是枝（これえだ）邸の再築、ならびにその「中身」に関する施工記録

File 01：物件売買契約書・重要事項説明書（抜粋）

【本ファイルに関する注釈】

以下のテキストデータは、202X年9月に発生した「是枝邸倒壊・行方不明事件」の関連資料として、関係者と思われる匿名の人物から当編集部へ郵送されたものである。

データ内には、当該物件の売買契約に関する書類のスキャンデータ（OCR処理済み）、および担当不動産仲介業者の社内チャットログと思われる記録が含まれていた。

プライバシー保護のため、一部の固有名詞には加工を施している。

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資料番号：01-A

件名：不動産売買契約書（写）および重要事項説明書（抜粋）

作成日：202X年2月14日

売主：■■■■

買主：是枝 徹、是枝 杏奈

仲介：株式会社リビング・エステート

【物件の表示】

所在：東京都S区■■町三丁目14番地

地番：14番2

家屋番号：14番2

種類：居宅

構造：木造スレート葺2階建

床面積：1階 52.48平方メートル／2階 48.00平方メートル

築年月：昭和63年8月新築（築35年）

【売買代金】

金 9,800,000 円

（注：当該エリアの土地・建物相場は通常4,000万円〜6,000万円前後であり、本取引価格は異常な廉価であると言える）

【特約事項（抜粋）】

第12条（契約不適合責任の免責）

売主は、本物件引渡し後、本物件の契約不適合（雨漏り、シロアリの害、建物の構造上主要な部位の木部の腐食、給排水管の故障等を含むがこれらに限られない）について、一切の責任を負わないものとする。買主は、本物件が築古の既存住宅であることを十分に理解し、自らの責任と負担においてリノベーション工事等を実施することを前提にこれを承諾する。

第15条（境界の明示義務の免除）

売主は、隣接地との境界について明示する義務を負わない。なお、本物件敷地内において、地中埋設物（古井戸、浄化槽、コンクリート片、瓦礫、その他生活用品等の残置物を含む）が発見された場合においても、売主はその撤去および処分の責任を負わず、買主の負担において処理するものとする。

第18条（告知事項）

本物件は、いわゆる「事故物件」には該当しないものの、近隣住民等の間で、本物件に関する心理的嫌悪感を催すような風評（騒音、振動、幻聴等の訴えを含むが事実は確認されていない）が存在する可能性があることを、買主は確認・承諾の上で買い受けるものとする。

なお、買主は、本項記載の事情を理由として、売買契約の解除、代金減額請求、または損害賠償請求を行うことはできない。

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資料番号：01-B

件名：重要事項説明書・補足資料「物件状況等報告書」

備考：手書きによる書き込みが多数あり

【物件状況】

[ ] 雨漏りを発見したことがある

　　→（手書き）過去の記録なし。ただし2階和室天井に原因不明の染みあり。

[ ] シロアリの害を発見したことがある

　　→（手書き）なし。床下点検口より確認済み。※奥の基礎部分については未確認（進入不可のため）。

[ ] 建物の傾きを感じたことがある

　　→（手書き）なし。

[ ] 過去に火災等の災害があった

　　→（手書き）なし。

[ ] 石綿（アスベスト）使用調査の有無

　　→（手書き）調査記録なし。解体時要注意。

【その他の告知事項】

本物件の増築未登記部分について

本物件の1階北側部分（約3畳の納戸スペース）については、建築確認申請時の図面には存在せず、昭和■■年頃に前所有者が独自に増築を行ったものと推測される。当該部分については構造上の安全性が確認されていないため、解体・改修工事の際は十分な注意を要する。

残置物について

前所有者の相続人より「建物内の動産類は全て撤去済み」との報告を受けているが、屋根裏、床下、壁内等の隠蔽部分については未確認である。万が一、これらから残置物が発見された場合も、現況有姿にて引き渡すものとする。

（手書きメモ：※神棚、仏壇等の祭祀に関する物品が出てきた場合は、工務店にてお祓い等の適切な処置を推奨すること）

近隣関係について

西側隣地所有者より、本物件の敷地境界付近にある古木（柿の木）について「枝が越境している」「夜間に異音がする」等の苦情が過去に寄せられた経緯がある。現在は剪定済みであるが、近隣対応には留意されたい。

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資料番号：01-C

件名：株式会社リビング・エステート 社内チャットログ（抜粋）

日時：202X年2月10日〜2月14日

参加者：竹下（営業担当）、課長

[2/10 14:30] 竹下

お疲れ様です。S区の是枝様案件、申込み入りました。満額です。

[2/10 14:35] 課長

まじか。あの物件で？

重要事項の説明は大丈夫なんだろうな。後で揉めるのは御免だぞ。

[2/10 14:38] 竹下

はい、「心理的瑕疵あり」として告知書には記載します。ただ、実害（殺人とか自殺とか）があったわけじゃないんで、あくまで「風評」レベルということで納得してもらってます。

ご主人は建築関係の方ではないですが、DIY好きらしくて「安く買って自分好みにフルリノベできるなら最高だ」と。かなり乗り気です。

[2/10 14:40] 課長

奥さんは？

[2/10 14:42] 竹下

少し気にされてましたが、立地と価格のバランスで押し切れました。

あと、内見の時に「少しカビ臭いですね」とは言われましたが、「しばらく空き家だったんで換気すれば直ります」と説明してます。

[2/10 14:55] 課長

カビならいいけどな。

前の所有者（※削除済み）の件、詳しくは話してないよな？

[2/10 14:58] 竹下

もちろんです。そこまで話す義務はないですし、そもそも警察も事件性なしとして処理してますから。

ただ、近所の目があるんで、リフォーム業者は「事情を知らない」ところを使ってもらった方がいいですね。是枝さんが自分で探してきた工務店にお願いすることになってます。「株式会社リノベ・クラフト」とかいう、若い会社です。

[2/10 15:05] 課長

了解。とにかく、契約急げ。

手付解除の期日も短く設定しておけ。

あそこは、更地にすると「出る」から、上物付きで売るしかないんだ。

解体して中身をいじくり回すのが吉と出るか凶と出るかは知らんが、引き渡してしまえばこっちの手は離れる。

[2/10 15:10] 竹下

承知しました。14日に契約締結で進めます。

あと、気休めかもしれませんが、鍵渡す前に一度、私のほうで塩もっときますか？

内見の時、なんか視線感じるというか、ずっと耳鳴りがしてて。

[2/10 15:15] 課長

余計なことするな。変に刺激すると憑いてくるぞ。

事務的に、淡々と処理しろ。

[2/10 15:16] 竹下

……はい。分かりました。

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資料番号：01-D

件名：是枝邸リノベーション工事請負契約書・別紙図面（メモ書き）

発見場所：工務店事務所内ファイル

（図面への手書きメモ）

・1F和室の押入れ、奥行きがおかしい。図面だと900mmあるはずが、実測だと600mmしかない。奥に300mmの空洞？

・壁を叩くと音が反響する。中空ではない？ 何か詰まっているような鈍い音。

・解体初日に大工のＡさんが「釘が刺さらない」と言っていた場所、ここかも。

・施主希望により、この壁は撤去してLDKと繋げる予定。

・※要確認：柱に彫り込みのような傷多数あり。

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【編集部による追記】

上記の契約成立により、是枝夫妻は当該物件の所有権を取得。

同年3月より、大規模なリノベーション工事が開始された。

それは、35年間封印されていた「家の中身」を、白日の下に晒す行為に他ならなかった。

（File 02へ続く）