第14話 ニームの狙い
ソルバウの目が、銃器対策部隊を見た。そして髭を笑んで持ち上げると巨大化を始めた。
見る間に身長は三メートルを越え、腕周りも脚周りも倍以上に太くなる。その爪は猛禽のように鋭く、ツノの生えた顔は
勇者は、その岩ほどもある拳の一撃をまともに受け、はるか後方──真琴たちの側まで吹き飛ばされた。
腹をおさえ、勇者が苦悶の表情で血を口から吐き捨てた。
「──あれが本来の姿だ」
真琴が彼の背中をさすった。ソルバウは今や廊下に収まりきらない巨体を折り曲げている。その背筋をきしませて、今にも天井を破りそうな息づかいが、ここまで空気を震わせている。
銃器対策部隊の花田隊長が言った。
「我々は今、生存者の救出作業中です。あなた方を一階まで誘導します。ついてきてください」
けれど勇者は、ソルバウの方を見据えたまま、首を振った。
「いや。ここで奴を討たねば、また人を喰う」
だが、その巨体と筋力に廊下が耐えきれなかった。天井が裂け、ついで足もとの九階の床も抜け落ちた。ソルバウは陥没に胸まで沈み、癇癪を起こした子どものように咆哮した。
巨大化したソルバウは穴に嵌まり、すぐには動けなさそうに見えた。
だが次の瞬間、振り上げた拳で縁を砕き、瓦礫ごと体を持ち上げた。胸まで埋まっていた巨体が、這い出そうともがいている。
距離は二〇メートル。今なら、十一階へ走れる。真琴は息を吸った。
銃器対策部隊の四名を見渡しながら言った。
「この警察署の十一階には何があるんですか。彼の装備があるかもしれないって聞いたんですけれど……!」
昨日押収された、青い装備だ。けれど、そう真琴が説明しているうちに、ソルバウが無理矢理に床を叩いて破り始めた。
花田は、隊員の一人に声をかけた。
「どうなんだ、竹山、心当たりはあるか」
そう呼ばれた小柄な隊員は、女性だった。手にした短機関銃のほかにスリングで襷掛けにショットガンを背負っている。
「十一階は……独身寮ですが、各課の倉庫もあったかと」
「倉庫って、なにを入れてるんですか」真琴は思わず彼女へと向き直った。
竹山は少し考え、慎重な物言いをした。
「昨日の大規模テロの捜査本部が
彼女の言葉を聞きながら、胸がどくどくと鳴った。
真琴は跳ねて勇者に振り向いた。
「じゃあ、ビンゴだ……! いこう、エヌくん!」
非常扉の破れた先には、階段の残骸と青い空が見えていた。
そちらを振り返っていた花田は、勇者へと告げた。
「しかし、今は、ともかく退きましょう……」
前方ではソルバウが、廊下の床を叩き割りながら、巨体をよじらせて近付いてきている。花田はそれを横目に続けた。
「ゼロフォーさん、あなたはまだテロの容疑者なんです。身柄確保も、我々の任務なんです」
その言葉に真琴は、頭を掻きむしった。
「今はそれどころじゃないでしょう!」
勇者も、花田の誘導を断った。
「ハナダ、このマコトを頼む。僕は、悪いが装備を取りに行く」
花田は床を破りながら近づいてくるソルバウを一瞥してから言った。
「なぜ、いま危険をおかしてまで装備を」
勇者は彼を真正面から見た。
「転化の甲冑は、魔王の天敵。奴らに渡すわけにはいかない」
そして勇者は、真琴にも、彼らとの同行を強く勧めた。
「父君のためにも、行くのだ、マコト」
けれど、真琴は首を振った。
「やだよ。わたしも行く。いざという時は防御魔法が必要でしょ」
彼女は息を吐き、花田へ向き直った。
「せっかく救助にきていただいたのに、ごめんなさい」
勇者は、真琴の意志の固さに顔を歪め、花田は困ったように無精髭を手袋の指先で逆なでした。
しかし、その時──
ソルバウが床を割る手を止め、後ろを振り向いた。廊下に開いた穴の向こうから、聞き覚えのある艶めかしい声がした。
ニームの声だった。
「女僧侶を、ちょっと驚かせてとは頼んだけれどもさ……」
ヒールの音が近づいてくる。
「ほんとにあんたって馬鹿ねぇ。むだに魔人化して動けなくなるなんて……」
勇者が、真琴と目を合わせた。
「ニームだ……!」
「行こう、エヌくん!」
同時、花田が隊員たちに言った。
「作戦変更だ。これよりゼロフォーを援護する。竹山、十一階に向かって案内を頼む!」
真琴が彼らに上気して頬を赤らめ、勇者は、その目を鋭くし、四人の笑顔を見渡した。
「いたみいる! 紺色の騎士たちよ」
花田が無精髭でウインクした。
彼らが西に向けて廊下を一斉に駆け出した時、その後方ではソルバウが、手のひらに載せたニームを九階の廊下に降ろしていた。
真紅の胸甲の上に、茶色のロングコートを羽織っており、胸の前で組んだ両手は真っ赤なマニキュアの先まで、もとに戻っていた。
「けれど。……たしかに、あの紺色の連中は使えるかもしれないわねぇ」
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第15話『誘惑』公開は明日の朝8:06です。
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