第12話 「美味しい兎」
――森の中に、陽光がゆるやかにこぼれていた。
昼下がりの風は心地よく、枝葉のざわめきが耳に届く。
けれど俺は、そんな自然の詩情とはまったく別の顔をしていた。
(……ったく、薬草採取とかめんどくせぇな~)
腰をかがめて、ひょろっとした葉を一枚ずつ摘んでは革袋に詰める。
(Bランクくらいの依頼をさせてくれれば、すぐにランク上げ出来るんだけどなぁ)
心の中で愚痴りながらも、動きは手慣れたものだ。
「根を残せば、またいつか葉を生やす」――アンクルの教えが身体に染みついている。
ギルドの規定では、“自分のランクと同等か一つ上”までの依頼しか受けられない。
無謀な挑戦で死傷者を出さないためだ。
合理的だが、俺の実力からすれば退屈な縛りだった。
決まりだから言われた通りにやるけどね。
今日はDランクの討伐依頼。標的は《一角兎(ホーンラビット)》だ。
森の外れで薬草を摘みつつ、同時に獲物を探す。
「依頼はまとめて片付けるに限る」――これもアンクルさんの教えである。
薬草はすでに十分な量。Eランクの『薬草採取依頼』もこれでクリアだ。
ついでに自生しているニラと食用キノコも見つけてある。
あとは、メインディッシュとなる肉を捕まえるだけだ。
枝を踏まないよう足運びを静かに整える。
『真界感知』に『感覚統合・色域』といった感知スキルは、こういう時に便利だ。
やがて、俺の耳がぴくりと動いた。
木々の間、細い獣道の向こう。
灰色の毛並みをした一角兎を見つけ出す。
陽光に照らされた一本角が、鋭く光る。
どうやら、相手も俺に気づいたようだ。
次の瞬間、地を蹴る音が響いた。
一角兎が弾丸のように飛びかかる――速い。
だが、俺は一歩も動かない。
腹を貫かれる直前、パシッと角を掴んだ。
反動を利用して身体を回転させ、そのまま地面へ叩きつける。
ぐしゃり、と鈍い音。
「……よし、討伐完了っと」
短く息を吐き、ノアは角を折って革袋に入れた。これが報酬確認用の証明になる。
それから仕留めた兎肉を見下ろした。
「さてと、美味しく調理するからね」
◇◆◇
森の端に小さな焚き火が起こされる。
俺は手際よく枝を組み、火打ち石で火を起こす。
手頃な石で囲むことで、その熱を余すことなく料理に使える。
新品の調理器具――銅製の鍋と、取っ手の短いフライパンが陽に光っている。
「初料理だから、気合入れるよ~!」
――まずは下準備から。
皮を剥ぎ、肉を小ぶりに切り分ける。筋は丁寧に取っておく。
今回は内臓も無駄にはしない。
兎とはいえ、こいつは異世界の魔物――サイズはデカい。
肝臓(レバー)、心臓(ハツ)、腎臓(マメ)といった各部位を一口大にし、串に刺す。
こっちは塩をかけて、遠火で時間をかけて焼いておく。
フライパンに小瓶から油を垂らすと、兎肉を投入していく。
脂が少ない兎肉は火を通しすぎると固くなるので注意だ。
じゅわっ、と油が跳ね、香ばしい匂いが一気に立ちのぼる。
兎肉が焼ける音は、腹の底を刺激するリズムだった。
ノアは新品の木べらで肉を返し、焦げ目を確認する。
外はカリッと、中はまだやわらかい。
次に、刻んだニラとキノコを順に投入する。
ニラの香りが油と混じり合い、鼻孔をゆっくりと満たしていく。
それは食欲を刺激する、暴力的なまでの香り。
最後に携帯用の調味料箱を開く。
塩、胡椒、香辛料、蜂蜜、そして小瓶に詰めた果実酢まで揃っている。
残念ながら、醤油と味噌は街では見つからなかった。
ここはシンプルに、塩と胡椒で味付けをしてっと――。
出来上がった『兎肉とキノコの炒め物』へと、フォークを突き立てた。
「――いただきます!」
口に運んだ瞬間、舌が驚く。
肉が柔らかい! そして肉汁とキノコから旨味が染み出し、それが野菜に染み込んでいる。
塩胡椒しかかけていないのに、森の中とは思えぬ深い味。
「う、うめええええ!!!」
森にノアの叫びが響く。
鳥たちが驚いて飛び立ち、リスが木の上からこちらを覗いた。
続いて、臓器の串焼きだ。
肝臓(レバー)は牛よりもたんぱくで美味い。
心臓(ハツ)はコリッとした歯ごたえで、噛むほどに旨味が染み出る。
腎臓(マメ)は少しクセがあるが、野性味溢れる香ばしさだ。
口の中に残る鉄分の香り。臓器はそれぞれ歯ごたえが変わり、食べていて面白い!
何より、焼き鳥みたいで見た目も良い。
あまりの満足感に、腹を撫でる。
ノアは目を細め、背もたれ代わりの木に体を預けた。
焚き火のぱちぱちという音、爽やかな風の匂い。
腹の底から満たされていくような幸福感が広がる。
「……やっぱり、生きてるってこういうことだよな」
静かに呟きながら、空を見上げる。
空の青が枝葉の隙間からのぞき、煙が淡く溶けていった。
世界は、少しずつ動き出していた。
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