二 スカウトへ

「んじゃまあ、五秒で行って帰ってくるわ」

「私の瞬間魔法パクる気?いいけど。アナタ、魔力ないわよね?」

「うっ……。と、とりあえず行ってくるぜ」

 翌日。ヤグルマは、ランリの手作り弁当を片手に持ち、校長の資料に目を通しながら目的地の廃村へと向かう。

「ったく……。いたってそんな強力な狂人じゃねえだろどうせ……」

 そんなことをブツクサとぼやきながら、てくてくと田舎道を歩いていく。都市から離れるにつれて道は細く荒くなっていく。

 その道の終着点は、荒れ果てた村だった。あちらこちらにクモの巣がはってあり、人の気配は全くない。

「おいおい……。ほんとにこんなとこに人いんのか?ネズミでも寄りつかねえぞこんなとこ。……ま、とりあえず弁当食うか。腹が減っては戦はできぬとか言うし」

 カパッと間の抜けた音とともに、ヤグルマの昼食タイムがはじまる。ランリはヤグルマの機嫌が悪いことをみこしていたのか、弁当箱には彼の好きな具材が詰め込まれていた。ヤグルマは少しにやけながら弁当を黙々と食べていく。彼が最後の一口を食べようとしたところで、待ち構えていたかのように何者かが飛び出し、ヤグルマに向かって拳を振り下ろす。ヤグルマはそれが何者かを突き止める前に体を動かした。弁当を持ったまま、素早く殴りかかってきた者の後ろに回り込む。相手が振り返る前に弁当の角を相手にぶつけ、相手が倒れたことを確認すると、ふっと息をつく。

「やれやれ、狂人か。弁当食ってるところを狙うとはな。俺には効かなかったみたいだが」

 ヤグルマはそう言って残った最後の一口を食べ、弁当箱を片付ける。

「さて、コルチウムとやらを探すとするか。のんきそうな見た目だったけど、あの狂人と戦ってやられでもしてねえよな?それだったら校長になんて言ったらいいかわかんねぇ……」

 ヤグルマのその予想は、半分当たった。近くの家の軒下あたりに、力無く座り込んでいる銀髪の子供を見つけたのだ。

「おいおい……。すげぇケガしてんじゃねえか……。大丈夫かよ?おい」

「……だれ?」

「おっ、意識はあんのか……って!?」

 ヤグルマの視界はその瞬間、ぐるりと回転する。銀髪の子供が、ヤグルマを蹴り飛ばしたのだ。ヤグルマは空中で体勢を整え、子供から少し距離を取る。

「俺は狂人討伐学校に通ってるヤグルマだ。お前は?まさかだとは思うが、コルチウムか?」

「……そうだけど、なんでぼくの名前知ってるの?」

 ヤグルマは、そう軽く自己紹介をする。しかし、コルチウムは警戒心をとかない。ヤグルマはさらに、彼に情報を与えることにする。

「お前、うちの狂人討伐学校からスカウトされてんの。それで、俺がわざわざ来たの。わかるか?」

「分かるけど、ぼくの実力なんてどこで知ったのさ」

「いや、校長も、なんか強そうだなくらいにしか思ってなかったっぽいぞ」

「なにそれ」

「だから、俺が手合わせして、強いと思ったら連れて帰ろうと思ったんだが……」

 ヤグルマはそこまで言って、コルチウムのからだを見た。彼のからだは傷だらけで、とても満足に戦える状態ではない。しかし、

「あ、大丈夫。ぼく、血液操作が能力だから」

「は!?」

「血液操作能力持ってるの。なんか変?」

「変じゃねえけど、なんでそこまでケガしてんだ?」

「ちょっといろいろ。でも、どうせなら能力使える今戦っといたほうがいいよね。ケガ治っちゃったら、自分でケガしないといけないし」

 コルチウムはそう言うと、ヤグルマの返事を待たずに片手を動かした。すると、傷口から、そして地面に流れた血液が彼の指先に集中し、武器を形作っていく。少しすると、つい先ほどまで地面に垂れていた赤い液体はなくなっていた。代わりに、コルチウムの片手には深紅の大鎌が握られている。

「え、ちょっと待て。ほんとに、やっていいのか?」

「?いいよ。ぼく、きみとは違って肉弾戦苦手なんだ。だから、こっちのほうがきみもぼくの実力知れていいでしょ?」

 コルチウムはそう言うと、大鎌を構える。その顔には、どこか不敵な笑みが浮かんでいた。





  風を切り裂き、深紅の大鎌が自由に舞う。その間をぬうように、固い拳が放たれては戻る。

 ヤグルマはコルチウムとの手合わせをはじめたのだが、開始直後からコルチウムは踊るように深紅の大鎌を振り回し、ヤグルマの拳を寄せ付けない。

「ヤグルマさん、なかなかやるね!」

「そりゃ、俺は校内最強だかんな」

「校内最強がこんな任務に?」

「校長の考えだ」

「なんかよくわかんないね、その校長」

 そう言っている間も、二人の戦闘は続く。

 段々とコルチウムの大鎌のスピードは上がり、それに合わせてヤグルマの手数も増えていく。鎌が地上を通ればヤグルマは鎌に飛び乗り、コルチウムとのリーチを詰めようとする。コルチウムはヤグルマが鎌に乗ると、鎌をくるっと回して刃の面を上にする。

「ちっ……」

「……」

 二人とも口数が減っていき、徐々に戦闘にのめり込んでいく。しかし、コルチウムが最初に仕掛けた。

 彼は突如大鎌を消したかと思うと、ヤグルマの近くに一直線に進んでいく。ヤグルマはチャンスとばかりに拳を突き出すが、コルチウムはひょいひょいとかわしていく。

 そして、彼はヤグルマのふところに入り込むと、再び血液操作能力を発動し、武器を生成する。今度は大鎌ではなく、小回りの利くナイフだった。ヤグルマはバク転でかわすが、コルチウムはそんな動きを予測していたかのようにヒュンヒュンと音を立ててナイフを振りおろす。

 ヤグルマはしばらく逃げ回り、反撃の機会をうかがったが、今回の戦闘は手合わせということを思い出し、コルチウムに振り下ろされたナイフの背をつかんで止めた。驚いた顔のコルチウムに、

「お前の実力がすごいことがよく分かった。狂人討伐学校に連れて帰ることにする」

 と、ヤグルマは言った。コルチウムはナイフを消す。

「意外だね、最強なんていうから、てっきりぼくのこと倒して勝手に連行していくものかと」

「ケガ人にそんなことするやつじゃねえよ俺は。で、だな。その身なりじゃあ、帰れねえな。治療させろ」

「え」

「え。じゃない。みんな引くぞ、ボロボロのヤツがいきなり学校に入ってきたら」

「……。しょうがないね、いいよ。でも、手首のやつだけは残しといて。帰り道に狂人と会ったとき、ぼく戦えなくなっちゃう」

「わあったって。ほら」

 ヤグルマがコルチウムのケガを治療する間、彼は居心地悪そうにもぞもぞと動く。

「動くなって。固定出来ない」

「はーい」

 コルチウムはそう素直に答えるが、やはりしばらくすると居心地悪そうにしてしまう。

「動くなって言っても無理そうだな。そのままでいいから、俺の質問に答えてくれ」

「ん〜?いいよ、ヤグルマ」

「ヤグルマさん呼びは終わりか」

「え、だってもう仲間だし。それより、質問ってなに?」

 さらっと抗議を流され、少し不服そうなヤグルマだが、質問に戻ることにした。

「お前の年齢、あと、保護者がいるならそのことも。あとは……能力の制限とか?」

「多いね。聞くこと」

「色んな情報が欠如してるスカウトだから。お前の情報がほしいの」

「あ、そういうこと」

 コルチウムは指折りしながら質問に答えていく。

「えっと……ぼくは九歳。保護者は……いない。能力の制限は、自分の血しか操れないこと……くらいかな?ねえ、ヤグルマ他に質問ある?」

「指折りしながら答えてどうして聞くんだ。それだけだ。あとは……なんかあるかな」

 ヤグルマも一緒になって指折りで聞くべき質問を数える。特にする必要のある質問がないとわかると、ヤグルマはコルチウムに手を差し伸べた。コルチウムは、素直にその手をとる。

「んじゃ、帰るとする……いや、行くとするか」

「?どこに?」

「これからの、お前のとなる場所に、だ」

 ヤグルマがニヤッと笑って口角を上げてみれば、コルチウムもまた、満面の笑顔で答える。

「これからずっとお願いね!ヤグルマ!」

 二人は廃村に背を向け、歩き始めた。

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