羽根と秒針
@fuyutathu
家族ごっこ 1
何故だ?
「じゃあ、私の家族になってよ!養って!」
「あぁん!?やってやろうじゃねぇか!!!」
オレは魔界の貴族ストラス様だ。
「やった!契約成立だね!」
それも魔界を救った大英雄…偉大なる伝説の大悪魔だ。
人間なんかとは比べ物にもならない圧倒的強者だ。
「じゃあ、これからよろしくね!」
それなのに何故、
「お母さん!」
「上等だコラァ!家族ごっこぐらい出来らぁ!」
人間と家族ごっこをしなくちゃいけなくなった?
それもこんなクソガキに言いくるめられて…。
家族ごっこ1
数時間前 魔王城郊外―ストラス邸―
「あ゙あ゙ぁ゙あ゙~〜〜…もうやる気でねぇ〜…。」
春の陽気が訪れ、とっくに花々が咲き始めてる季節。
貴族になってから魔王城の郊外にある屋敷を貰った。
少々寂れてはいるがオレでも分かる上品な造りの家で、
周りも自然豊かでとても落ち着ける場所だった。
庭へ運んできたテーブルセットにオレは突っ伏している。心地よい気だるさと暖気であくびが止まらないが、この椅子から伝わる鉄のひんやり感が妙に気持ちよかった。お手製のハーブティーを啜りながらも景色を見る。見渡す限りの緑と青空。山の向こうにある魔王城が青みがかって見えづらくなっていた。草原には花がそこかしこに咲いていて近所の住民達も長閑な奴らばかりだ。古巣である暗黒街も悪くねぇんだが、今はこう言う静かなところでのんびりしていたい気分だ。だが、それとは裏腹に胸の奥でジリジリと燻ってる感覚が最近ずっと鳴り止まない。夢が叶って貴族になれたんだ。やっと安定した暮らしが出来るようになった。不満はないはず…。
…いや、自分でも分かってる。本当は退屈なんだ。
バアルのおっさんは「文字通りに羽を伸ばしてこい!」
なんて言ってたが、オレからすりゃ退屈も良いとこだ。
オレは昨日のことのようにあの事件のことを思い出す。
「…もう二度とあんなお祭り騒ぎは出来ねぇよな。」
二年前、旧魔界で君臨していた二人のジジババが魔王城にクーデターを起こして返り咲こうとしやがった。【傲慢の原罪ルシファー】と【憤怒の原罪サタン】だ。
オレ達魔界の住人達を天使共との全面戦争を仕掛ける為の兵隊として戦場に駆り出す為だ。そのクーデターで魔王城は崩壊、バアルのおっさんもやられかけた。多くの悪魔達が闇の中に散った。
たった二人の年寄りによって魔界は滅びかけた。
オレ達便利屋も二人に挑んだ。ボロボロになってまで頭を下げに来たバアルのおっさんの為じゃない。気に入らねぇ年寄り共をぶん殴る為にな。だが結果は惨敗。
相棒のラプの奴は反抗期爺に瞬殺されるわ、オレも性悪婆にパワー負けするわで散々だった。バアルのおっさんが体張ってくれたおかげもあって運良く逃げられた。
あの時はマジで悔しかったなぁ…。
逃げた後は相棒のラプと作戦会議して、お互いの宝物を交換し合った。ラプからはペンダントを、オレからは羽根ペンを貸してやった。勿論ただの小道具じゃない。オレ達の術式をそれぞれ組み込んだ一度きりだけ使える魔道具に改造した特注品だ。
オレとラプ…お互いの力を貸し合ってあのジジババ共に仕返ししてやった。特に自分の術式が通用しなくなって焦った婆の顔…あれは今でも傑作だ。アレだけでも殴り込みに行った価値はあるってもんだ。まぁ、その後の術式無しの殴り合いを味気なく勝っちまったのが今でも不満だ。旧支配者の憤怒の大罪と聞いたモンだから期待したが…ありゃ喧嘩慣れしてねぇ悪ガキと大差無い。いくらオレと力が互角でも肝心の気合いがねぇからオレと勝負にならなかった。弱い者イジメばかりで戦いを知らねぇ小心者。それがオレの婆に対する印象だ。
ラプの奴も万年反抗期のクソジジイにオレの必中攻撃をぶち当てて一泡吹かせることに成功した。オレ達2人の活躍によってジジババ共から魔界を救ったって訳だ。
オレ達は魔界の英雄として表彰された。披露宴の飯を食う時に酒をラッパ飲みしてラプに止められたのは良い思い出だ。アイツは酒の飲み方を知らねぇからなぁ。
バアルのおっさん達は一緒にラッパ飲みしてくれた。
やっぱりアイツらは酒の飲み方を良くわかってる。あん時の酒も美味かったなぁ…。
んでもって、オレとラプは晴れて魔界の危機を救った英雄として貴族の爵位をバアルのおっさんから貰った。
確か君主って爵位で貴族の中でも上の方らしい。ラプの奴がビックリするほどだ。よっぽど高い身分らしい。
ラプの奴は貴族の特権をフル活用して研究所を造り始めた。かなり忙しないが徐々に軌道へ乗り始めてるらしい。アイツは昔から要領良いからなぁ……このままドンドン先の未来を視ていくんだろうな。……対するオレは貴族になってから先のことを何一つ考えてなかった。
オレは夢だった貴族になった。
ラプも夢だった物理学者になった。
オレ達の夢は叶ったんだ。
オレとラプがまだガキだった頃、
あのクソ親父のクソみてぇな屋敷から抜け出した時に
笑いながら朝日の中で交わした約束は果たしたんだ。
…駄目だ。貴族になってからやる気が出ねぇ。
思い出にふけってばかりじゃ何も進まねぇ。
「…でも、やることがわかんねぇよ。」
絶賛燃え尽き症候群って奴だな。
しばらく庭で休んだ後、オレは書斎に向かった。
最近は喧嘩より読書がマイブームになっている。
前の住人が趣味で作ったらしいその部屋にはラプよりもデカくて重厚な造りの本棚がズラリと並んでる。
本棚にはびっしりと色んな本が敷き詰められているが、
どれもオレには理解できない内容ばかりだった。
だが、中には薬草図鑑や天体観測の本、宝石の見本集みたいなオレでも分かるような掘り出し物があるから暇つぶしに入り浸るのが日課になっているのだ。特に薬草図鑑、実はその辺に生えてる草にも意外な効能があったりして結構おもしれぇ。最近始めたハーブティーも図鑑からの受け売りでやってる部分もあるくらいだからな。退屈な政治学だの歴史だのに比べたら全然タメになる。「さぁて、今日のお宝〜お宝〜♪」
本棚を漁っていると、ふと一冊の本が目にとまった。
"人間との契約"そう書かれた簡素な本だった。
人間についてはガキの頃ラプから教えてもらった。
たしか、人間ってのは魔界の外に住んでる種族で
オレ等から大空を羽ばたく翼と敵を薙ぎ払う為の尻尾を無くした上に、強さの象徴たる角をへし折って、更にその上、魂の写し鏡とも言える術式が込められた光輪を取り上げられたような脆弱な種族…だったか?
飛べもしなけりゃ魔法も使えない弱っちぃ雑魚か…。
思えば人間もその世界も一度も見たことが無かった。
「そこまで雑魚だと逆に興味湧いてきたな……ヨシ!」
決めた。オレは人間界に行くことにした!
深い理由は無いが、なんだか降り積もった退屈が裏返るような予感がして鳴り止まない。燻りが晴れるかも!
気がつけばオレは窓を突き破って大空を駆けていた。
「待ってろ人間界!待ってろ雑魚共ォ!」
新しい冒険の始まりだぜ!
まだ見ぬ物に思いを馳せながらも大空を加速していく。
――――――――――――――――――――――――――
オレはついに人間の世界に辿り着いた。
と言っても景色自体にコッチとの大差は無かった。
雲の色は白いし、森は緑に彩られていた。もっとこう…
赤黒い空とか紫の自然とか目新しいものを期待したが、案外コッチと変わらないみたいだ。違いを強いて言うなら魔物や同族の気配が一切無いくらい。正直言って期待外れも良いトコだ。このまま収穫ゼロで終わるのは勘弁したいので、オレはこの森の散策を続けることにした。
「あ゙ぁ゙…?マジかよ…。」
散策を続けてもう一つ分かった。植物までコッチと同じでやがる。流石にマンドラゴラみたいな魔物系は無いが、ヒナギクとかドクダミみたいな図鑑で見かける植物なんかは全く一緒だった。このままだと近所の森に散歩行ってきたのと変わんねぇぞ…。
「おいおい……もっとオモロイのはねぇのか?」
愚痴を吐きながらも木にもたれ掛かる。ため息を吐いても返ってくるのは静寂と退屈だけだった。ドンヨリとした曇り空までもがコッチと同じでなんだか余計に気が滅入ってくる…。気を紛らわせるようにタバコを蒸していると遠くの方で微かだが気配を感じ取れた。
「おっ?」
オレはタバコの火を握りつぶしながらも脚に力を込め、
気配の方へ一気に跳び抜けた。木々を薙ぎ倒しながらも一直線へ跳んでいく。樹木自体は砕けば問題ないが、木々とすれ違う度に葉っぱが当たってウザいので邪魔な翼と尻尾はしまった。身体の面積を絞って動きやすくなったオレは更に加速を続ける。流れていく景色が速くなっていき、距離が近づくにつれて気配が段々とハッキリしてきた。今まで感じたことのない始めての感覚だ。これが恐らく人の気配って奴かも知れねぇ…。しかも単独じゃなくて複数居やがる……期待させてくれよ?
加速を続けているオレは遂に謎の群れを見つけた。
角を切り取られた頭に翼と尾をもがれた身体……そしてなにより脆弱な魔力と来たら間違いない。あの雑魚共だ。
そしてそのまま人間共のど真ん中に着地したが、勢いが付き過ぎて皆吹っ飛んじまった…。本当に雑魚だな……。
確認のために一応聴いておいてやろう。
「おい、テメェら人間か?」
オレはそこらに倒れ伏している武器を持った男達に声をかけた。
「そうだけど?貴女は誰?」
オレの問いに答えたのは男達に紛れていたガキだった。
――――――――――――――――――――――――
家族ごっこ1 fin
挿絵 ストラスとラプラス
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