よん皿目 『晴れときどき雨模様』

夏の風呂場でも足元がタイルだとひんやりする。


 このままでは風邪をひきかねないので、おかれたプラスチックの黄色い桶に湯舟から湯を汲み身体のよごれを軽く流す。



「……カエルじゃないんだな」



 桶に描かれた河童のイラストをみてボソッとつぶやく。


 なぜ他人の家の風呂はこんなにも落ち着かないのだろうか。ましてや美少女がいる家の風呂場など、落ち着けるわけがない。


 風呂とトイレと言えば、人間が唯一安心できる地上の楽園だというのに……


 そう思いながら足元に置かれたムクロジ石鹼を手に取り、指でこねたり撫でたりして時間をつぶしていた。


 しかしよく考えてもみろ。「一緒に入っちゃいましょうか」と彼女は言ったが、何も裸で入るとは言っていないのだ。


 そうかわかったぞ。どうせリアル河童スーツを着て一緒に入る。そんなところだろう。ふふふ、大人を甘く見てもらっては困るなお嬢さん。彼女の年齢は全くもってしらないのだが。



「湯加減どうですか?」



 妄想内で大勝利を確信していた僕に、曇りガラスの戸の前に立ってリツが聞く。彼女のシルエットだけが見えている。



「アア。イイカンジダゾー」



 余裕な態度を魅せようとして変にぎこちないカタコトのようになってしまった。



「それでは私も入りますね」



ガラガラガラ


 さぁ!開くぞパンドラの箱が!こっちの(河童スーツを見る)覚悟はできているぞ小娘!



「失礼いたします」



 そこにはなんの照れ隠しもなく、純白な穢れを知らない肌を見せつける裸の彼女が立っていた。


……かかか、



「河童じゃないぃいいぃい?!」


「私河童ですよ?」


「そうでした河童様でしたぁああ!!」



 無意識に僕は心の中と外、同時に叫んでいた。





「あの……」



 風呂は裸の付き合いの場なので、隠すなんて考えもしなかったと彼女は言った。なので僕はせめてタオル一枚くらいはつけてくれと頼んだ。



「お見苦しいものをみせてしまい、申し訳ありません」



 そう彼女は深々と照れながら謝るが、たとえ同性だとしてもあの美しさには感動さえ覚えるだろう。


ごしごし。


 タオル一枚の彼女の手のぬくもりが、ムクロジ石鹸を挟んで背中に伝わってくる。



「……ウリさん」



 何か決意じみた声に僕は少し振り返る。



「今日はなぜ逃げてしまわれたのですか?」


「それは……」



 別にいいだろと言おうとしたが、リツの目は「話してください」とまっすぐに伝えてきていた。そんなに大したことでもないと思うが彼女はなぜか真剣だ。



「……僕らの前から歩いてきた二人いただろ?」


「はい。コウさんとミキさんですよね?お二人のことは知っています」


「なんだ、さすが河童様。」



 どうやら町中のことは把握しているらしい。



「昔はもう一人を含めた四人でよく遊んでいたんだ。だけど僕があっちの親によく思われていなかったのか、僕とは遊んじゃダメって言われたみたいなんだ。そこから無視されたりして結局疎遠って感じ……」


「……そう、なんですね」


「だからさ、あまりの気まずさに焦って逃げてしまっていう情けない話さ」



 それをきくと僕の後ろで、彼女は無言で首をふるふると振った。


 どうやらそんなことないと言いたいらしいが、実際情けないとしか言いようがない。面と向かって話すべきだったと思う。これからも会うかもしれないし毎度逃げるわけにもいかない。



「その……四人って、言いましたよね……もう一人の方はどうしたのですか?」



 もう一人……あの女の子のことは全くわからない。まずどこに住んでいるのかも知らないし姿も印象的な部分だけでそこまではっきりと覚えてはいない。



「さぁね。まぁほかの二人と同じで、親に近づくなとでも言われて愛想尽かしたんじゃないのかなぁ。あれ以来会ってもないし今の僕みたいなどうしようもないの奴に再会したところでうれしくなんて……」



バシャン!


 突如、上から大量のお湯が降ってきた。天井でも抜けたのかと思った。


ムクロジ石鹸のいい香りがシャボンと共に漂い、排水溝に泡が流れていく。



「……ください」


「え……」


「そんなこと言わないでください!きっと皆さんウリさんの事を今も思いやってます!コウさんもミキさんもその……女の子も」



 そう言うとリツは勢いよく曇りガラスの戸を開け放ち出て行ってしまった。残ったのは、彼女が僕に湯をかけるのに使った黄色い桶と雨に濡れた野良猫みたいな僕……いやドブネズミと言った方が相応しいみじめさかもしれない。


 踵を返し出ていく彼女の表情は、唇を噛みしめ眉を中央に寄せ、怒りと悲しみと戸惑いの入り混じったぐちゃぐちゃな顔だった。


 ちょうど、ファミレスのドリンクバーで色々な味のソフトドリンクを混ぜたような顔。ひとつひとつは魅力的なのに混ぜると最悪だ。


 つまり……まずい状況ということである。





 風呂から上がった僕はオヤジさんに「ここで寝ろバカ野郎」と言われ部屋を与えられた。なぜか娘のことには一切触れてこなかった。


 新たな住まいとなった僕の部屋は、とにかく静かで特別涼しかった。河童の家が特殊なのか今の僕の心境がそうさせるのか……


 何故あんな顔をしたのかいまだ釈然としなかった。何か悪い事を言っただろうか?確かに過去の友人の事情も知らずに推測でものを言ったのは悪かったがほんとにそれが原因か……?



「わかんねぇ……」



 そういいながら、用意された布団にもぐった。


ガサッ


 腰の下で何かがつぶれる。少し動くたびに音がする。どうやら紙のようだが。


 片腕で状態を起こし、もう片腕でその犯人を捕まえる。折りたたまれた長方形の紙……どうやら手紙のようだ。手紙は2枚あり、手のひらサイズのものが重なっている。一枚は文でもう一枚は地図?のようだった。



「ウリさん先ほどはごめんなさい」



 そんな文章から始まっていた。どうやらリツからのようだ。



「いきなり大きな声を出してびっくりされたと思います。もしかしたら怒ったようにみえたかもしれません。しかし怒ったわけではないのです!そう……少なくともウリさんに怒ったわけではないと思います」



 確かに複雑な感情の顔をあの時の彼女はしていた。だが、あれはあくまで僕の無配慮な言葉が原因でリツが気に病むことではないと思うが……



「あとお風呂場で話そうとしていたことを一つ忘れておりました。明日、この場所に行ってみてほしいのです。ウリさんの助けになると思います」



 そこまで読むともう一枚の方にも目を通す。


 ここをでて、河原まで戻ったら昼間いった駄菓子の前まで歩き、そこから森に続く坂道を登って行った先に目的地はあるらしい……が、これはあくまで僕が察したことであり、この彼女の手書きの地図は独特だった。


 なんなんだこのデフォルメされきった地図は。ゴール地点には燦然と輝く星(彼女なりには輝いているのだろう)ものが描かれている。


 今適当に経路を整理してみたが果たしてあっているのだろうか。彼女に聞いてみたかったが、今はやめていこうと思いとどまった。


 僕は枕もとに手紙を置き、今日あったことを整理してみた。


 起きてすぐに大家さんから逃げて、崖からダイブし、河童に拾われ、過去から逃げて、住かが取り壊され、河童と風呂に入り、最後は河童を怒らしてフィニッシュ。


 一日の容量を超えているぞ、完全に。僕はそんな働きものではない。努力も好きな方ではない。もっと労わってほしいものだ。



「皆さんウリさんのことを思いやっています」



 一瞬彼女のあの時の言葉が浮かんだ。


 そんなことを考えていた僕は、知らぬ間に眠りに落ちていた。



    ***



ミーンミンミン


 朝セミの声で目を覚ました。まだ朝だというのにすでに気温は高い。しかし、夏の朝は空気が澄んでいて僕は好きだ。だというのに最高の気分に水を差す違和感があった。



「ん……せ、背中が痛い……」



 そう、背中が痛いのだ。とりあえず寝ぼけ眼で時計を探してみる。が、どこにもない。適当に手を動かしてみてもどこにもない。届く範囲にはないことがわかった。


がさっ。


 何かにあたった。これはなんだ。なんというかつるつるつぺつぺしている感じ。家の中にこんなものあったっけ?


ピタ。


 そんなことを考えていると、何かが額にとまったのを感じた。ハエでもいたのだろうかまさか絶対いてほしくないヤツだろうか……


 最悪な結末を想像していた次の瞬間。


ミーンミンミン!


 僕の鼓膜までおおよそ13センチほどの距離でセミが鳴いたのだ。


 そう、額にとまっていたのはセミだった。



「なんだ!うるさッ!!」



 僕はおもわず飛び起きた。セミは衝撃で飛んでいく。窓でも開けて寝てしまったのだろうか。


 しかしセミ以上に、目の前の光景は信じがたいものだった。目覚めたのにまだ夢の中のような感じ。というか自分が信用できなかった。


 自分が寝ていたのは森の中、つまりは外だったのだ。自分のいるところだけがやけに草木が少ない。何かがここにあったかのように。


 そしてよくよく地面を見た時、さきほど触っていたつるつるつぺつぺしたものは草だったのだと気づく。


 僕は考えを巡らせるが昨日の事が判然としない。たしか家が取り壊されて、どこで寝泊まりしたものかと考えあぐねていたことは覚えている。それからは……ダメだ、思い出せない。


 酒でも飲んだっけと思ったが、そもそものお金がないのでそれはあり得なかった。悲しい消去法である。



「がー!どうなってるんだよ!いったいなにが……ん?」



 腰を抜かし立てずにいた僕の手元に2枚の紙を見つける。どうやら地図のようだ。この手紙……



「誰のだ?」



 自分の名前が文章の中に使われている、しかもあだ名で。なら僕宛てで間違いないのだろう。しかし覚えていない。


 覚えてはいないが、何かこう大切なものの気がする。


 地図には星マークがついていて行くしかないような気がした。



    ***



「ありがとう!店主のおばあちゃん!」



 ゴール地点までの道中、通りかかった駄菓子屋の店主のおばあさんがラムネをおごってくれた。2年住んでいて気づかなかったがいい町じゃないか!


 水分、糖分を補給出来て大満足だ。貧困生活に慣れ親しんでいた僕には十分な食事である。



「えーっと、この駄菓子屋の前をまっすぐっと」



 駄菓子屋の前の坂道を登っていく。坂道、セミの鳴き声、夏の日差し。最悪なコンビネーションだが、ラムネのパワーは僕には絶大だった。スイスイ足が動く。


 少しいくと地図の通り、目の前に森が見えてきた。



「……ここいくのか」



 森の入り口まできて気づいた。天まで伸びるような石の階段がそびえていたのだ。地図には書いていないが、どうやらここを行けということらしい。ラムネの幸運とこの階段で、今日の運勢は差し引きゼロであった。





 頬を伝う汗、肌に張り付いたシャツ、階段ににらみを利かせる成人男性。夏らしいといえば夏らしいのかもしれない。



「あれって……もしかして鳥居?河童……大明神?」



 汗を拭う目線の先には古びた鳥居。どうやら階段の先のゴールは神社のようだ。その鳥居の中央に取り付けられた神額に河童大明神という文字が書かれている。河童の神社?UMAの社なんて珍しいな。


 2年間住んだ僕……幼い頃も合わせると12年ほど住んだはずだが、この場所を僕は覚えてはいなかった。


 



「あと……一段……ゴーーールッ!」


「え?!ウ……リ……?」



 両手をあげて久しぶりの達成感を堪能している僕は、二人の男女と目が合った。


 これはあれだ。……魔王第二形態?







***


あとがき

【作者からのお願い☆】


少しでも


「面白かった!」


「作品に興味あり!」


と思っていただけましたら幸いです!



作者は小説ほぼ未経験、初投稿で右も左もわかっていませんので、優しく応援していただけるととてもうれしいです!



気に入っていただけましたら


ぜひ下にある♡から、応援よろしくお願いいたします。



仲良くしていただける方はフォローもぜひ!


皆様の一助になれる作品を目指し邁進いたしますので


何卒応援のほどよろしくお願いいたします。



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