なな皿目 『晴れときどき霹靂』

 前略 幼少期より世話をしてくれたおじさんへ


 恥の多い人生でしたが、犯罪には手を染めず潔白のままここまできました。


 しかし、今愛すべき幼馴染のおかげで犯罪者にされそうです。草々。


 


 柄にもなく、僕が頭の中で手紙をしたためていたのは、ミキの町長室、つまり役所に不法侵入するというサルでもわかる無茶な提案をきいたからである。



「い、いやいやいや!ど、どうやって町長室まで行く気だよ!」



 コウの話では、町長室は役所の二階、一番南の部屋に位置するらしい。


 そこまでは職員や住民の目線も搔い潜りながらの決死の侵入となるだろうから……


 断言しよう。無理だ。



「ふふふ。今日は何の日かね。はい!コウくん!」



 悪だくみするような顔でミキは勢いよくコウを指さした。



「そりゃ、祭りの日に決まって……」


「正解!」



 僕は何を分かり切ったことを言うんだこの女はと思った。


 外からは神輿や屋台の賑わう声が聞こえてくるし、まだ祭りをやって……



「そう祭りなのです。都会じゃ知らないけど、こんな田舎じゃ役所はしまっててみんな出払ってるんだよ」


「まさか……」



 瞬間、ミキはニッと歯を見せ悪い顔のまま僕の鼻先ぴったりに指を押し当て



「そこを狙う!」



 と無茶を言ってのけた。


 そう、彼女はしっかり不法侵入します!と宣言したのだ。



「お前の彼女こんなにバカだったのか」



 自信満々なミキに僕らは背を向け聞こえないように小声で話し合う。



「いや学校での成績順位は高いほうなんだが、今は町長への怒りでどうやら脳が熱されているらしい」


「そこ!こそこそ話さない!」



 こんな悪態もつきたくなる。なんせ身を挺して守ったのにそれを無駄にするような提案なのだから。



「さぁいくよ~、おー!」


「お~……」



 ミキは乗り気ではない僕ら二人とは対照的に、闘志を燃やしていた。



    ***



「……」



 役所に着いた僕たちは、全員一斉に呼吸を止めた。


 目の前に開かずの扉が現れたのだ。ミキの完全計画ではこんな扉は存在しないはずだった……


三人の目はおおよそ同じ所を見ているに違いない。


 目に映るは、ステンレスのドアの手すり、銀色に輝く鋼鉄の鎖、そして何ものも通さないと言わんばかりのごっつい黄金の南京錠……


 そう、端的にいえば、役所は完全にしまっていた。



「よ、よく考えたらそりゃそうだよな。職員もいないんだ。田舎でも鍵くらいかけるさ……」


「ま、まあミキが怒ってくれて僕はすっごく嬉しかったぞ……!」



 コウが頭をかかえ、ミキが落ち込んでるだろう僕がフォローするがその当人は



「……まだ、だよ」



 何かを小声で言い、役所に面する道路の花壇に向かって歩き始めた。



「え?なんて……ってどこいくんだよ」



 ミキはその花壇にあったあるものを拾い上げ振りかぶっていた。


 それは……拳サイズの石だった。



「ちょっと!お前何を!!」



 さながらメジャーリーガーのような美しいフォームで閉ざされた扉に投球しようとする彼女をコウは羽交い絞めで必死に止めた。



「まだ私たちの戦いは終わってない!!」



 いや、それをやったら人生が終わるぞ……マジで。



    ***



「ごめんなさい。前が見えていませんでした。反省してます」



 再度コウの部屋に舞い戻った僕ら。



「確かに無茶だったけど、気持ちはわかるよ」



 気持ちはわかる。なぜか絵を破かれ圧力までかけられたのだ。理不尽を感じて当然だった。


 僕だって一泡吹かせてやりたいとは思う。しかし、もう手立ては正攻法しか思いつかなかった。



「もう普通に直談判しに行こう」



 そう僕は提案した。



「いきなり他人の絵を破るような相手だよ?そんなの……」


「相手も大人だ……わかってくれるさ。それに神社の中のものを勝手に持って行ったのは相手も同じだ。証拠だってこっちにはある」



 証拠がある分こちらの方が有利かもしれない。忘れたというならこの僕の頬の傷を見せつけて思い出してもらうことにしよう。


 その後三人は、お互い一言も話さず明日に備え床についた。


 皆不安なのだ。あの頭痛と誰も知らない女の子。僕らしか覚えていない女の子……思い出さなきゃいけない気がするんだ……





「よし行くか」



 僕ら三人は目元にクマを作って血走った眼を並らべて立っていた。熟睡などできるはずがなかった。


 昨日、微かな祭りの明りで照らされていたこの町の役所。


 本日は曇天で町の空気はじめじめし、小さな役所が大きな憂鬱を孕んでいた。


 その憂鬱を後押しするようにセミが今日も元気に鳴いている。



「あの人こっちみてない?」



 昨日開かずの扉と化していたものは今日は素直に口を開いている。


 手すりに手をかけ僕が開けようとするとミキが後ろでこそこそ話し始めた。


 どうやらミキが気になっているのは、昨日彼女が投げようとした石を拾った花壇の後ろ。そこに帽子の上からフードを被り、その上マスクまでした人物がこちらの様子を窺っていた。


 曇天とはいえ、この暑さと湿気。誰かに見つかりたくないのかもしれないが、あの恰好は逆に目立つのではないかと思う。



「目を合わせるな。怪しまれる」



 そいつを気にしないふりをして、僕らは役所の中に入っていった。





「どうされましたか?」



 受け付けで職員が聞く。



「あの!町長さんにお話しがあるんですけど!」


「え……」



 職員の女性は顔を引きつらせる。当然だ。いきなり来て誰かに合わせろなどというやつは夏の暑さに脳をやられた変態である。撮影されてSNSにでも投稿されればいい笑いものだ。



「あ、アポイントメントのほうは」


「とっ……ていませんけど!会いたいんです!お話が」


「町長は今出かけておりまして……」


「何をしてるのかね?」



 すると奥から昨日の憎き町長が憂鬱な顔をぶら下げて出てきた。


 何か緊迫した空気が流れる。受付奥の職員もこちらの様子を固唾をのんで見守っているようだった。



「町長……さん」


「困るよ?いきなり来られては」


「絵を返してほしいんです!」


「絵?はてなんのことか」



 あくまで白を切るつもりか……



「とぼけないでください!昨日あなたが破いた破片を集めたら一枚分しかなかったんです!」


「絵など破いていないが。なんの話だね」



 絵のことなど知らないと言われてしまえばそれまでだ。だが昨日僕らが出会った証拠はまだある。



「それにこの傷!これは昨日僕が……」


「おおそうだったそうだった!昨日、うしろの君が君を殴ったのを私もみたよ!」



 それは確かな事実だ。だが、こいつ……



「これは大変だ。通報しなくてはな」



 また圧をかけるつもりか。通報されれば僕が気にしないといっても大学内で問題になるかもしれない。



「何を言っても無駄か……」


「帰ろう二人とも」



 僕ら三人はおめおめと踵を返した。ここは引くしかない。


 こうなるかもしれないと考えてはいた。だが二度目の敗走は心にくる……



「住民の方がおかえりのようだ。笑って見送ってさしあげなさい!」



 そう町長がいうと職員は全員で大笑いを始めた。異様な光景だった。


 国の役所がこれってどこまでも腐っていると感じたが、職員の顔は苦虫をかみつぶしたかのような苦しみを含んでいるようにも感じた。




 


 三人が役所をあとにしようと来た道のほうに身体を向けた時、向いた方と逆側から急ぐ足音が聞こえ、一人の人物が慌てて声をかけてきた。



「君たち!ちょっと!」



 それは先ほど僕らを見ていた人物のようで、フードと帽子を外しながら近寄ってくる。それはどうやら三十過ぎの男性ようで、必死な感じが妙に怖い。



「さっきの……何か用ですか?」


「見ていてたよ!町長に苦情を入れに来たんだろ?」



 男性は僕の手をとりよくやったとぶんぶん上下に振った。


 苦情……そんなものではなく、僕らは決戦のつもりで来たのだが……とにかく手を離してほしい。



「苦情というか、返してほしいものがあって」


「返してほしいもの?君たちも金でもとられたのかい?あの強欲な町長ならやりかねない」


「いや、お金ではなくて……」



 そうだろうそうだろうと自分自身で何か納得しているようだが、僕らの抱える問題とは全く違う……というかさっさと僕の手を離せこら。


 僕は男性の汗で蒸された手を振りほどく。



「で、結局あなたはなんなんですか?」


「僕は町長が尻尾を出すスキを狙っているんだよ」


「スキ?」



 どうやらこの男性も何かあの偉そうなおっさんに不満があるようだ。僕らと同じく何か取られたりしたのだろうか?


 しかし、その男性は予想外のことを語り始める。



「実は町長には、今横領や脱税の疑惑がかかっているんだ」


「そ、そうなんですか?」



 それは僕らの絵を破いたどころの騒ぎではないのではないのか……


 二年住んでいてそういう噂は聞いたことがなかった。


 コウとミキにもアイコンタクトで確かめるが、どうやら初耳のようだった。



「俺は先月クビになったんだが、町長の不正は皆知っているんだ。でもクビになるのを恐れて指摘できない……だから、証拠がいるんだ」



 それが事実ならとんでもないことだ。だがそうなってくると話が変わってくる。きっとここからは警察の領分……それに僕たちはあの女の子や伝承のことを調べなくてはならない。リスクは冒せない……はずだけど何か……



「確かに悪人かもしれませんが、俺たち素人にはどうにも……」



 コウが僕の後ろから前に出て、正論を言うが



「頼む!町長室にある資料を取ってきてほしいんだ!入ってすぐ右の戸棚にあるから!」



 男性はこちらの事情などお構いなしに急な特大のお願いをしてきた。


 確かに僕らも町長室に忍びこもうとした不届きものだが、その計画は昨晩砕けたのだ。



「いや、あれほどの人がいる中どうやって……」


「これ!町長室の鍵だから!頼んだよ!」



 僕らが戸惑っていると男性は無理やり僕の手の中に二つに折られた小さなメモと鍵と渡してきた。人生でこれほど人の手に触れたのは初めてではなかろうか。ファーストが見知らぬ男性ってのは神様の趣味を疑う。



「ちょ、ちょっと!」


「あ!そうだ俺、ササハラ!あとはメモを見てくれ!」



 じゃああとは任せたと言わんばかりにササハラは手を振りながら去っていった。


 渡されたメモを開くとそこにはササハラの電話番号が書かれていた。


 貧困生活で固定電話しかもってこなかった僕の初のTEL番ゲットが見知らぬ男性……神様。


 ササハラさんを見送り呆然と立ち尽くす僕ら。


 口火を切ってくれたのはコウだった。



「ど、どうする?そもそも信用していいのか?」


「あの職員の態度や表情。普段から職場環境はよくはなさそうだな。もし証拠があれば不正の嫌疑を盾に話し合いに持っていけるかもしれないが……」



 脅迫に当たるかもしれないが毒を以て毒を制すともいうしこちらには大義もある。町のためにもやってみる価値はあるかもしれないが、どうやって侵入したらいいのやら……


 その時、ミキが何かに気づいた。



「ん?なんか聞こえない?」



 ……たしかに、小さくゴゴゴと聞こえる気がする。工事の音だろうか?


 そんなことを考えているうちに音はだんだん大きくなっていき、



「ゆ、揺れてないか……?」



 音とともに揺れも発生し始めた。



「なっ?!」



 僕らはお互い肩を貸し合いながら耐えていると揺れが収まっていった。


と、思ったら突然


ドドドドドドドッ!


 役所の目の前にある道路から水柱が出現したのだ。



「は?!なんだあれ!」


「もしかして、水道管が破裂したんじゃないのか?!」



 すると、役所の中からも騒がしい足音が聞こえてきて、町長を先頭に職員たちが外に出てきた。



「何が起きている!」



 それを見ていたコウは何かひらめいたようにこっちの肩をたたいて



「今だ……今しかない!」



 と顎で合図をした。その指し示す先には役所の玄関扉。


 確かにこれは唯一のチャンスかもしれない。


 今三人の心は同じほうを向いていた。



    ***



ガチャッ。ギィー。


 ドアを開ける音が小さく建物に響く。



「確かここだ」



 ササハラさんが言った通り、町長室に入ってすぐの右の戸棚には鍵がかけられていた。よく見るとここの棚だけに鍵が取り付けられているようだ。これでは大切なものを隠していますよと盗人に伝えているようなものだが。



「開いた……」



 僕が鍵で開け、中を確かめる。話の通り中にはいくつかの資料とかなり古い巻物のようなものも置かれていた。



「この中に不正の証拠があるんだね……」


「おい!こっちの机に昨日のウリの絵もあったぞ!やっぱり破いてなんかなかったんだ」



 コウは町長室の窓側にドンっと偉そうに置かれた高級机の一番上の引き出しから、あの時奪われた何故か神社に奉納されていた僕の絵を見つけ出した。


 その後、資料を三等分にして各々急いで運んだ。巻物も何かに使えるだろうと僕は失礼して脇に挟んで運ぶ。


 ドアに向かおうと身体を向けた時、ぴらっと何かが地面に落ちていくのが見えた。どうやら資料に挟まっていたのだろう。



「ん?なんか落ちて……」



 それは、『子を思う母の優しさが悲劇に』という見出しで始まる10年くらい前の新聞の切り抜きであった。


 それはある母親が熱を出した子どものために元々あった河童の本社にお参りにいこうとしたが、その日は大雨が降っており、歩いていた道の柵が壊れ、濁流にのまれて亡くなったという記事だった。


 その記事の右端に小さな写真が貼られており、その女性の笑顔を僕はよく知っていた。



「かあ……さん……?」



 外では破裂した水道管から噴き出す水が地面に向かって降り注ぐ音がしている。


 そういえばあの時も水が地面を叩き付ける音をききながら母さんが帰ってくるのを待っていたっけ。


 青天の霹靂。


 僕の晴れわたるような心に過去からの稲妻が走った。






         ***


あとがき

【作者からのお願い☆】


少しでも


「面白かった!」


「作品に興味あり!」


と思っていただけましたら幸いです!



作者は小説ほぼ未経験、初投稿で右も左もわかっていませんので、優しく応援していただけるととてもうれしいです!



気に入っていただけましたら


ぜひ下にある♡から、応援よろしくお願いいたします。



仲良くしていただける方はフォローもぜひ!


皆様の一助になれる作品を目指し邁進いたしますので


何卒応援のほどよろしくお願いいたします。




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