第21話 ワールドマップ更新

「行ってらっしゃい! 喧嘩すんなよー!」

 ゲストハウスのオーナーが、玄関先で大きく手を振っている。

「行ってきます! お世話になりました!」

 俺たちは深々と頭を下げ、背を向けた。

 二つのバックパックが並んで歩き出す。朝のアスファルトを踏みしめる足音が、軽快なリズムを刻む。


 駅に着き、西へ向かう電車に乗り込む。

 今回は海側のボックス席を確保できた。向かい合って座ると、旅の相棒感が一気に増す。

 ガタンゴトンと電車が動き出す。


「さて、作戦会議といきますか!」

 栞がバックパックから分厚いガイドブックを取り出し、テーブル代わりに膝の上に広げた。

 ページの間からは、無数の付箋がはみ出している。

「次は古都エリアね。お寺とか古い町並みを撮りたいの! あと、着物着てる人とか、路地裏の猫とか!」

「……ちょっと待ってください。付箋の数、多すぎませんか?」

 俺は苦笑しながらガイドブックを覗き込む。

「えー、でもここも行きたいし、こっちのカフェも気になるしー」

「位置関係が無茶苦茶です。東の寺に行ってから西のカフェに戻るなんて、スタミナの無駄遣いですよ」


 俺はスマホの地図アプリを起動し、効率的なルートを検索する。

「まずは駅に近いここの寺を攻略して、バスで北上。カフェはその道中にあります。で、夕方にこの路地裏エリアに行けば、光の加減もいいはずです」

「おおー! さすが湊くん! 完璧な攻略ルート!」

 栞がパチパチと拍手する。

 俺は自分の役割ロールが確立されていることに、密かな喜びを感じていた。


 窓の外には、のどかな田園風景が流れていく。

 青々とした稲が風に揺れ、遠くの山々には入道雲が湧き上がっている。

「あ、見て湊くん! あそこの雲、ソフトクリームみたい!」

 栞が窓ガラスにへばりつくようにして指差す。

「……確かに。美味しそうですね」

「でしょ? あ、あっちには牛がいる! モーモー!」


 一人旅の時は、ただのBGM代わりでしかなかった景色。

 でも今は、隣に彼女がいるだけで、すべてが意味のある「オブジェクト」に変わっていく。

「あれはレアな看板だ」「あそこの屋根の色が変だ」。

 彼女のフィルターを通すことで、世界の解像度がさらに上がっていく感覚。


 昼時になり、駅で買った駅弁を広げる。

 俺は幕の内弁当、栞は地元の食材を使った彩り弁当だ。

「んー! この卵焼き、甘くて美味しい!」

「へえ、いいですね」

「……半分あげる」

 栞が箸で卵焼きを掴み、俺の弁当の蓋に乗せてくれる。

「え、いいんですか?」

「その代わり、等価交換ね。湊くんの唐揚げもらう!」

「……ちゃっかりしてますね」

 俺は苦笑しながら唐揚げを差し出す。


 些細なやり取り。

 だけど、一人で黙々と食べるのり弁よりも、何倍も美味しく感じた。

 食事効果に「幸福度アップ」のバフがついているに違いない。


 数時間の移動を経て、電車は大きなターミナル駅に滑り込んだ。

 ホームに降り立つと、凄まじい熱気と人混みに包まれる。

「うわ、人多いな……」

 都会の喧騒に、少しだけ身構える。

 すると、栞が自然に俺のシャツの袖を掴んだ。

「はぐれないようにね、相棒!」

「……了解です」


 人波をかき分けて進む。

 その手から伝わる微かな力が、俺をこの世界に繋ぎ止めてくれる錨のように感じられた。

 さあ、古都攻略戦の開始だ。

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