第一章 軍人王女と武器商人①

「フレイヤ王女殿下にご挨拶申し上げます」

「面を上げよ。よく来たな、ギルモア商会の会長」

 王女である私に謁見を申し込み、王宮の応接室までやってきたのは商人の男二人。

 大柄な五十代くらいの男と細身の若い男だ。

 細身な男の方へ、私の視線は自然と引きつけられた。

 人間は、光ったり揺れたりするものを目で追ってしまうという。

 私も例にもれず、男の耳元で光を受け揺れる大ぶりなすいのイヤリングをつい追ってしまった。

 大きな翡翠は我が国では大層珍しい。会話の糸口にするためにつけているのだろうか。

「軍人王女と名高い殿下にこうしてお会いできて光栄です」

 十二歳から王国軍に入隊し、二十歳の現在に至るまで隣国とのり合いや魔物討伐に赴いている私のことを「軍人王女」と呼ぶ者は多い。

 本名のフレイヤ・ウィンナイトよりも「軍人王女」の方が知られているかもしれない。

「軍の任務で王宮にいることが少ない故、会えるまで待たせてしまったな。それで、何の用だ?」

 大柄でいかつく退役軍人と言われても納得しそうな容姿の男が、ギルモア商会の会長クレメンス・ギルモアだ。

「実は、ギルモア商会の開発した武器が王女殿下のお役に立つのではと考え、謁見を申し込んだ次第です」

「大きなものではないようだな? 早速見せてみろ」

 彼らの斜め後ろには、両手で抱えられる程度の木箱がいくつか積まれているが、中身が何か予想もつかない。

 商人たちがこういった話を持って来ることは非常に多い。

 王宮に出入りを許されている商人であれば、担当者のところにすぐ行けばいい。

 しかし、王宮に出入りできない商人たちは、王族に謁見申請をして散々待たされた挙句に断られるのが常だ。今回の私の判断は、異例中の異例である。

「息子に用意させます。まさか王女殿下にお目通りかなうとは思っておらず、今回は非常に驚きました」

 息子だという若い男が何かを準備している間に、会長は間をもたせるためかあいよくみ手をして切り出した。揉み手をするだけで商人らしからぬ迫力がある。

 息子は細身で絶え間なく爽やかな笑みを浮かべていて、威圧感はじんもないがなぜかさんくさい。驚くほど似ていない親子だ。

「ギルモア商会は、王立の児童養護施設から身寄りのない子どもの雇い入れをしてくれているだろう。だからなるべく早く会おうと思った。王宮も児童養護施設の就職支援をしているが、毎年のように雇い入れてくれるところは希少だ。会長の尽力に感謝している」

「あぁ、左様でございましたか。最近商会を大きくしたので毎年人手が足りないということもありますし、何より妻が熱心なのです。我々には子どもができなかったもので」

 私はおうよううなずきながら、違和感に気づいて首をわずかにかしげる。

 会長はつい先ほど、息子と言わなかっただろうか。

「こちらの息子は、児童養護施設から引き取った養子なのです。王女殿下と同い年の二十歳になります。ジスラン、王女殿下にご挨拶を」

 荷物の中から木箱を一つ選び出した若い男は、私の前までやってきて再び礼をとる。

「ギルモア商会の武器商人ジスラン・ギルモアと申します。こちらはご挨拶の代わりに、王女殿下への贈り物です」

 ジスランという男は、黒い手袋をめた手で箱をうやうやしく開けて中を見せてくる。

 箱の中身より彼の容姿と格好に視線がいった。

 まっすぐな黒い髪に、両耳で揺れるイヤリングと同じ翡翠色の目。

 実子でないのも納得だ、茶髪でいかつい会長とは似ても似つかない。

 さらには薄紫のジャケット。びるために私の目の色を意識して着てきたのだろうか。

 ジスランという男を引き続き観察する。

 彼の翡翠色の目を見て妙な気分が湧き上がってきた。

 何か、重要な過去を思い出しそうだった。なつかしくはない、むしろ思い出したくない。喉の奥に刺さった魚の小骨のような嫌な記憶。

「王女殿下?」

 会長からいぶかしげに呼ばれて我に返る。

「あぁ……これは、マスケット銃か? それにしては銃身が短いな」

「外見は似せてありますが魔力銃といいます」

 箱の中に入っていたのは、軍と取引のあるベッグフォード商会がついこの前輸入品だと持ってきたマスケット銃に、大きさ以外はよく似ていた。

 毎回装填が必要な単発銃で、命中率も悪く到底軍では使えないと担当者が却下した代物だ。最近ベッグフォード商会は開発したものではなく、輸入品しか紹介してこなくなっており、私はかの商会の技術力にひそかに危機感を抱いているところだった。

 ベッグフォード商会は老舗大手で武器だけでなく他の製品も扱っているが、最近は生活用品の評判が悪いのも気になる。

 密かに危惧しているからこそ、今日ギルモア商会の親子と会っているのだ。

「こちらの魔力銃をよろしければ、一カ月後の狩猟大会でお使いください」

「なんだ? その、魔力銃というのは」

 てっきり会長が説明するのかと思ったが、よどみなく説明を始めたのはジスランの方だった。

「人間誰しもが持つ体内魔力を弾丸に変換するイメージでございます。引き金を思い切り引くだけで、魔力が弾丸のように変換されて発射され、装填は一切必要なく連射できるのです。弾道を安定させるための処理が内部に施してありますので、命中率もマスケット銃より格段に上がっています」

「ほぅ、それは画期的だ。軍の担当者には持って行ったか?」

 私の言葉に会長とジスランは顔を見合わせて笑う。それが答えだった。

「軍での取引はベッグフォード商会が幅をかせていますので、お見せする前に断られてしまいました」

「そうか、担当者は頭が固いな。こんなに素晴らしいのに」

 きっと担当者は賄賂をもっと寄越せと言ったのだろう。だから、私のところに順番待ちしてまで謁見にやってきたのか。

「まず、訓練場で試してみていいだろうか?」

「はい、ぜひお試しください。王女様はこれを見越して動きやすい格好をされていらっしゃったのですか?」

 会長は私が商品に興味を持ったことで満面の笑みを見せているが、そのすごみのある笑顔に私の後ろの侍女がおびえている。

 一方で息子の武器商人は、謁見の最初からずっとうっすら笑みを浮かべている。ジスランの方が表情は読みづらく、食えない男といったところだろう。面白い親子だ。

「私はいつも軍服だ、動きやすいからな。ドレスなど着ん」

 建物の外に出て、的が並ぶ弓の訓練場へ会長とジスランを引き連れて移動していると、道中で休みのはずの軍の同僚二人に会った。

 くすんだ短い金髪の男が伯爵家三男のルイスで、肩に届かないくりいろの髪を跳ねるように歩いて揺らしているのが、子爵家の次女であるエマだ。

 休みなだけあってズボンにシャツという軽装の同僚二人は、ギルモア親子に敬礼をして通り過ぎるのかと思ったら、好奇心丸出しで後ろをついてくる。

「殿下! 今日もおれいです! 髪を触らせてもらっていいですか!」

「エマ、お前……毎回毎回殿下を口説くなよ」

「美しいものには美しいと言うべきよ」

「ルイスにエマ、今日は休みだろう。私に付き合う必要はない」

「だって、暇だし。殿下だって休みなのにこれから訓練場に行くんだろ? 狩猟大会に向けてこっそり練習すんじゃないの? 付き合うぜ」

 エマは、私の後頭部高く束ねても腰まで垂れている金髪をいじり始めた。「うーん、ここアリンコになってる……せっかくの綺麗な髪が」なんてブツブツ言っているのはいつものことなので、好きにさせておく。

 ルイスにれ馴れしく話しかけられても、エマに髪を触られても怒らない私の対応が珍しいのか、商人親子の興味深そうな視線を感じる。

「ルイス! 殿下は休みの日も公務があるんだから!」

「そう言いながらお前が一番くっついてるじゃねぇか。殿下が公務だって言うなら邪魔すんなよ」

 もう一人の同僚であるアルベルトがこの場にいてくれたのなら、この言い争いをすぐに止めて二人の首根っこをつかんで退場させるだろう。

 私が公務だからと追い払ったところで、お調子者の二人は戻ってきて物陰からのぞくくらいするはずだ。

「客人の前で言い争いはよせ。うるさくてすまんな、軍の同僚でこの二人も狩猟大会に参加する予定だ。私とともに行動するし、試射の様子を見学させても問題ないだろうか」

 私の言葉に二人の商人は大きく頷く。

 狩猟大会で私にこの銃を使ってほしいということは、宣伝して広めてほしいということだ。王女の私が使えば高位貴族は追随するが、高級品だというイメージがついてしまう。

 しかし、ルイスやエマも使うなら高すぎて手が届かないというイメージもふつしよくできるだろう。

 貴族たちの間で広まったら、ベッグフォード商会の壁を打ち破って軍で採用されるかもしれない。

「アルベルトはいないのか?」

 もし近くにいるなら、ついでにアルベルトも見学すればいいと念のために聞く。

「多分実家じゃね? あいつ、シスコンじゃん」

「休みの日はいつも宿舎のどこにもいませんから、きっと実家ですよ」

「皆様はとても仲がよろしいのですね」

 感心したようにつぶやくジスランの言葉に私は頷く。

「年齢が近いからな。アルベルトという者もいれば良かったんだが」

「あいつは狩猟大会に出ないだろ。確かそう言ってた」

「アルベルトが大会に出たら、ルイスは注目されないもんね」

「いやいや、今回の狩猟大会は俺が殿下の次の成績を収めてやるぜ」

「無理じゃない? 狩猟大会に本気のおじ様たちがいるから」

 このお調子者二人よりもアルベルトは相当真面目で、軍の上層部からも気に入られているからいい宣伝になるかと思ったが、いない上に狩猟大会に出ないならば仕方がない。

 一つの商会に肩入れしすぎるのは王族として良くないが、児童養護施設からの就職あつせんに協力してくれているので、このくらいの見返りはいいだろう。

 王立の児童養護施設は王都に三つあるが、十四歳になると施設から出なければならないというルールがある。

 そんな身寄りのない子どもを低賃金で雇い、劣悪な環境で働かせて死亡させる事件が多発していたため、六年前に私が問題提起を行ったのだ。

 政策を実現させたのは王太子である兄だが、王家が介入して就職先を斡旋することで劣悪な環境での就労は格段に減ったはずだ。

 つまり、ギルモア商会の会長は私の提起した問題を積極的に解決しようと尽力してくれている人物ということになるので、無下にはできない。

 五人でしばらく歩いて訓練場に到着すると、最初にジスランが銃を撃つ手本を見せてくれた。

 ピシリとガラスにひびが入ったような発砲音とともに、七十メートル離れた紙の的の中心に穴が空いたのが確認できた。

 ベッグフォード商会の持ってきたマスケット銃は耳を塞ぐほどの発砲音で、しかも的から大きく外れていたのですごい違いだ。

 私に決定権はないのだが、将来王国軍はベッグフォード商会との取引を縮小してギルモア商会に切り替えてもいいかもしれない。

 ベッグフォード商会の現在の技術力では、武器開発が盛んになってきた今、他国に後れをとるだろう。すでに新興のギルモア商会からも遅れている。

「九十メートルまでなら安定して撃てます。それ以上長い距離ですと、個人の魔力量によりますね」

「素晴らしい。これなら魔物に対して距離という圧倒的なアドバンテージを取れる」

 軍の任務は各地の魔物討伐が最も多い。接近戦で戦うと、どうしても負傷者が多くなるのがネックだった。

「王都近辺で魔物はほとんど出ませんが、魔物が出る地域の一般人でも使いこなせるようになれば被害や脅威は減るでしょう」

「護身用に持っておくにも優秀な代物だ」

 ジスランが魔力銃を手渡してくるので、私も的の前に立って教わった通りに引き金を引いた。

「ん?」

 なぜか何も起きない。

「もう一度やってみてください」

 今一度引き金を引くが、何も起きない。発砲音もしないので、そもそも発砲自体していない。

 何度もやってみるが何も起こらず、気まずい沈黙が流れる。ジスランが撃てていたので不良品ではないはずだ。

「俺にもやらして。マスケット銃は試したけど、全然当たんなくて面白くなかったから」

 空気を読んだのか、ただの好奇心なのか、ねだるルイスに銃を渡すと彼は的の中心に一発で穴を空けた。ヒュウとルイスは口笛を吹く。

 私が撃てないのにルイスがすぐできたのは面白くないが、初心者でも的の中心を撃てる精度は素晴らしい。

「マスケット銃より相当命中率がいな。小さくて使いやすい。欲しい」

 その後、好奇心で目を輝かせているエマも試して再度私も試した。

 私以外は全員難なく扱えている。なぜか私だけ発砲もできない。

 ジスランは魔力銃をいじりながら考えこみ、再び気まずい沈黙が流れた。

「あー、もしかしたらその銃が殿下にビビってるんじゃね?」

「そうですね、殿下のあふれ出る高貴さに銃が畏縮しているんですよ」

 そんなわけはないだろうと、ルイスとエマを軽くにらむ。

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