前世は女王でしたが、男尊女卑な異世界で家族に虐げられています〜だから、もふもふと魔術で成り上がります

碧井 汐桜香

第1話 序章

 どうして、弟は可愛がられるのに、わたしは可愛がられないの?



 そんな記憶がわたしの最初の記憶だった。普通、こんなことは不思議に思わないものらしい。だからわたしは、きぐるいで、いろなしで、きみがわるいらしい。





 そんなことを考えて沈んだわたしの心を読んだかのように、ふわりふわりと小さな動物たちが励ますようにわたしの周りを舞う。鼠のような姿に羽が生えていたり、兎のような姿で二足歩行していたりする。この動物の姿を見られるのは、きぐるいの証拠だと、お父様も言っていた。だから、わたしは人前では彼らが見えないふりをする。








 家の玄関ホールで真っ黒い綺麗な服を着たお父様が、出仕なさる前の挨拶のために弟を抱き上げた。弟もお母様も綺麗な服を着ていて、わたしのぼろぼろの服とは全く違う。そこにわたしの居場所はない。その様子を羨ましく、ただ見るだけでも関わりを求めて見つめてしまう。はらりと、わたしの薄汚れた服の紐が解け、頑張って結び直していると、わたしの存在に気がついた弟がわたしを指を指したようで、お父様の怒号が飛んだ。


「おい! ユーリア。何でこんなところにいる!? 早く仕事に戻れ!」


 紐はうまく結べないまま、慌てて屋敷の裏手の使用人スペースに回った。ばあやが駆け寄ってきて、わたしの服の紐を結び直してくれて、木の籠を渡してくれた。ばあやは結婚をしていない我が家の親戚の女性だ。しゅっとしていて綺麗だと思う。女ごときが、とお父様はよく言うが、わたしにとって優しい人の多くは女の人だと思う。



「お嬢様。お勤め頑張ってください」


「ありがとう、ばあや」


 木の籠を受け取って、裏門から出て、街を囲う壁を越えるために門に向かう。石畳の上を素足で歩くのは、痛くて冷たい。でも、弟が生まれてから早二年、そんな生活にも慣れた。これでも弟が生まれるまでは後継者として教育されていたらしい。

 門を出て、近くの森に向かい、そこで家の小さな祠に供える木の実や果実を拾う。聖域とされるその森でとれた果実や水を供えることで、家の結界を守ることになるらしい。ふわりふわりとわたしのまわりを飛ぶ小さな動物たちと一緒に門を出て、果実を探しにいった。







⭐︎⭐︎⭐︎

「あ、そこにもあるの? ありがとう」


 鼠のような姿の子が果実を見つけてわたしに教えてくれるようにクルクルと回った。わたしはその子が回るところまで歩いていって、小さな赤い木の実を摘む。珍しくたくさんとれたので、一つ摘んで、口に入れて切り株に腰掛けて休憩する。帰り道までの力を残しておかないと、門が閉まるまでに間に合わなくなり、暗い森に取り残されることになってしまう。


 突然、ざぁぁという風の音が聞こえた気がして、空を見上げると、お父様のお出仕の服とは違う、でもなぜか目を離せない、そんな黒い服を着た人たちが空を飛んでいった。

 空を蹴ってくるっと回るように飛ぶ人、大きな動物の上に乗ってすごい速さで飛んでいく人。そんなすごい人たちの中の一人と目が合ったような気がして、思わず口を開いて見上げてしまった。鋭く光る黄金の瞳。 その瞳に見据えられると、まるで射すくめられた小動物のように動けなくなってしまった。 美しいけれど、どこかゾッとするような危険な色気を、その人は纏っていた。

 驚きのあまり、手から落としてしまった籠からこぼれ落ちる果実たちを急いで拾い、慌ててもう一度空を見上げると、もうその人たちの姿は見えなくなっていた。

 わたしも飛びたい。綺麗な空を駆けたい。そんな衝動を抱いて消えた先を見続けていた。



 そのまま空を見ていたら、ぽつりぽつり、と雨が降ってきた。それと同時に、どこからか綺麗な布が一枚飛んできた。わたしの前に落ちた、その綺麗な布を拾って籠の下に押し込んで、わたしは急いで家へと戻った。








⭐︎⭐︎⭐︎

「おかえりなさいませ、お嬢様」


 そう言ってばあやは、着替えを渡してくれた。弟が生まれてから、わたしはたまにしか湯浴みをしていない。お客様と呼ばれる男の人たちがくる日だけ、綺麗な服を着て、綺麗な格好をして、子供部屋で眠ることができる。弟は、お母様と一緒の部屋でいつも寝ているそうだ。お客様に気に入られたら、わたしのお婿さんになってくれて、いつでも綺麗な服が着られるようになる、とお父様はいつも言う。

 着替え終わったところでばあやが渡してくれるのは、いつもの木の皿を持ってきてくれるわたしの食事だ。そこには黒い丸い小さな球ーーー携帯食料というらしいーーーがいくつも転がっている変哲もないそれは、わたしのごはんだ。普通の食事同様の栄養が取れるが、安いからわたしのご飯は小さなころからずっとこれだ。幼い頃は苦くて食べられなかったらしいけど、今のわたしにとっては美味しい食料だ。もちろん、森の木の実や果実の方が美味しいけれど。


 携帯食料を手で摘んで口に放り込む。がりがりとそれを噛んでいると、先ほどの光景を思い出した。


「ねぇ、ばあや。さっき森の中で、空を飛ぶ人たちを見たの。とても綺麗な黒い……お父様のお仕事の服よりも黒い服を着ていたわ。あれは、なに?」


「お嬢様。それはユーエー学院の生徒さんですよ」


「ユーエー学院? せいとさん? それは何? わたしにもなれるの?」


 わたしがそう言ってばあやを見上げると、ばあやは困ったように笑っていた。ばあやのこの顔は何度も見たことがある。わたしが“どうしてわたしはお父様とお母様と過ごせないの?”とか“どうして弟とわたしの扱いが違うの?”とか聞いた時だ。きっとわたしはせいとさんになれないのだろう。


「お嬢様が頑張って練習して、魔術を使えるようになったら、きっと通うことができますよ。お嬢様は優秀ですから」


 そう笑ったばあやが手の上に光る球を出してくれた……他の人に見られないという動物たちがその手助けをしているのを感じた……あぁ、あたくしはこの子達を知っているわ……あたくしはだれ? わたしはわたし……。そんなことを考えながらばあやの光る球を見ていたら、魔術に憧れを抱いたと判断したばあやがわたしの手の上に手を載せて、魔術について教えてくれた。


「婆は学院に通うほどの魔力を持っていませんが、ここの住人として最低限の生活魔法は使えるのですよ。魔術具を動かしたり、灯を照らしたり……お嬢様は生まれながらの魔術はあまりない……いえ、強くないと聞いておりますが、婆と一緒に練習したら、きっとお強くなりますよ」


「れんしゅう……?」


 わたしが首を傾げると、ばあやが魔力の通し方と言って身体の中の力を動かすのを見せてくれた……身体の中のあたたかいポカポカが動き、手の先に出ると、動物たちが集まって、いつも近くにいてくれる鼠の子がそれを舐めた。すると、その子が掌の上で小さな火を吐いた。


「こうやって……まぁ! お嬢様は優秀ですよ! 初めて魔力を扱って、魔術が使えるなんて!」


 わたしの手の上に出た魔力を欲しそうに、他の動物たちが見つめている。その子たちにあげたくて魔力を必死に放出した。その様子を見たばあやが慌てたように声をかけた。


「お嬢様!  それ以上は危険です。魔力の扱いがとてもお上手ですが、魔力が尽きると人は死にます。魔力の放出の練習は、婆と一緒のときにしか、行ってはいけませんよ?」


「はぁい、ばあや」


 ばあやとそう約束して動物たちを見つめる。いつもはわたしの周りにしかいない動物たちが、ばあやの魔力放出によってたくさん集まっている。精霊が行使する魔術、そんな言葉がふいにわたしの頭に浮かんで、わたしは思わず首を傾げるのだった。

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