第7話 「力の結合」
「いや~ごめんね。冬眠中にお邪魔しちゃってさ」
洞窟の奥、暗闇の中で、二つの赤い光がゆっくりと動いた。
濃い湿気が肌にまとわりつき、血と獣の臭いが鼻を刺す。
漏れ出る臭気を辿ることで、この洞窟を見つけることが出来た。
ゆっくり休めそうな岩穴。
そこに、食料まで備え付けられている。
そう――洞窟で冬眠していた熊の魔物だ。
「……でかいなぁ」
毛並みは焦げ茶。寝癖でボサボサになった毛の間から、盛り上がった筋肉がのぞく。
腕は丸太のように太く、表面が岩のように硬化している。
眠りを妨げられた怒りで目が血走り、喉の奥から唸りが響いた。
「グォォォ……ガルァァァァァッッ!」」
(やばい。完全に寝起き最悪のタイプだ)
洞窟を揺るがすほどの咆哮。
巨体が地響きとともに、勢いよく突進してくる。
小さな洞窟で、風圧だけで砂利が飛んだ。
「――凝晶武装」
掌から赤い粒が弾け、空中で血が渦を巻く。
瞬く間に凝固して、大剣の形を成す。
「こんくらいデカい剣じゃないと、やれないでしょ」
熊の装甲のような右腕が振り下ろされる。地面が割れるほどの一撃。
それを大剣で軽々と受け止める。
自分より遥かに小柄な生き物に、その剛腕を止められたことが理解が出来ていない様子。
「残念、こうみえて力持ちなんでね……!」
生まれ持った膂力(りょりょく)に加え、『血神ノ紋章:血装展開』で血による身体強化を発動している。
全身を紅のオーラが包み、数倍の力を発揮している。
熊が再び吠えた。
熱気を帯びた風が肌を刺し、唾が飛ぶ。
「うわあああっ……汚ねぇ!!」
思わず本気の蹴りをいれると、数百キロはあろう巨体が吹き飛んだ。
衝撃で岩壁が震え、熊は呻き声をあげ苦しんでいる。
「……今のはお前が悪いだろ」
大剣を構え直し、熊の首筋に突き立てる。
赤い光が瞬き、刃が溶けるように熊の体へ吸い込まれた。
やがて巨体が崩れ落ち、静寂が戻る。
「ふぅ……どうしよ。これは流石に食いきれないや」
息を吐き、倒れた熊を見下ろす。
自分の体重の何倍もある。全部焼いてたら日が暮れる。
あの闇梟との戦いの後。
三メートル級の大蛇。さらに、何かスキルが得られるかと興味本位で捕まえたカエル。
そして、ここで巨大な熊まで仕留めた。
とりあえずいつも通り血抜きをして、“血の雫”に変えておく。
掌に生まれる赤い輝きが、また一つ増えた。
さてと、それじゃあ下準備と行きますか。
焚き火を大きめに組み、じゃんじゃん串焼きを並べていく。
そして焼いている間にも、熊の毛皮を丁寧に剥ぐ。
俺は寒くても死にはしないが、暖かいにこしたことはない。
春はもう少し先。丁度いいので、こいつの毛皮を頂くことにした。
まずは梟肉から。
鶏肉のような柔らかさを期待していたが、繊維は固く脂肪も少ない。
野性味の強い味で、鉄分の苦味が残る。
飯という観点からは、赤点だろう。
しかし、獲得したスキルは破格だった。
『超視覚』、『魔力探知』、『闇魔法:中級』その3つを一度に獲得できた。
そして、異変を感じる。
身体の奥で何かが共鳴し、新しい音を奏でる。
獲得したスキルが混ざり合い、新たな形を成したのだ。
『超聴覚』、『超嗅覚』、『超視覚』――それらが混ざり、『真界感知』という別のスキルが生まれた。
まるで、世界が音と匂いでも形を持ったかのような、全てが立体的に把握できる感覚。
「えっ……なに今の!? スキルって統合されてくもんなの?」
あまりに唐突に、上位のスキルが生まれたことに、戸惑いを隠せない。
しかし、前よりも明らかに感覚が研ぎ澄まされ、知覚能力は増している。
マジか……スキルを奪えるだけでも面白いのに、スキルの統合だと?
今後の可能性に、思わず笑いが込み上げる。
すぐさま大蛇の肉を切り取る。
脂は少なく、弾力があり、噛むほどに淡い旨味が滲む。
もっと鶏肉っぽいと思ったが、白身魚に近い。
だが今は、味よりもスキルだ。
得たスキルは『毒耐性:中』と『熱源探知』。
そして、また変化が起こった。
『魔力探知』と『熱源感知』が混ざり、『感覚統合・色域』へと進化した。
これは例えるのが難しいが、魔力や熱――つまり生体やエネルギーが持つ“色の振動”を、“感覚の層”として捉えているような、不思議な知覚。
自分でもまだよく分かって無いが、とにかく知覚能力がさらに増したのだ。
本来見えない物が、見える。
今までとは、世界の見え方――認識の仕方が根本から異なっている。
次に、熊肉をかじる。
うん。これはなんとも獣臭い。
火を通しすぎたせいかもしれないが、蛇肉の弾力とは違った硬さがある。
焼肉ではなく鍋など煮込めば美味しく食べれるかもしれない。
残念ながら、スキルは何も得られなかった。
この魔物にスキルがなかったのか、すでに獲得済みという可能性もある。
カエル肉も同様で、何もスキルが得られない。
ただこの中では、一番美味しかった。
「ん~……さすがに焼き肉だけは、そろそろ飽きてきたなぁ」
熊肉を焼きながら、煙の香りに顔をしかめる。
どれも味が特別悪いわけじゃないけど、どうにも単調すぎる。
塩。いや、胡椒でもいいので調味料があれば革命が起きるのに……。
というか鍋とかの調理道具も欲しい。
そうすればスープとか、煮込み料理とか幅が広がる。
この世界に来て、食べるという行為が、生(せい)そのものになった。
あの質素な食事から考えれば、満腹になるまで食べれるだけ幸せだ。
けれど、舌はまだ人間のまま。
贅沢を言うようだが、前世の無数の食の記憶が、この火と血と肉だけの味を許さない。
魔物狩りもいいけど、早く街に行きたい。
欲しいものも多いし、何より人が恋しい。
力をどれだけ手に入れようと、独りというのは虚しすぎる。
パチリと、焚き火が跳ねる。
(ハハッ、返事をくれるのも、焚き火だけか……)
煙の向こう、外はもう陽が高くまで昇っている。
夜までは、ここで休もう。
そしてたら、また歩き出すんだ。
後書き:
アーマーベア:Bランク。
熊の胆嚢(たんのう)と爪は薬として高く売れる。ノアはこれを知らずに捨てている。両腕の岩のような装甲は、主にカルシウムの沈着によるもの。雑食で、獲物の骨まで残さず食べるタイプ。
バジルネラ:Bランク。
この蛇は強い神経毒を有しており、呼吸困難を起こすので注意。熱探知能力により、夜や洞窟内でも狩りを行う。3mのサイズはまだまだ小型。大きくなると6mを超す。脱皮は毎年ちゃんとするタイプ。
バルドロップ:Eランク。
茶色いカエル。ボツボツした皮膚には毒があるので、ちゃんと剥がすべし。
ノアは食べてもスキルを獲得できなかったと思っている。実は『毒耐性:弱』を獲得できたのだが、バジルネラの『毒耐性:中』の前にかき消されており、気づいていない。カエルの割にあまり鳴かないタイプ。
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