるみたいだ。
これで、俺はCランク依頼も受けられる。
退屈だった薬草むしりよりも、ずっと刺激的だ。
「Cランクの依頼を受けたいなら、早めにパーティーを見つけろよ? 新人の割に、お前の達成スピードが速いって話題になってるしな。今なら誰かが仲間になってくれるはずさ」
アンクルの言葉に、ふっと胸が締めつけられた。
……誘われなかった日々が、思い出の底から顔を出す。
同期のカノンにも相手にされず、他の冒険者にも目を逸らされた。
子どもみたいな身なりの新米なんて、足手まといにしか見えないのだろう。
当然だから別に恨んじゃいないが、疎外感は……正直感じた。
――でも、今は違う。
一歩ずつ着実に前に進んでいる。
それを証明できる段階に、ようやく立ち始めたのだ。
「お気遣いありがとうございます! ですが、もうしばらくは自力を高めたいと思ってるので!」
「なるほどな。お前なりに先を見据えてるわけだ。むしろ心配なのはカインの方か……」
「カインがどうかしたんですか?」
彼はいつも誰かに囲まれている。
笑い声が絶えず、順風満帆そうに見える。
「アイツ、EやDランクの依頼をすっ飛ばしてCランクばっか行ってるんだよ。先輩冒険者に連れてってもらってな。もうDランクだが……お前の言う“自力”が身についてるか心配なんだ」
――なるほど。
仲間のランクが高ければ、格上の依頼にも同伴できる。
雑用だろうが、何もしなかろうがポイントだけ分け与えられる。
寄りかかるだけの冒険者。気づいた時には、何も出来ない足手まといの完成だ。
そんな未来を、彼は案じているのだろう。
アンクルは少しだけ眉を下げ、俺の肩をぽんと叩いた。
「……喋りすぎたな。まぁ、アイツを見かけたら、お前からも気遣ってやれよ。
同期だからこそ話せることもあるだろ?」
そう言い残し、背中を向ける。
歩き去るその背中が、大きく見えた。
「……良い人だな、本当に」
ここで彼が指導者として出会えたのは、運が良かった。
外の空気も段々と暖かくなってきて、春の訪れを感じさせる。
さてと、今日もじゃんじゃん依頼をこなしに行きますか――!
◇◆◇
「ということで、メリアさん。この依頼をお願いします!」
一枚の依頼書を、そっと差し出す。
「これって……水鱗狼の討伐。Cランク依頼じゃないですか!」
メリアさんの声が跳ねた。
「流石に、いきなりこれは焦り過ぎですよ、ノアさん!」
そうは言っても、この程度の魔物に手こずる気はない。狙うのはもっと大物だ。
水の魔法系統も喰って奪いたいし、魚介類もたくさん食べたい。
ようは湖に向かう依頼を受けたいのだ。
「無茶はしません。自信ありますから、大丈夫です!」
「ですが、《モール湖》なんですよね? 片道半日以上。
水場は魔物が集まりやすいですし、あそこは霧も深くなります。
慣れていない人がソロで挑むには危険すぎます!」
どうやらCランクともなると、パーティを組んで挑むのが常識らしい。
心配してくれるのは嬉しい。だが……魚、食べたいんだよな。
「メリアさん。忠告を聞かなくてごめんなさい。ですが、絶対無事に戻りますから!」
俺がやると言ったら、彼女に止める権利はない。
それがギルドのルールだ。
メリアさんは、ため息と一緒に視線を落とし、それからゆっくりと頷いた。
「……そこまで言うなら、分かりました。依頼を受理します。どうか、気をつけて」
受理の印が押される音が、妙に重く響いた。
◇◆◇
――そして、現在。
俺は《モール湖》の手前まで来ていた。
霧が薄く漂い、木々が静かに息を潜めている。
この先は水気を吸った土がぬかるみ、動きずらくなっていく。
なので、今日はここで一夜を過ごす。
メリアさんに大口を叩いたものの、油断をしてるわけじゃない。
夜目が効くとは言え、さすがに夜の湖にいくのが危険なのは分かっている。
それに《水鱗狼》は水中だけでなく、陸地にもあがって行動することが出来る。
鼻が鋭いらしいので、適当に血の匂いを垂らしておけば、向こうからやって来るだろう。
ちょうど良い倒木を見つけ、背を預ける位置に小さな焚き火を組む。
火打ち石だと、この湿った空気では付きにくい。手っ取り早く火魔法で点火。
パチ、パチ、と火が湿った空気を押し返す。
道中で偶然仕留めた、赤角猪(レッドボア)を収納指輪(ストレージリング)から取り出す。
すでに血は抜き、赤い石へと変えてある。それでも肉は野性の匂いを纏っている。
鼻の良い魔物なら、これだけで十分だ。
刃を滑らせ、猪肉を切り分ける。森で摘んだ薬草をぱらりと散らす。
ローズマリーに似た強い香りの草だ。臭みを抑えると教えてくれたアンクルさんには感謝だ。
焚き火の縁に鉄串を置き、肉を刺してゆっくり炙る。
強火すぎると筋が固くなり、弱いと獣臭が残る。炎と相談しながら、遠火で育てる。
滴った脂が火に触れ、ちいさく唸る。香りが煙に混ざり、夜気の中へ漂った。
大鍋には砕いた骨と肉を放り込み、弱火でじっくり煮る。
次々と湧き出る灰汁を根気よく掬(すく)い取っていく。
この作業は骨の精が湯に溶け出し、澄んだ旨味が現れるまで終わらない。
頃合いで塩味を調えて完成だ!
ゆっくりと、黄金のスープを口へ運ぶ。
「……うまい」
胃の奥からじんと温かさが広がる。
手間をかけた分だけ、美味しさとなって返って来る。
それだけのことが、ただただ嬉しい。
串焼きの、ジュウシーな肉にかじりつくのも美味いが、しっかり煮込んで、ほろほろにとろけた肉も最高だ。焚き火の音を聞きながら、この夜を楽しむ。
後は、客人が現れるのを待つだけだ。
《水鱗狼》よ、お前も腹を空かせているなら早く来い――。
後書き:
水鱗狼(フィッシュウルフ):Cランク
青い鱗を持つ狼。陸地だけでなく、水中までも自在に移動する。群れないが、簡単な水魔法を放つ。
可愛さを代償に、利便性を手に入れた。失われたモフモフ部分に、エラのような器官があってキモイ。
赤角猪(レッドボア):Dランク。
赤く硬い皮膚をした猪。鋭い牙が二本生えており、ナイフの柄にしたり、細工品に加工できるので売れる。食べ応えはあるが、肉が臭いのが弱点。薬草による下処理が必須。たびたび畑を荒らしに来る農家さんの敵。
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